距離と視線
「……上条ひかりって、知り合い?」
そう聞かれたのは、上条さんと一緒に帰ろうと下駄箱に向かった帰り道。
いつも教室の端で静かにしている相沢さんが、私をじっと見ていた。
少し、怖かった。
けど、目を逸らすことができなかった。
「隣の席だから、少し話すようになって……」
そう答えた私の声は、自分でもわかるくらい弱々しかった。
相沢さんは無言のまま、上条さんを一瞥した。
そして突然、彼女の腕をつかんで、廊下の奥へ引っぱっていってしまった。
「え、ちょっ……」と戸惑う上条さんの声。
私は思わず立ち止まる。
二人の姿が曲がり角で見えなくなる。
――置いていかれた。
足元の影が長く伸びて、校舎の静けさに取り残される。
私はただ、ぼんやりとその場に立ち尽くしていた。
数分後、上条さんが戻ってきた。
「……ごめん。待たせたね」
「ううん、大丈夫。……何話してたの?」
「え、ああ……んー、ちょっとした身内話ってやつ?」
曖昧に笑ったその表情は、いつもの軽さと違って少しだけ苦そうだった。
私は、あの時の相沢さんの目を思い出す。
私を見ていたんじゃない――あれは、私の“背後”を睨んでいた。
まるで、何かを警戒するように。
そして、それは上条さんに対してじゃなくて。
(まさか……幽霊……?)
そんな思いが頭をかすめたけれど、冗談にしか思えなくて、
私は首を振って無理やり忘れることにした。
◇◇◇
翌日。
教室の空気は、どこかよそよそしかった。
クラスメイトたちの視線がちらちらと私に向かう。
なにかあった? って顔をしてる。
でも、私には心当たりがない。
「白石さん、保健室行ったんだって?」
「最近、元気ないね?」
曖昧に笑って返すことしかできなかった。
席につくと、前の席の相沢さんがちらっとこちらを見て、それからすぐに視線を逸らした。
昨日と違って、睨まれてはいない。
でも、目が合っても、何も言ってこない。
――なんで、こんなに気になるんだろう。
話したことは、ほとんどないのに。
名前を呼び合ったこともないのに。
でも、私はずっと、あの人の後ろ姿を見てきた。
それが今日だけ、少し遠く感じた。
昼休み。
誰もいない教室。
私は思わず机に突っ伏した。
目を閉じると、あの石の感触が指先に浮かぶ。
光の中に、何かが見えた気がする。
「……苦しく、ないの?」
不意に、かすかな声が聞こえた気がした。
教室の入り口。
誰もいないはずのそこに、一瞬だけ誰かの気配を感じた。
息が詰まる。
でも、目を開けると、そこには誰もいない。
「……いるわけ、ないよね」
自分にそう言い聞かせる。
けれど、胸の奥のざわつきは、収まらなかった。
◇◇◇
放課後。
帰り支度をしていたとき、上条さんが話しかけてきた。
「今日、時間ある?」
「……うん。別に、予定は」
「ちょっと、校舎裏まで付き合ってくれない? 久遠さんが……話したいって」
「……え?」
久遠。
昨日、上条さんが言っていた名前。
私が、気配しか感じられなかった“存在”。
「待ってるって。ずっと、探してる」
私は、上条さんの瞳を見つめた。
その奥には、ただの好奇心じゃない、何か強いものがあった。
――行かなきゃ。
そう思った。
理由なんて、なかった。
でも、あの人のことをもっと知りたいって思った。
もしかしたら、それはもう、“好意”に近い感情だったのかもしれない。




