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3話

バーナードは意気揚々と街に向かった。

ここまで高頻度で行っていれば、もう村人からのお使い事は無く、完全に自分の用事の為だけだった。

バーナードは街の知り合いという知り合いに話かけて、金を貸してくれるように頼んだ。

相手によっては膨大な利子すら提案した。

訝しがった友人の数人から、その使い道を聞かれてもバーナードははぐらかし続けた。

ただ、必ずすぐ返す、とだけ繰り返した。

人によっては誠実に人によっては諦め半分で、バーナードの為に金を用立ててくれた。

バーナードはその金を使い、実験材料を購入し、実験機材はさすがに手が出せなかった為、その代用が出来そうな機材を買い込んだ。

街に来た時は空の荷車だったはずだが、いつの間にかにその荷台にはうず高く物が積まれていた。

バーナードはいつものように、最後に雑貨屋を訪ねた。

「おう、あんたか。街中で随分と噂の的だぞ」

雑貨屋の店主はバーナードの顔を見ると、苦笑をしながら伝えた。

「ただ買い物をしていただけだろ」

「買い物にしたって、そこらじゅう片っ端に金を借りて、その金でよくわからんガラクタばかりを買い漁っていれば、そりゃあ噂にもなるさ。

皆言っているぞ。「あいつもとうとう頭をやられて、錬金術師にでも転職するのか」って」

「ずいぶんな言われようだな。俺は昔も今も頭はまともさ。

ついでにお前さんにも一つお願いしようか。なに、損はさせないさ」

「その根拠がわからない自信はどこから湧いてくるんだ。

俺を友人だと思うなら、その自信の理由を教えてくれないか。それ次第では貸してやっても良い」

「なら、お前さんにだけ話そうか。俺は金を稼ぐ方法を知った。これらはその材料ってわけだ」

「・・・そうすると、やはりこの前の手紙に何か書かれていたのか」

「まあ、そんな所だ。お前さんが言っていたように、あれは宝のありかを示す地図だったてわけだ」

「それでそんな、錬金術師みたいな道具をかき集めていたわけか」

「まあ、実験を行うからな。錬金術師と思われるのも無理はないか。

お前さんがいくらかでも金を貸してくれれば、実験材料の買い足しが出来る。

どうだ、お前さんも乗らないか」

雑貨屋の店主は苦笑を崩さず、それでもある程度の金額をバーナードに渡した。

「他の奴がどうかは知らんが、俺はその金が戻ってこなくても仕方ないと思って渡す。

戻ってくれば御の字だ」

「随分と評価が低いな。そんなに俺が信じられないか」

「世の中そんなに甘くないって事を知っているだけさ」

他の客が雑貨屋を訪れた為、店主との会話はそこで終わった。

バーナードは新たに手に入れた金も実験材料に変えて、満足顔で村への帰路についた。


荷車に物を雑多に載せ、バーナードが買い出しから戻ってくる。

バーナードは休むこともせずに、そのまま友人達と手分けして物を運び始める。

彼らは実験の手順書から泉の水をかなりの量を使用する事をあらかじめ確認していたので、実験の場所を泉の淵に決めていた。

森の中にある泉の場所を唯一知っている村長を先頭にして、彼らは森の中に入っていった。

私を含め、教会の諫めを素直に聞いてこの実験に否定的な村人は残念ながら少数しか居ない。

そんな私でも実験を無視して日常の暮らしを続けられるほど、好奇心が無いわけではない。

彼らの手伝いをするわけでもなく、かと言って邪魔をするわけでもなく、彼らの実験の成否を自分の目で見たくて彼らの後に付いて森の中に入った。

私のようにバーナード達の列の後ろに何名かの村人達が連なった。実験の成功を確信して心が弾んでいる者も居るし、私のように好奇心だけでついて行っている者も居た。

心強かったのは、どうやら司祭様も私と同じような理由から一緒に森の中に入ってくれた。

しかし、その表情は神妙だった。

私の視線に気が付いたのかいつもの笑顔に戻り、何気ない会話をした。

「この森に入るのは初めてですね」

「私もです。この森に入ろうとする村人は、それこそ小さい頃の父達の様に子どもながらの冒険心を持った子供だけです」

「どうして村の人々はこの森をそんなに避けるのでしょうか。見た目は普通の森となんら変わらないように見えますが」

「それについては私もよくわからないとしか答えられません。

私は私の両親から、両親も祖父母から、この森には入っていけないと言われてきました。

それがどういった理由からなのかは、残念ながら聞いていませんし村の皆も知らないと思います。

もしかしたら前は言い伝えが有ったのかもしれませんが、私の代までにどこかで途切れてしまったのかもしれません」

「なるほど。理由はわからないが、入ってはいけないと言われているから誰も近づかないわけですね」

「そうです」

「そういった場合、実際に何らかの危険がこの森の中にある為に進入禁止にしている事例はよく聞きますね。

後は、私が言うのもあれですが、村の信仰の対象が森の中にあった可能性でしょうか」

「私たちの村にも昔にはそのような信仰があったのでしょうか」

「おそらくは。ただ、今は教会の正しい教えが皆さんを導いてくれますので、必要がないと言ってしまえばそれまでですが。

これは司祭としてではなく、一個人の意見としてですが、そういった昔ながらの信仰を間違っているからと一方的に否定してしまうのは色々ともったいないと感じるのです。

それこそ、先ほどの話にも通じますが、もしかしたら信仰という形でこの森を立ち入り禁止にする事で、実在する危険から村人を守っていた可能性も無いとは言い切れません」

「そういえば、目的の泉も最初に届いた手紙では「不思議な色の水で満たされた泉」なんて書いてありましたね」

「もしかしたら、その泉こそが信仰の対象だったかもしれません」

私たちがそんな他愛ない話をしている間にも、村長を先頭とした一団は森の細い獣道を進む。

さすがの村長もはるか昔の記憶を掘り起こしながら進んでいるため、その歩みはゆっくりとしている。

その間に、バーナード達は道の両脇を踏み固め、少しでも道を広げていた。

実験が始まれば、この道を何度となく往復する事になるから今のうちから歩きやすくしているのだろう。

その様子を後方から眺めながら、何気なく言葉にした。

「仮に信仰の為にこの森を立入禁止にした昔の人が居たとして、今のこの状態を見たらどんな思いでしょうね」

「落胆、するでしょうね。彼らにとってはその信仰は本物だった。それをこのような欲望によって踏みつぶされるのは、傍から見ていてもあまり良い気はしませんね」

私はため息を一つ付いて、司祭様に同意の思いを伝えた。

しばらくして、前方から声が上がる。

見ればどこまでも続きそうだった森に切れ目が出来ていた。

その森の中の隙間の中央に泉が有った。

確かにその泉の水は不思議な色としか表現の出来ない色をしていた。

その水面は不気味なほど静まり返っており、その下に生き物が存在しないことを物語っている。

普通の泉であればその淵ぎりぎりまで生い茂っていそうな草花も、この泉には無く、数歩離れた場所からようやく姿を現し始める。

それら異様な光景は確かに信仰の対象になり得そうと感じてしまった。

バーナードも一瞬その光景に目を奪われるも、すぐにその眼には別の光が射す。

「よし、じゃあ準備をして実験に取り掛かるぞ」

バーナードは友人達に声をかけた。

友人達はそれぞれに行動して、あるものは来た道を引き返し簡易的に机になりそうな物を持ってきたり、あるものはそのあたりで薪になりそうな枯れ枝を集め、火を起こしたりした。

バーナードは観衆の中に目ざとく司祭様を見つけ出し、実験の手順書を片手に自分の記憶に間違いが無いかの確認をした。

やがて準備は整い、バーナードの指揮のもと実験が始まった。

バーナードは手順書を一行ずつ読み上げながら、友人達に指示を出してその手順書通りに実験を進めていった。

「これで、完成だ」

バーナードが高らかに宣言する。

しかし、出来上がったそれは遠目に見ても金の色合いはしていなかった。

バーナードはそれをつまみ上げいろいろな角度からじっくりと調べたが、その表情が実験の成否を如実に語っていた。

「い、今のはきっとどこかで手順を間違えたんだ。例えば手順の確認に時間をかけすぎて正しい時間を超過してしまったんだ。

そうに違いない。次は、一回手順を確認したから次こそは成功するはずだ」

バーナードに促されて、彼の友人達は二回目の実験を始めた。

バーナードが言うように、一度行った実験を再度行うので皆が順調に実験の手順を進めていく。

「これで今度こそ、完璧なはずだ。手順に何の問題もなかった」

バーナードの確信とは裏腹に、実験の成果物は先ほどと同じような金とは似ても似つかない物だった。

「そ、そんな。そんな馬鹿な。・・・つ、次だ次」

もはや見ているこちらが苦しくなるような表情のバーナードから、怒気すらこもった声が響く。

それに友人の一人が冷静に返す。

「次が最後だ。もう材料が残り一回分しかない」

「だったら尚更、成功させなくては」

三回目も実験の手順書通りに執り行われた。しかし、出来上がるものはやはり金では無かった。

「なんで上手くいかないんだ」

怒りに捕らわれたバーナードは、机代わりにしていた箱を蹴り飛ばす。

その振動で机の上の燭台が倒れた。

咄嗟の事に誰もが動けないうちに、机の上にこぼれていた実験材料に燃え移り火を大きくする。

すぐそばに広げられていた実験の手順書は、炎の餌食となった。

バーナードが必死に火を消した時には実験の手順書の大部分は灰へと姿を変えていた。

失敗を繰り返し材料が無くなり、唯一の実験の手順書すらも失って、バーナードはその場に崩れ落ちた。

うつむき、声にならないうめきを続けるバーナードの姿に誰もが言葉を失っていると、司祭様が堅い表情のまま彼に近づいた。

司祭様は膝を折りバーナードと同じ目の高さで話しかけた。

「バーナードさん。落ち着いて下さい」

「これが落ち着いて居られるか」

バーナードは真っ赤になった顔をあげ、話しかけてきた司祭様をにらみつけた。

「あなたの苦しさは痛いほどわかります。

ですが、これ以上の実験を行うためには材料が足りません。ここを引き際にせよとの神が仰せなのかも知れません」

バーナードの瞳は怒りよりも嘆きが濃くなる。

「俺は、俺はどうすれば良いんですか。

金塊が作れると思ったから、知り合いという知り合いに無理を言って金を借りた。中にはとんでもない利子まで掛けてきた奴も居る。

もう俺に出来る事なんて木から垂れ下がる位しか、」

バーナードの言葉を遮るように司祭様が強く語りかけた。

「神はその様な事は決して望みません。

今回の件に付いては私にも責任の一端が有ります。私が解読を行わず、固辞し続けていれば防げた事です。

中央の教会からは元々、異端の危険思想であると警告は受けていました。

もっと私が強くあなたを思い留まらせる事が出来ればと、後悔ばかりをしています。

ここで止めることで、中央の教会にもある程度の申し開きが出来ます。

今回出来てしまったあなたの借金を全てとはいきませんが、一部を私が引き受けましょう。

そして、あなたの再度正しく歩み出す為の切っ掛けになるのであれば、きっと中央の教会も助けてくれるはずです」

「お、俺は、」

「大丈夫です。人間誰しも間違うことは有ります。必要なのはそこから正しく歩み直す事です。

今回は異端思想の錬金術師の迷い言に騙されただけです。バーナードさん、あなたは本来誠実で真面目な方のはずです。

もう一度正しく歩みだしましょう。そのためのなら私は心から協力しますし、村の皆さんもきっと協力してくれるはずです」

バーナードは無言で頷いた。

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