第19話:ローブの向こう、言葉を越えて
夜の野営地。
焚き火の前で、俺は気になっていたことをサリウスにぶつけた。
「なぁサリウス、そのローブ……ずっと顔隠してるけど、暑くないの?」
「……好奇心旺盛ですね、君は。」
「だって、仲間だろ?顔ぐらい見せてくれたっていいじゃん。」
しばしの沈黙。そしてサリウスはため息をついた。
「……いいでしょう。君になら。」
ゆっくりとローブのフードが外される。
現れたのは―― 艶のある黒髪を肩まで流した、涼やかな目元をした青年。
切れ長の目と整った鼻筋、やや鋭い口元。それでもどこか優しい空気をまとっている。
「……お、おぉ……普通にイケメンだ……。」
ディルとニールがいたら絶対騒いでただろうな、と内心笑ってしまった。
サリウスは目を細めて、火に手をかざした。
「これで満足ですか?」
「ああ、いや……その……なんかごめん。」
「ふっ、気にしないでください。私が隠すのは、職務の都合もありますから。」
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翌朝。
俺とサリウスは、ラビッチュとヒートドランに向かい合って“言葉の勉強”を始めていた。
「ラビッチュ、昨日練習した言葉を言ってみろ。」
「カノン……トモダチ……アリガト……!」
「すごいぞ……!ちゃんと言えてる!」
ラビッチュが得意げに羽耳を揺らす。
「じゃあ次は……ヒートドラン、言ってみろ?」
「グルルル……」
「えっと……“ありがとう”だぞ?」
「グル……」
「“ともだち”は?」
「グルルルル。」
「……まぁ、急には無理だよな。」
サリウスがくすりと笑った。
「ヒートドランは古い種族です。言葉を覚えるにはもう少し時間がかかるでしょう。」
「でもいつかきっと言えるよな。なぁ、ヒートドラン。」
「グルォ……」
鼻先で俺の肩を軽く押す。
その温もりは、言葉よりも雄弁だった。
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旅はヒートドランに乗って続く。
風を切り、雲を裂き、遠くの地平線を目指す。
荷物を積んだサリウスと俺、そしてラビッチュが背中で羽耳を揺らしていた。
「このまま王都に戻るのか?」
「いいえ、今日は西の市場へ。研究用の資材を揃えます。」
帰れば実家の倉庫を改装した“簡易研究所”が待っている。
父が大工と一緒に作ってくれた木の机、母が縫ってくれた試験布、ディルとニールが運び込んだ古い書物。
あそこを拠点に、俺たちは学び、旅を重ねる。
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その日の夕暮れ、ヒートドランの首筋を撫でていると、不意に感じた。
――胸の奥が、かすかに光ったような。
「……なぁ、サリウス。」
「なんでしょう。」
「ヒートドランにもさ……真名って、あると思うか?」
サリウスは少し考え、空を見上げて言った。
「……あるでしょう。すべての魂には、名を持たない“始まり”がある。
君がラビッチュに名を呼びかけたように……いつか、ヒートドランの本当の名も、君が見つけるのかもしれません。」
「……そっか。」
ヒートドランが低く、優しく鳴いた。
「グルル……」
俺は笑って、羽耳を揺らす相棒に声をかけた。
「なぁ、ラビッチュ。次はヒートドランの“ほんとの名前”を見つけに行こうな。」
「キュー!!」
火が弾け、夜の風が頬を撫でた。
旅は続く。
仲間とともに、名を探し、世界を知るために。