第11話:その日が来るには、まだ早い
ある日、父の机に一通の封書が届いた。
赤い封蝋、金の紋章――王都学院のものだった。
開封した父の眉がわずかに動く。
「……やはり、来たか。」
母が後ろから覗きこむ。
「もう……?まだ、カノンは七つにもなっていないのに……。」
俺は少し離れた椅子でラビッチュを抱きながら、それを聞いていた。
“召集”という言葉には、どこか重たい響きがある。
父は手紙を渡してくれた。幼い俺にも、読みやすいよう簡略化された文体だった。
『星片適応者であるカノン殿を、王都学院特別観測課程に迎えたく候。年齢に関わらず、星片発現者は例外とすることを定めており……』
「年齢に関わらず」――つまり、“幼いことは理由にならない”ということか。
……だけど。
俺は、はっきりと口を開いた。
「まだ、行けません。」
母が驚いた顔をする。父も少し目を細める。
俺はラビッチュの背を撫でながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「ラビッチュともっと一緒にいたいし、この村でやることも、学ぶことも、まだあると思う。」
「キュー。」
ラビッチュも力強くうなずく。
「星片が現れたのは事実。でも、俺はまだ“この力”を理解しきれていない。だから、行くべきときは……自分で決めたい。」
しばらく沈黙があった。父は少し口元を緩めた。
「……そうだな。無理にお前を“囲い”に送る理由もない。」
母がそっと俺の頭を撫でてくれる。
「でも、返事は丁寧に書かなくちゃね。“礼を尽くす”のも、立派な成長だもの。」
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後日、俺は自分の言葉で返事を書いた。
『お誘いありがとうございます。ですが、僕はまだ子どもです。学びたいこと、育てたいもの、守りたい場所があります。
それがきちんとできるようになったら、そのとき、改めて自分で進む場所を選びたいと思います。
どうかそれまで、少しだけ待っていてください。』
ラビッチュの足形を押して、封を閉じた。
それは、ただの断り状ではなく、“決意の予告”だった。