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6.ありのままで

 バイクの近くで吐いた彼は、しばらくして二人の元に戻って来た。

 「ところで、陽菜はこんなところで何してるんだ。下校途中じゃなかったのか?」

 それが…と言いかけた陽菜の言葉をⅣ(よん)が遮った。

 「ここは異世界なのよ。もう戻れないの。それに戻ったとしても、貴方達は十年後に死んでしまう。私達は迷い込んだ人間にエネルギー化を推奨しているのよ。彼女もエネルギー化を望んだの。」

 「そうか。エネルギー化すれば、助かるのか?」

 彼は不思議そうに言った。その言葉にⅣ(よん)がこくりと頷く。

 「エネルギーになってしまうけれど、長生きできるわ。十年後に死ぬ未来を変えることができる。六十年くらいは他の世界で生きれるわ。エネルギーになるっていうのは、いわば電池みたいなものになるの。だから、人の役にも立つことが出来る。」

 その言葉を聞くと、彼はしばらくふむ…と考え込む仕草をした。陽菜が様子を伺っていると、ゆっくりと顔をあげ真剣な声で言った。

 「…俺は頭が悪いからよく分からんが、陽菜が選んだのなら俺もその方法を選ぶしかないだろうな。」

 「出来るだけ貴方達兄弟が一緒になれるよう、手配するけど…もしかすると、同じ世界には行けないかもしれない。そこだけは理解してほしいわ。」

  彼は頷く。

 「構わない。陽菜が無事なら、俺はそれでいい。」

 Ⅳ(よん)がそれなら良かったわと呟いた。陽菜は少し驚いた様子だったが、静かに頷いた。

 「もう少しでエネルギー化施設につくわ。三人で行きましょう。」

 「バイクを押していっても構わないか?」

 「ええ。勿論。」


 Ⅳ(よん)を先頭に、少し離れて二人が後に続く。薄暗い路地の中を歩いていた。陽菜はしばらく黙っていたが、兄に話しかけた。

 「…結局、最後まで思い出せなかった。お兄ちゃんのこと。……ごめん。」

 彼女が謝ると、彼はいや、謝らなくて良いと言った。通りすがりの街灯が、彼の顔を照らす。

 「みんな良かれと思って、お前に思い出すように促すが、俺は今のままでも良いと思うんだ。」

 陽菜が驚いた様子で、どうしてと聞く。街灯の明かりで照らされた兄の顔は、いつになく優しい目をしていた。表情が乏しいと聞いていたが、その時ははっきりと分かった。

 「俺は事故直後に、お前に話しかけながら救急車を呼んだ。……俺を思い出せば、必ず事故の記憶も思い出してしまう。もの凄い痛かったはずだ。そんな嫌な記憶を思い出すくらいなら、俺のことは思い出さなくて良い。」

 最後にこうして話せて良かったと彼は呟いた。バイクを押す手が、どこか寂し気に見えた。

 「…お前となかなか話す機会が無かった。理由の一つにバイトも含まれるが…俺と話して俺を思い出して、ついでに事故の瞬間を思い出してしまったら、嫌だったからな。あまり声をかけられなかったが、最後の最後に少し話せたし、ピザも食べれた。俺には十分すぎる幸せだ。」

 バイクのタイヤが転がる音が響く。街灯の灯が途切れ、薄暗い路地の中に入った。彼の表情は見えなくなってしまったが、陽菜は彼の方をずっと見ていた。

 (私なにか…誤解してたのかもしれない…。ピザの好みが変わってても、そのまま受け入れてくれてた。不愛想で、ほとんど会話してなかった理由もちゃんとあって…。今の私でも良かったんだ。)

 途端に後悔が押し寄せて来た。足取りが重くなる。

 (私の居場所は、ちゃんとあったんだ。少なくとも、お兄ちゃんの横には確かにあった。それなのに…。私は自分の居場所を知ろうともしてなかった。以前の私と比べるばかりで、歩み寄ろうともしてなかった……。エネルギーになって離れ離れになってしまったら…私はもうお兄ちゃんと会えない…。やっと本当のこと、分かったのに。)

 「最後の最後に少し話せたし、ピザも食べれた。俺には十分すぎる幸せだ。」

 その言葉が心に残る。気が付くと陽菜は立ち止まっていた。俯いたまま、思考を巡らせる。結論はすぐに出た。その様子にいち早く気づいた兄が、バイクを止め後ろを振り返る。

 「どうした、陽菜。」

 「……ごめんなさい。やっぱり、エネルギーにはなれない。」

 ぽつりと彼女が呟いた。その声が聞こえたⅣ(よん)が驚いた様子で振り返る。足を止め、真剣な声で言う。

 「どうして……?長生きできるのよ?人の役にも立つのよ。」

 陽菜はぎゅっと拳を握りしめ、顔を上げた。

 「今まで、前の自分を思い出すのが人の役に立つと思ってた。だから人の役に立てない私は、居場所が無いと思ってた。……でも、誤解してたみたい。今のままでも、受け入れてくれる人がいる。私の居場所は変わらずにあった。だから、エネルギーにはなれない。」

 彼女は少し涙目になりながら、嬉しそうに笑った。

 「元の世界に戻れなくても……誰かの役にたてるような、たいそうな人間にならなくても良い。もっと、お兄ちゃんとピザを一緒に食べていたいから。私やっぱり、生きていく。」

 その言葉を聞くと、兄も静かに微笑んだ。

 「なんだかよくわからんが、陽菜がそう言うのならそうなのだろう。俺もエネルギーにはならない。陽菜が幸せに生きてくれるのなら、それが一番だ。」

 二人が互いに笑い合った時だった。


 陽菜の後ろにⅣ(よん)が即座に瞬間移動した。ばっと陽菜の体に手を回すと、首元に鏡の破片を突きつける。

 「陽菜?!」

 一瞬の出来ごと彼が戸惑っていると、Ⅳ(よん)がはあ…と深い溜息を吐いた。

 「……これだから嫌い。兄弟とか、家族とか。勝手な思い違いを解消して、いつの間にかエネルギー化を誰も望まなくなってしまう。悪いけど、人生そんな簡単でも無いの。みんながみんな幸せな世界なんて、犠牲の上に成り立つものよ。」

 陽菜が離してと叫ぶが、Ⅳ(よん)は渇いた笑い声をあげた。一層ぎゅっと体を掴み、首元に突きつけていた鏡を変化させる。注射器のようなものをぷすりと首に刺した。一瞬の出来ごとで、兄がやめろと掴みかかった瞬間、二人の姿は消えてしまった。

 「どこだ。どこにいった陽菜!」

 青ざめた顔で周囲を見回す。彼は即座にピザ屋のバイクにまたがると、路地を抜け、近くの大通りに出た。そして、陽菜を抱えて空中を飛んでいるⅣ(よん)が目についた。バイクで追いかけながら、慌てて叫ぶ。

 「待て!」

 「お兄ちゃん!」

 陽菜が手を伸ばすが、距離は遠い。後方から追いかけて来る兄に気が付いたⅣ(よん)は、面倒ねと溜め息を吐いた。再び瞬間移動で、遠くへ離れたビルの屋上へ移動する。バイクで急いで向かうが、かなり距離が離れている。彼が焦っていると脳裏に、屋上のへりに横たわる陽菜の姿が映った。

 「陽菜…?!」

 その体は既に、ところどころ真っ白になっており、硬くなっている。表面には読めない記号の羅列が浮かんでいた。驚く彼の脳内で、Ⅳ(よん)の凛とした声が聞こえた。

 「見えたみたいね。これが彼女の現状よ。あとものの三十秒で、彼女はエネルギーになる。いさぎよく諦めて。彼女はもう助からない。その距離からじゃ、バイクも間に合わないわ。」

 彼は一瞬頭が真っ白になった。はるか遠くに、小さく笑みをたたえ屋上に立つⅣ(よん)と、苦しそうに屋上に立つ陽菜が見える。身動きが取れない様子だった。あと三十秒。Ⅳ(よん)の言う通り、間に合わないのは嫌でも分かった。彼はピザ屋のバイクを止め、呆然として遠くにいる二人を見つめた。


 Ⅳ(よん)が立ち止まった人間を見ていると、隣から小さな声が聞こえた。

 「いや…おにいちゃん………私やっと……わかったのに……。」

 どんどん弱弱しくなる声。もう体の大半が白色に包まれていた。その様子を見ながら、Ⅳ(よん)は呟く。

 「どうか分かって。私達は託されたのよ、世界の管理を。間引く役目は、不死身の私達の役目。……私たちにしか、出来ないことなの。」

 陽菜の視界はもう既にぼやけ始めてきていた。遠くにピザ屋のバイクがうっすらと見える。その傍に人が一人いるような気がした。

 「おにいちゃん…。」

 動かない手を必死に伸ばした。


 兄は静かに妹の様子を見ていた。

 (俺はまた……間に合わないのか。)

 交通事故の瞬間が脳裏に蘇る。丁度四件目の配達を終えたところだった。道路を走っていたら、下校中の陽菜を見かけた。ここからでは、大声で名前を呼ぶことになってしまう。流石に陽菜も大声で自分の名前を呼ばれるのは、嫌だろう。もう少しバイクで近付き、いざ名前を呼ぼうとした瞬間だった。

 脇の道路からトラックが飛び出してきた。歩道を歩く陽菜に向かって突っ込んでいった。ものすごい音が周囲に響き渡る。あまりに一瞬の出来ごとで、彼はしばらく何が起きたのか分からなかった。が、頭から血を流して地面に横たわる陽菜を見て、目が覚めた。慌てて道端にバイクをとめ、陽菜の元へ行く。

 「陽菜?!陽菜!」

 声をかけると、彼女は目を開いた。

 「おにいちゃん…。」

 痛かったのだろう。涙目でこちらをみたが、すぐに目を閉じ気を失ってしまった。それからすぐに救急車を呼んで、いろんな人が現場に駆けつけてくれて。気が付くと、いつの間にか集中治療室の前で、陽菜の手術を待っていた。後から来た両親に事情を説明し、静かに手術を待った。やっと何が起きているのか実感がわいてきて、両手が震え始めた。

 (俺がもっとはやく…陽菜に声をかけられていたら…。)

 あの歩道に辿りつく前に、遠くからでも名前を呼んでいたら、陽菜は立ち止まってくれたかもしれない。トラックにひかれず、こちらに来てくれたかもしれない。激しい後悔が襲った。

 無事手術は成功したが、彼は自分をずっと責めていた。病室で、陽菜の方をあまり見ることが出来なかった。両親たちが喜ぶ中、陽菜の口から言葉が滑り出る。

 「…その人…誰?」

 しばらく体が固まった。だが、すぐに理解した。

 (当然の報いだ…。陽菜を助けられなかったんだ。そんな俺など、忘れて良い。)

 ぎゅっと拳を握りしめた。

 (次は……もう二度と、こんなことにはしない。必ず、守るんだ。)

 陽菜に覚えてないの?と聞く両親らを無視して、そう心の中で誓った。

 そう確かに誓ったのだ。だが、現状はあまりにも悲惨だった。遠くに苦しんでいる陽菜が見える。事故直後の頭から血を流す陽菜と重なった。

 (前もそうだった。陽菜を目の前にして、俺は何もできなかった。また、繰り返すのか。)

 ぎゅっと唇をかみしめた。


 その頃、地下深くの場所で、Ⅵ(ろく)が座標を特定し終え、一花が忘れたマグナムを困ったように見ていた。

 「確か…彼らの武器は勝手に持ち主のところへ飛んでいく…機能があったはず。持ち主が死んでない限り。武器に備わってる魂達の力で…。壁は透過するんだっけ?」

 その時、ものすごい勢いでマグナムが跳ね上がった。

 「うわっ。」

 Ⅵの顔面すれすれを通り、そのまま天井に向かって直進すると、壁の中に入っていった。Ⅵ(ろく)がしりもちをつきながら、ほっと一息つく。

 「良かった。透過するみたい。」


 武器の保管庫で、Ⅸ(きゅう)はぶつくさ言っていた。

 「……みんなして、僕が悪いみたいに…。大体、事前に教えててくれれば、マグナム持ってアイリのところに行かなかったのに…。」

 その時、何かが視界の端を飛んでいった。

 「?」

 彼は即座に視線を向けたが、特に何も変わった様子はなかった。

 「見間違いかな。あー疲れた。ご飯食べよう。」

 そう言って保管庫から出ていく。

 彼は見逃していた。

 二本のライフルがなくなっていることを。

こんにちは。星くず餅です。

今回で六話目となります。

タイトルは「ありのままで」。記憶を失う前の陽菜も、記憶を失った後の陽菜も、兄はちゃんとわかってくれてました。どちらかにこだわらず、陽菜が生きやすい方でいられるように。

そして兄として、守り切れなかった責任も感じています。うん。かっこいい兄ですね。

ごめんなさい。次回の投稿時間を書き忘れて投稿しちゃいました。

次回は明日の午後三時を予定しています。

ところで…なんか最後、ライフルが消えてる描写ありましたが…?これは一体?…ちなみに作者は射的は割と得意です。とは言っても、お祭りのコルク栓を飛ばす射的ですが…。一発撃って、目標からのずれを見て、「大体横にこれくらいずれるから…ここら辺に向かって撃てば当たるか?」的な感じで撃って当ててましたね。そのせいで一発は必ず犠牲になります。う~ん…もったいない。

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