知らないことを知っていく
午前十時。
駅前の本屋の前で待ち合わせ――のはずが、
私が着いたときにはすでに彼女はいた。
「まひる、早いじゃん」
「愛ちゃんのほうが早いよ……」
「それっぽいこと言おうとしたのに、言わせてくれないんだ?」
笑っているのに、
どこか真っ直ぐで、まぶしい。
制服じゃない愛ちゃんは、いつもより少し大人っぽく見えた。
軽く巻かれた赤茶色の髪に、黒のショートジャケット。
横に並んで歩くだけで、胸がそわそわする。
⸻
ショッピングモールのカフェ。
白いマグカップから立ち上る湯気の向こうで、愛ちゃんがストローをくるくる回す。
「ひかり、今日バイト?」
「うん。うえちゃん昼からって言ってた」
「うちら、仲よさげに見えてた?」
「……うん。なんか、付き合ってるのかもって」
「やっぱり。あいつとは昔から気が合うけど、あれ姉妹だから」
「……えっ?」
「異母だけどね。お父さんが同じ。名字違うけど、けっこう前から知ってたよ」
(そっか……)
ずっと不思議だったことが、急に解けた。
仲が良いのに、どこか距離を保っているようにも見えた理由。
「……なんか、言ってくれて嬉しい」
「でしょ?」
彼女は笑った。
今日の愛ちゃんは、何度も笑ってくれる。
それが、うれしい。
⸻
雑貨屋をひと通り見て、文具コーナーでかわいいノートを眺めて。
特別なことはしていないのに、時間が過ぎるのが早く感じた。
愛ちゃんと一緒にいると、世界が少し明るく見える。
たぶん、私の中の何かが変わってきている。
駅までの帰り道。
夕方の光がビルの隙間から差し込む中、
愛ちゃんが不意に足を止めた。
「……ちょっと、待って」
「え?」
その目は、何かをじっと見据えていた。
だけど、私には何も見えない。
愛ちゃんの目が細められる。
あの視線は知っている。
あの目。
(……また、誰かが近くにいたんだ)
何も言わなくても、わかってしまった。
見えていない私の代わりに、愛ちゃんが守ってくれていた。
「……ありがとう」
「え?」
「なんでもない」
愛ちゃんは、何も答えなかった。
でも、そのまま手をつないできた。
⸻
駅前の並木道。
電車が来るまでのほんの短い時間。
夕陽を背に、彼女がふと立ち止まる。
「まひる」
「……なに?」
「昨日、手つないだ時、わたし恋人だと思ってるって言ったじゃん」
「うん」
「ほんとはさ、ちょっとだけ不安だったんだよ。
……まひるが、ちゃんと好きになってくれてるか」
「――好きだよ」
私の口から出た言葉は、思ったよりはっきりしていた。
「……え?」
「わたし、愛ちゃんのこと好き。ちゃんと、自分の気持ちで。
気づくのは遅かったけど……いまは、ちゃんとそう思ってる」
愛ちゃんの目が、すっと丸くなる。
そして次の瞬間。
「はああああ!?!?!?」
「ちょっ……声! 声!!」
駅前の人が何人か振り返る。
私は恥ずかしくて思わず顔を手で覆った。
「いや、うん、ありがとう……! うれしい……けど、
タイミングというか、心の準備というか……!」
「そっちがキスとか先にしたんじゃん!」
「それとこれとは別!」
「意味わかんない!」
言い合いながらも、笑ってる。
笑いながら、私たちは手をつないだままだった。




