第14話:星が記す者、アルネアの名を追って
「……やはり、アルネアの名に関する文献は王都にもありませんでした。おそらく、意図的に“消されている”類のものです。」
サリウスの言葉に、父が眉をひそめる。
「だとすると……それを探るのは危険だな。」
「でも、行きます。」
俺は静かに言い切った。
ラビッチュの背に浮かぶ《無垢の星片》は、日に日に輝きを増していた。これは“ただの記録”じゃない。俺たちが進まなきゃ、消えてしまうかもしれない“誰かの声”だ。
「……ならば、お前を止める理由はない。」
父が息を吐いたように言う。
こうして、旅の許可は下りた。
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目的地は、王都の北方――かつて星術士たちが学び舎とした《蒼記の庭》。
現在は封鎖され、立入禁止区域とされているが、サリウスの観測局の権限を使えば“調査名目”で潜入できる。
「遺構内には、崩れかけの転送門と“記録塔”が残されているはずです。古代の星術コードに精通していれば、アルネアに関する言及があるかもしれません。」
馬車に揺られながら、サリウスは冷静に言った。
ラビッチュは窓の外をじっと見ている。少し緊張しているのかもしれない。
「……お前、大丈夫か?」
「キュ……。」
羽耳がふるえる。
俺はそっと手を取った。
「何があっても、お前はお前だ。それが“過去に何者だったか”とは関係ない。」
「キュッ!」
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《蒼記の庭》は、静かだった。
風に吹かれるたび、星草が音を奏でる。遺跡の奥、崩れかけた塔にたどり着くと、中央に黒く光る石碑があった。
サリウスが呟く。
「……この構造、間違いない。これは“名前の記録装置”です。魂の名を封じ込め、再生のときを待つための“星鍵”……」
ラビッチュが、自然に歩み寄る。
彼の羽耳が石碑に触れたとき、空気が揺れた。
『――アルネア。守る者なり。罪なき願いのしるしなり。 星風をまとい、忘却の扉を抜けしもの。 名を失いし時、記録に宿る。』
声が響いた。
石碑が青く輝き、ラビッチュの背から星片が放たれる。
その中に、少女の姿があった。
白髪の小さな子供。その腕に抱かれた羽耳の小獣。それは間違いなく、今のラビッチュだった。
『……この子を、世界が拒んでも、私は忘れない……』
記憶が流れた。
誰かがラビッチュを“守るもの”として作り、そして、世界に抗って――“封じた”。
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サリウスが唇を引き結ぶ。
「……アルネアは、“名を奪われた守護体”。そのまま記憶とともに眠らされた……つまり、ラビッチュはその器だった。」
「じゃあ……今のラビッチュの記憶は?」
「再構成されたもの。“魂の核”だけを残して、新たな存在として再生したのです。」
ラビッチュが俺を見上げる。
俺は、ただ笑って答えた。
「いいよ。それでも、やっぱり“お前”だから。」
「キュー……!」
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遺跡の奥、封じられた記録の石版には、こう記されていた。
『真なる名は、想いとともに呼ばれるもの。 忘却されし名を、ふたたび与える者にのみ、星の道は開かれる。』
その言葉が、ラビッチュの身体の奥で、ゆっくりと眠る“何か”を、確かに揺り起こしていた。