8.確認
「……やっぱりね。」
薄暗い部屋でモニターを見ながら、Ⅰ(いち)はうなづいた。素敵な笑みを浮かべる。隣にいるⅨ(きゅう)が不貞腐れたように言う。
「なんだよ急に。1番最初にアイリーン・ベネットと、戦闘になった時の映像が見たいなんて。…昨日の午前の、僕の醜態でも見て楽しいかな?お偉いさん。」
「貴方のことなんてどうでも良いの。……私が知りたかったことを確認できたわ。ありがとう。」
くるりと背を向け、モニターの前から去ろうとするⅠ(いち)の腕を、Ⅸ(きゅう)がつかんだ。驚く彼女に彼は笑った。
「そうはいかないよ。僕の失態は、情報共有が出来ていれば、未然に防げたことなんだ。同じ過ちを繰り返したくないんでね。何が確認できたのか、教えてもらおうか。」
真剣な目にⅠ(いち)はため息を吐いた。誤魔化してもⅨ(きゅう)は腕を離そうになかった。
「貴方が知っても、仕方のないことだとは思うのだけれど…良いわ。教えてあげる。」
彼女は掴まれた腕を振り解くと、きっぱりと言った。
「…あのアイリーン・ベネットは別人の可能性が高い。」
彼は驚いた様子だった。
「二十年前に彼女と激闘した私だから分かる。確かに、彼女の技の一つである"雨"は間違いなく本物に近い。けれど…一花という守る存在と脱出経路の確保。その二点を踏まえるのなら……。爆弾を球体ではなく、花びらとして飛ばす技の一つ。」
再びモニターへと近づく。操作盤をいじると、二十年前の映像を映し出した。真ん中にアイリが立ち、後ろには薄紫色の花びらが散っている。
「"桜吹雪”が最善策。……ただしこの技は、彼女が死の直前に出した技。だから、その技を知るのはアイリーン・ベネット本人と、私だけよ。この映像だって、当時の再現に過ぎない。いわば合成と編集されたもの。……本当の技は記録に残っていないのよ。」
となると、考えられることはただ一つよねと静かに呟く。
「”桜吹雪”を何かしらの理由で使うことが出来ない。若しくは…そもそも本人でない可能性がある。」
思わぬ事実に固まる彼に、彼女は静かに微笑んだ。
「でも、そんなに急がなくて良いの。本人であるかないかにしろ、手段はある。今回は本人か否かを確かめるだけで良いわ。まだ確実に仕留める武器が準備出来てない。」
Ⅸ(きゅう)はしばらく黙っていたが、すぐに気を取り直したように言った。
「武器?アイリーン・ベネットに対する?そんなものあるわけがないと言いたいけど、君のことだから本当なんだろう。僕に何か手伝えることはあるかい?……Ⅴ(ご)に怒られて、低評価のままじゃ嫌だからね。」
「不死を殺す武器よ。」
飛び出て来た言葉に一瞬、部屋の中の空気が張り詰めた。彼は軽く青ざめながら、震える声を絞り出した。
「……本気かい?そんなもの作ったら、僕らでさえ死んでしまう可能性があるじゃないか。」
Ⅰ(いち)が静かに頷く。
「そうよ。でも、安心して。私達兄弟には悪用しないわ。する理由が無いもの。人数削っても今までよりハードワークになるだけだし。…アイリーン・ベネットが二十年前と容姿が変わらないことから、不死の可能性もあると思って作ったの。予定ではもう少しで完成するところよ。ところで、手伝ってくれると言うのなら…被験者をお願いしたいわね。」
「遠慮するよ。」
即答だった。軽く青ざめつつ、Ⅸ(きゅう)は仕事があるから…と言ってその場を去った。一人取り残されたⅠ(いち)はモニターをいじり始めた。一花の隣にいるアイリの画像を出す。何かを思い出すような顔を浮かべると、すぐにモニターを閉じた。
「…きっとあなたは、もう一人の”アイリ”ね。」
一方その頃、地下深くの場所で、一花の隣で凌と陽菜がⅥ(ろく)から事情を聴いていた。二人がここに来てから一晩明けていた。
「なるほど。つまりしばらく帰れないうえに、俺達と同じような目に遭う人がいるってことか。」
凌がライフルを抱えつつ、理解した様子で言う。向かいのソファに座るⅥ(ろく)が頷いた。
「凌くんには、できればアイリと一緒に戦ってほしい。陽菜ちゃんは、ここにいて僕と一緒に、アイリ達をサポートする側についてくれると助かる。…でも、選ぶのは君達の自由だよ。嫌ならここで静かに暮らしても良いし、どこか他の場所にいても良い。」
「いや、構わない。このライフルを持ってると、なんだか力が湧く。…それに、まだ陽菜が狙われることもあるんだろう?」
その言葉にⅥ(ろく)が頷く。
「君達は貴重なエネルギー源だからね。もちろん狙われるよ。」
「なら一緒に戦おう。」
兄が言うと、妹の陽菜もしばらくして頷いた。
「お兄ちゃんが戦うのは少し不安だけど…。危険な目にあわせたくないけど…。でも、私達みたいに他の人がエネルギーにされかけるのは嫌だから、お兄ちゃん達のことをサポートします。」
その場にいる他の三人が頷く。アイリがにっこりと微笑んだ。
「これから一緒に戦うアイリよ。よろしくね。そういえば良い忘れてたけど、私とⅥ(ろく)には敬語抜きで良いわ。一花もね。戦闘中に敬語で話すなん、面倒だもの。ところで、昨日は大変だったわね。疲れたでしょう?……さ、少しお茶でもしましょう。」
近くの冷蔵庫からシフォンケーキを取り出すと、全員の前に置いた。手作りなのよと恥ずかしそうに言う。それにしてはとても綺麗な表面で、お店に売ってそうなケーキだった。
「おいしそう!」
「いただきます!」
みんながそれぞれ嬉しそうにケーキを頬張る。Ⅵ(ろく)がさっと席を立つと、思い出したように言った。
「そうだ、アイリ。君の武器を少し強化しようと思ってたんだ。ケーキは後回しでも良いかな?今のうちに調整しておきたい。」
「ええ。分かったわ。みんな、食べててね。」
二人が部屋から出ていくと、静寂が訪れた。ケーキを頬張りながら陽菜が恐る恐る聞いた。
「えっと…。一花さんですよね。あれ、敬語でも…?」
「うん。良いよ。この際、敬語とか関係ないよ。一花でも良いし、一花ちゃんでも良いし。」
紅茶を飲みながら一花が応じると、陽菜も少し肩の力が抜けた様子だった。
「えっと…アイリとずっと一緒にいるの?」
「ううん。私も昨日ここに来たばかり。最初は私もエネルギー化?されそうになって、監禁されてて…。そしたら、Ⅸ(きゅう)って数字が書かれてる人になんか…体を乗っ取られて、アイリと戦いかけて…。っていう感じかな。」
そういえば、陽菜ちゃんの制服って、もしかして白坂高校?と一花が言うと、彼女は驚いた様子で頷いた。一花がにっこりと笑う。
「私も、高校は白坂高校だったの。懐かしいなあ。」
「お兄ちゃんは名和高校だよ。」
「名和?!私の友達が行ってるよ。え、知ってるかなぁ…。中川満君。」
「二年のころの学級委員か。いたぞ?」
「え、学級委員やってたんだ!すごいなあ。頭よかったもんなぁ、満君。」
だんだんと打ち解けて来たのか、互いに高校の話をして盛り上がった。いつの間にかケーキも食べ終わっていたが、話は尽きなかった。
「お兄ちゃんが学園祭で…。」
「え!あれ、あの特賞に選ばれたの…?!」
「ああ。お礼にピザを配達してやったらな…。」
「あはは。そりゃ丸木先生も困惑するわ~…。うわ~見たかったな、その現場。」
三人ともけらけらと笑う。しばらくすると陽菜が嬉しそうに言った。
「なんだか、私達兄弟みたい。元々三人兄弟で、お兄ちゃんとお姉ちゃんがいるみたい。」
その言葉に二人とも笑った。まだまだ会話は続きそうだった。
別室のモニターでそれを見ていたⅥ(ろく)が嬉しそうに呟く。
「流石、スナイパーの後継者だね。先代の二人も、リーダーとスナイパーは仲が良かった。血はつながってないのに、互いに兄弟って呼び合っていたくらいだもん。やっぱり後継者も似るのかもね。」
ところで…と言いながら、アイリの方を見た。近くのガラスケースにはアイリの武器が入っている。紫色の球体が付いた紐が二つ、不気味な光を出していた。
「この武器の中の魂達と少し会話をしてみたんだ。そろそろ次の段階に行くことが出来るみたい。」
「共鳴度50%ってこと?」
「うん。今は30%だけど、だいぶ気持ちが同調し始めて来たらしい。」
モニターを操作し、データを映し出す。武器の3Dモデルとあらゆる図表と文章が出て来た。
「50%になれば、それなりの戦力になる。けど…その分、危険度も増す。君にはⅡ(に)から不死の血を分け与えられてるから、不死身状態だけれど…。体に負荷はかかるよ。」
「…でも、彼らを解放することがきるかもしれないんでしょう?」
アイリが呟くと、彼は小さく頷いた。
「生きていれば…の話ではあるけどね。ただ僕的には、彼らは生きていると思ってる。彼らの後継者達が来たなんて、偶然だとしても違和感がある。きっとこれも、Ⅱ(に)が何か僕らに残そうとしたんじゃないかって。もしそうなら、彼のことだ。何かしら逆転の手があるはずなんだ。」
武器をガラスケースから取り出し、アイリに手渡した。どこか寂しそうに言う。
「くれぐれも気を付けてね。君の正体がバレないように。アイリ本人の武器も、持っているね?」
武器をぎゅっと握りしめると、アイリは静かに微笑んだ。
「もちろんよ。だって私はアイリーン・ベネット。彼の恋人だもの。上手くやって見せるわ。」
その言葉を聞くと彼は安心したようだった。ちらりと横目で一花たちの映るモニターを見ると、真剣な目で言った。
「もしかすると、万が一ってこともあるかもしれない。…その時は、僕らは彼らを守ろう。二十年もの歳月が経ってるんだ。僕らよりも、彼らの方が可能性があるかもしれない。」
分かっているわと彼女は頷いた。
「せっかく現れた希望だもの。身を呈してでも守るわ。」
握りしめた武器へと視線を移す。不気味に光った紫色の球。その時、突然ブザーが鳴り響いた。Ⅵ(ろく)が慌ててモニターをいじる。アイリの方を見ずに叫んだ。
「座標を特定する!頼んだよアイリ。倉庫のバイクを使っていいから!」
「分かったわ!」
部屋を飛び出すと、三人にいる部屋へと向かった。
こんにちは。星くず餅です。
本日八話めです。ごめんなさい。今週今までより多忙で、一時より投稿が遅れました。
ご了承ください。
次回は来週土曜日一時を予定しています。
ところで…アイリ。ちょっと様子がおかしいですね。やっぱり、本人でない?
不穏です。フラグがたってる…?
さて、これからどうなっていくのか…。
良かったら読んでいただけると幸いです。