私は恋をしてた
金曜日の放課後。
教室が少しずつ静かになっていく中、私はまだカバンに手をかけられずにいた。
「まだ? 帰ろ」
教室の後ろから声をかけてきたのは――相沢さん、じゃなくて。
愛ちゃん。
そう呼ぶようになって、まだ数日しか経っていないのに、
名前の響きが、どこか馴染みはじめていた。
「うん、今行く」
急いで荷物をまとめて、私は立ち上がった。
⸻
二人で校門を出て、並んで歩く。
さりげなく歩幅を合わせてくれるのも、
ほんの一瞬、私の袖をつまむ仕草も、
愛ちゃんは自然にやってのける。
「……ねえ」
ふいに愛ちゃんが言った。
「この前のキス、嫌じゃなかったでしょ?」
「……うん」
「じゃあもう、恋人ってことでいいよね?」
「――えっ」
心臓が跳ねた。
「えっ、って。なに?」
「いや、えっ、ていうか……恋人って、そんな……」
「まひるが、嫌ならやめるけど」
「……嫌じゃない」
「ならいいじゃん」
彼女の声は、軽いようでいて、少しだけ緊張がにじんでいた。
私はそのことに気づいて、胸がきゅっとなった。
彼女も、少しだけ怖がっている。
拒まれることを。
そう気づいた瞬間、私はやっと、自分の気持ちが何だったのか、ちゃんと理解した。
(ああ――)
私、恋をしてたんだ。
久遠さんのことを思ったときに感じたあの気持ちも確かだった。
でもそれは、届かない場所への想い。
今、隣を歩いてる人は違う。
声が届く。手が届く。目が合う。
私のことを見てくれるこの人に、私はちゃんと――恋をしてた。
気づくのが、遅すぎたくらいに。
翌朝。
土曜日。
ふと目を覚ますと、スマホの通知。
《愛ちゃん:今日、どこか行く?》
“どこか”の内容も、“一緒に”という言葉もなかったけど、
その一言だけで、胸がふわっと浮いた。
私は、スマホを持つ手に少し力を入れて、
「行きたい」とだけ返した。
そして、思った。
(ちゃんと好きだって、言わなきゃな)




