表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

触れたいと思った

雨が降ったあとの月曜日。

午後の空気は少し湿っていて、窓から見える空は鈍色だった。


放課後。

昇降口で靴を履き替えていると、愛ちゃんが隣に立った。


「今日、うち来る?」


そう言った彼女の声は、少しだけ遠慮がちだった。

その声音に、私はすぐに「うん」と返していた。



愛ちゃんの部屋に行くのは二度目だった。


玄関を上がると、空気が少しひんやりしていて、どこか静かだった。


「誰もいないの?」


「うん。母親は夜まで仕事。……それに」


彼女はソファに座って、膝を抱えるように丸くなる。


「家に人がいたって、静かだったから」


その言い方に、少しだけ違和感を覚えた。


「……ねえ、まひる。うち、母親違いの姉がいるって言ったじゃん」


「うん。うえちゃんだよね?」


「そう。うちはね、“片方の家庭”って扱いだったの。

お父さん、行ったり来たりしてたけど……うちにいるときも、

ずっとどこかに線を引いてた。話しかけてきても、“妹のほう”って感じで」


「……」


「私は、いつも見てるだけだった。

誰かのことを好きになるのも、好きになってもらうのも、

諦めるのが前提だった」


「それって……」


言葉に詰まる。

でも、胸の奥で、なにかがきゅっとなった。


「だから、まひるが幽霊に惹かれてるの見たとき――

また、“見てるだけ”だって思ったんだよね。

言っても届かないなら、何も言わないほうがマシだって」


愛ちゃんの声は静かだったけど、

その指先は、少しだけ震えていた。


私は黙ったまま、隣に座った。


そして、彼女の手にそっと自分の手を重ねた。


愛ちゃんが、少しだけ目を見開いた。


私は、その手をぎゅっと握ったまま言う。


「……触れたいって思ったの、はじめてだった」


「え?」


「今まで、触れられるのはうれしかったけど、

自分から誰かに触れたいって思ったこと、なかった。

でも、今はちがう。……愛ちゃんに、触れたかった」


そのとき、彼女の目がふっと揺れて、

指先が私の手に絡まってきた。


「……ずるいよ、まひるは」


「え?」


「好きって、そうやって静かに言うから……

ずっと、心臓がうるさい」


そう言って、彼女が小さく笑った。


私は、彼女の肩にそっと頭を預けた。

少し照れくさかったけど、それ以上に安心できた。


愛ちゃんの孤独を、全部は癒せないかもしれないけど、

これから少しずつ、手を伸ばして触れていけたら――


そんな風に思った。



その夜、帰り際。


私の家の前まで見送りに出た愛ちゃんが、ふいに私の顔をのぞきこんで言った。


「……今日は、ちゃんと“恋人”だったね」


「え、いままで違ったの?」


「ううん、そうじゃない。

今日のまひるは、“ちゃんと自分で”こっちに来てくれたって感じ」


「……うるさい」


「うん、でも好き」


その言葉を残して、愛ちゃんは帰って行った。


私はしばらくその場に立ち尽くして、

頬が熱いのをごまかすように、夜の空気を吸い込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ