第9話:黒衣の使者と揺れる平穏
星片が現れてから数日後、村に“客人”がやってきた。
父と母が食堂で話している声を、俺は部屋の隅で聞いていた。
「……王都の学院から“観測者”が来るって……どういうこと?」
「おそらく……星片の反応だな。“心片”クラスの結晶が出現すれば、遠隔でも感知される。」
「まさか……見張られてる?」
「王都は“特異な進化”に目を光らせている。特に“低ランクからの覚醒個体”には……な。」
父の声が重たく沈む。
――やっぱり、“気づかれた”のか。
俺の手の中の《やさしさの星片》は、ほんのわずかに明滅していた。まるで、自分を“見られている”ことに反応しているかのように。
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その夜、村の門が開いた。
「……カノン、来てくれる?」
母に呼ばれ、俺は正装を着て迎えの前庭に出る。
そこに立っていたのは、黒衣の青年だった。年は20代中頃。細身で整った顔立ちだが、目の奥には氷のような光が宿っていた。
「初めまして。王都魔法学院、観測局所属、サリウス=クロイツェルです。」
名乗りながら、彼はラビッチュを見た。
ラビッチュもじっと見返す。
互いに言葉は交わさないが、視線の奥で火花が散っていた。
「……ずいぶんと、珍しい個体ですね。ラビッチュ種は通常、覚醒個体に至ることはありませんが……。」
「……この子は、俺の相棒です。」
はっきり言った。嘘でも、ごまかしでもない。
「なるほど。“魂の結晶”が生まれるほどの絆……納得です。」
彼は懐から小さな水晶球を取り出した。そこには淡く輝く文字が浮かんでいる。
観測対象:変異進化兆候 分類:未知 推定リスク:B-
「……なんだよ、それ。」
「これは、観測者としての義務です。“未定義の進化個体”を見つけた際は、王都に報告し、監視対象とすること。」
父が一歩前に出た。
「それ以上は、我が家の許可なく立ち入らせんぞ、サリウス殿。」
「もちろんです。私は観測者であって、執行者ではありません。」
そう言いながら、サリウスは小さく笑った。
「ただ――“進化の兆し”が現れたということは、“試される”ということです。あなた方の平穏が、いつまで続くか……。」
その笑みには、脅しとも忠告ともつかない含みがあった。
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彼が去ったあと、ラビッチュは俺の足元にすり寄ってきた。
「……怖いか?」
「キュー。」
首を横に振るラビッチュ。その羽耳に、俺はそっと手を重ねた。
「大丈夫だ。俺たちは、逃げない。」
たとえ監視されても、試されても、失いたくないものがある。
そのためなら――戦うことも、隠し通すことも、できる。
星片が教えてくれた。
この絆は、簡単には壊れない。