気づいた日から始まっていた
相沢 愛side
三月。
春の空は晴れているのに、風だけがやけに冷たかった。
体育館の壇上から眺める景色は、どこか夢みたいで、
でも、その真ん中には間違いなく、彼女――白石まひるがいた。
私は卒業証書を受け取りながら、
「この人に、やっと届いたんだ」と思っていた。
遅かった。
でも、間に合った。
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式が終わって、教室に戻ると、
みんな写真を撮ったり泣いたり笑ったり、賑やかだった。
その中で、まひるは私のほうを見つけて、言った。
「……校舎、一緒にまわらない?」
その声が、あまりに自然だったから、
私は少しだけ立ち止まって、それから頷いた。
「うん、行こっか」
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昇降口を抜け、無人の廊下をふたりで歩く。
夕方の光が差し込む中、
彼女が歩きながら言う。
「ここ、覚えてる? たしか……壁ドンされた場所」
「……よく覚えてるね」
私は笑いながら、でも心の中でそっと息を飲んだ。
(ほんとは、もっと前からなんだよ)
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あの日。
上条ひかりを廊下から引っ張り出して言った。
『あの子に、霊を近づけないで』
『……わかってる。でも、白石さんには見えてないんだよ?』
『関係ない。見えなくたって、影響はある。あの子、体調崩してるでしょ』
『……あんた、本気だね』
『昔からずっと、見てきたんだよ』
あのときの自分は、きっと怖い顔をしていた。
だけど、止められなかった。
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保健室のあの日。
久遠がまひるに触れようとしたとき。
私は誰にも聞こえない声で言った。
『もう、そばにいるのはやめて』
『……でも、私はただ――』
『この子は、ちゃんと“生きてる”人に触れていくべきなの。
叶わない恋じゃ、幸せになれない』
久遠は静かに笑った。
その笑顔を、私は忘れない。
『好きなんだね、あの子のこと』
『……そうかもね』
あの瞬間、私はようやく自分の気持ちを認めたのだと思う。
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「卒業、したんだね」
まひるの声が、現実に引き戻す。
「うん」
「ここから、どうなるのかな」
「わかんない。でも……」
私は立ち止まり、まひるの手を取る。
「私は、もう見てるだけの人じゃない。
ちゃんと、隣にいたいって思った」
彼女が、目を丸くする。
(ほんとに、変わったな)
「だから……愛ちゃん、これからも一緒にいて」
その言葉に、私はもう、何も言えなくて。
ただ、額をそっと寄せた。
「……まひる。好きだよ」
「私も。ずっと」
触れた唇は、やさしくて、あたたかかった。
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昇降口まで戻ると、ひかりが腕を組んで立っていた。
「見届け人、再登場〜。はい、卒業カップル、よくできました!」
「うえちゃん……」
「まひる、あんたほんとに遅かったけどさ、
最後ちゃんと“自分で掴んだ”って顔してるよ」
私はまひるの手をぎゅっと握った。
たぶん、これからの毎日も不安はある。
だけど、この人と一緒なら。
何度でも、恋をして、触れて、名前を呼んで。
そのたびに、ちゃんと愛していける。
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校門の外は、少し風が吹いていた。
桜はまだ咲いていない。
でも、確かに春は始まっている。
これからは――
ふたりで並んで歩く物語が、始まる。




