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5.記憶のない少女と兄

 確かに学校からの帰り道を歩いていたはずだった。気が付くと女子高生の陽菜は、見知らぬ街の中にいた。茶髪のショートヘアを揺らし、周囲を見渡すが、人は一人もいない。困り果てながら、道路を歩いていると、一人の男性が曲がり角から出て来た。相手は陽菜に気が付くと、優しく微笑んだ。

 「君が予定していた子ね。あら、結構可愛いじゃない。」

 「あ、あのっ…。」

 陽菜の身長は160センチに対し、相手は185センチ。その大きさに思わず圧倒される。間違いなく男性だが、顔に化粧をしていた。白いローブを着ているが、ブーツは丸くリボンがついていたりと、どこか可愛らしいものを身に着けている。手にはⅣ(よん)という数字が書かれていた。

 「初めまして、陽菜ちゃん。私はⅣ(よん)って言うの。こんなところで迷子になっちゃって、なんて可哀想なのかしら。」

 凛とした声と、雰囲気が気品を感じさせる。陽菜は少し怯えつつも、恐る恐る聞いた。

 「どうして、私の名前を…?」

 「ここに、迷い込む人間は結構多いの。名前と顔ぐらいは、事前に予測できているわ。さ、一緒に来て。ここにいては危険だわ。」

 陽菜が少し困った顔を浮かべる。だが、他に行く当てもないのでそのままついていった。


 路地の中を歩きながら、Ⅳ(よん)が聞く。

 「……貴方は、元の世界に帰りたい?ここは嫌?」

 陽菜はしばらく黙っていたが、ぽつりと呟いた。

 「帰りたく…ないかも…。私の居場所は無いから…。」

 Ⅳ(よん)があらそうと、意外とでも言いたげな声を出す。彼女は俯いたまま、これまでのことを思い出していた。


 「下校途中に、交通事故にあったらしいよ。そのおかげで、今までの彼女と少し変わっちゃったんだってさ。」

 「えー可哀想。成績も落ちてるって、もしかしてそのせいじゃないの?記憶障害ってやつ?」

 教室でささやかれる何気ない会話。でもそれが心を少しずつ抉っていくには十分だった。

 彼女はつい三か月前、下校途中にトラックと衝突した。気が付くと病院のベットに寝ており、自分を囲むように何人かが立っていた。医者に、看護師、両親……。だが一人だけ、見知らぬ男性がいた。彼は無表情で自分のことを見ていた。

 「良かった、陽菜…!目が覚めたのね…。」

 「怖かっただろう…。よく頑張った…。」

 医者もほっと息を吐く。両親が喜ぶ中、彼女は不思議そうに首を傾げた。

 「…その人…誰?」

 その場の雰囲気が凍り付いたのは、いやでも分かった。


 後から聞いた話では、どうやら陽菜の兄であるらしかった。だが、彼は誰?と言った時も、無表情だった。普段から表情の乏しい人らしい。病院では、前の記憶を思い出すようにいろんなことを試された。折り紙を折ったり、好きなテレビ番組を見たりした。だがどれも、以前の彼女を求めているものだった。

 それからというもの、学校に行っても大変だった。友達なんて全員覚えていなかった。勉強も分からない。今まで取れていた成績は一瞬で落ちた。そしてある日、廊下で女子が会話しているのを聞いてしまった。どちらも一緒にカフェで勉強しようと、誘ってきてくれた女子たちだった。

 「記憶がなくなってしまったらしいわ…。可哀想。でも言っては悪いけど、確かに一緒に勉強なんて以前はしてくれなかったもの…。やっぱりちょっと変わったのかな。前は友達いなかったし…。」

 「でも真里、これで学年一位狙えるんじゃない?いつもあの子が成績一番上にいたからさ、あれだったけど。」

 「いやでも…それとこれとは…。」

 慌てて両手を振る女子。その会話を聞いても、何も憤りも無かった。むしろ少しだけ心が落ち着いたぐらいだった。

 (まあ、そんなもんか。以前の私は頭がよくて、ヘイト買ってたんだ。でもだからって、今の私が必要とされてるわけでも無いんだよね。勉強教えて欲しかったぐらいだもんね……。)

 ばっと踵を返すと、その場から離れた。

 家に帰っても、両親は記憶を取り戻させようとしてくる。あの知らない兄は声をかけてはくれるけど、朝はやく出てってピザ屋のバイトをして、夜遅く帰って来る。いつも無表情で何を考えてるのか分からないが、多分とりあえず事故後だから声をかけてるだけで、以前の自分の方が良いに違いない。そう思うのも理由があった。

 二つ上の兄はもう19になるが、ピザ屋でバイトをしている。彼は聞いたところによると、頭が良くないらしい。それゆえに、お金を稼ぐためバイトをしている。両親も兄も以前の彼女に期待しているに違いなかった。陽菜の成績優秀さがあれば、兄よりも良い職に就き、お金を稼ぐことが出来る。頭の良くない兄の分、自分が立たなければならない。それは嫌でも分かることで、事故後は頑張って勉強した。だがどうにも、分からない問題だらけだった。


 結局どこにいても、求められるのは以前の自分だと、彼女は感じていた。

 

 「帰りたくない貴方にちょっとした提案があるんだけど、どう?」

 Ⅳ(よん)の言葉に、陽菜がはっと顔をあげる。一気に現実に引き戻された気分だった。

 「エネルギー化計画っていうのがあってね、分かりやすく説明すると…まず、貴方はいずれ死ぬのよ。」

 思わぬ言葉に陽菜が驚いていると、Ⅳ(よん)が本当よと言った。

 「十年後に未知のウイルスが蔓延して、その5年後に隕石が落ちて、人類は滅亡する。だがら、どんなに頑張っても、もうすぐ死ぬの。でも貴方一人を他の世界で生きさせるわけにはいかない。他の世界にどんな影響を及ぼすか分かったもんじゃないから。」

 そこで素敵な提案とⅣ(よん)は機嫌よく言った。

 「帰っても死。でも他に行く当てがない。そんな貴方の、残りの寿命と魂をエネルギーにするの。どう?」

 「エネルギー…?」

 彼女が首を傾げると、相手はそうよと頷いた。

 「電池みたいなものになる。エネルギーになれば他の世界に行くことが出来るわ。電池になれば、他の世界にいっても、誰にも迷惑は掛からない。むしろ、動力源として重宝される。人の役に立つことが出来るの。」

 人の…役に…と彼女は呟いた。今の自分は誰の役にも立っていない。それなら…と考えが揺らぐ。心の片隅で思ってはいた。交通事故の時に、そのまま死んでた方が良かったんじゃないかって。嫌な考えだと思って消してたけど…。どうせ十年後に死ぬのなら…。

 「悪くないかも…。」

 陽菜がぽつりと呟くと、Ⅳ(よん)は嬉しそうに手を叩いた。

 「でしょう?だって、元の世界に戻っても、残り十年よ?貴方が他の世界で生きれば、そうね……ウイルスとか無いわけだし、その健康体なら六十年くらいは生きられる。電池になっても寿命は引き継ぐから、長生きできるうえに、人の役に立てる。素晴らしいわよね。」

 陽菜がこくりと頷くと、Ⅳ(よん)は嬉しそうに頷いた。

 「それじゃ、エネルギー化施設の方へ行きましょうか。」


 二人がエネルギー化施設の方へ向かって歩いている時だった。

 突如後方からバイクの音が聞こえた。人は自分たち以外いなかったはず…。疑問に思った陽菜が振り返ると、ピザ屋のバイクが見えた。

 「あれは…。」

 思わずその場で立ち止まる。その様子に気付いたⅣ(よん)も後方を振り返りながら立ち止まる。

 「あら、何。見たことのないバイク。」

 ピザ屋のバイクはどんどん二人に迫ってくると、二人の近くで停止した。ヘルメットと、ピザ屋のバイト服を着た男性がバイクから降りる。陽菜と同じ茶色の短髪で、物静かな様子だった。不愛想な目で後ろの籠へと手を伸ばす。そして、ピザを三箱手に取ると、二人に近づいてきた。

 「お届けです。」

 だが、困惑して立っている二人を見て、男性は声を上げた。

 「…陽菜!」

 「え、何、知り合い?」

 Ⅳ(よん)が困惑気味に陽菜に問いかける。彼女は少し驚きながらも、ぽつりと言った。

 「兄です…。」

 「あら、貴方お兄さんいたの。」

 驚くⅣ(よん)の前で、男性はぽかんと口を開けていた。しばらくしてはっとした様子で言う。

 「なんだ陽菜だったのか。ピザを三箱も頼むなんて、家に届けた方が良かったか?住所が分からず、ものすごい遠回りしてしまった。あ、それともその隣の人と食べるのか?…大食いの方か何かか?…まあ、とはいえど、住所が分からずかなり遠回りをしてしまった。ピザは完全に冷めきってる…。すまん。」

 「私ピザなんて頼んでないけど…。」

 困り顔で言う彼女に、兄が慌てた様子でスマホを見せる。地図上に赤い点が確かにある。だが…。

 「北と南が逆になってるよ?」

 彼女がそう言うと、ああ、どおりで!と兄は声をあげた。

 「今日の配達おかしいと思ったんだ。行く先々で、いぶかし気な顔で受け取られていたからな。しまった、大損失じゃないか。ああ…。仕方ない。もう何回やっても同じだろう。」

 その場で持っていた三箱のうち、一箱をがばっと開ける。何してんの?!と陽菜が言う前で、彼はピザに手をつけて食べ始めた。

 「どうせ大損失だ。三箱追加されたぐらいで変わらん。陽菜も食べるか?ちょっと冷め切ってるところが残念ではあるが、せっかくバイト中に会えたんだ。遠慮せず、食べてくれ。陽菜の隣に立つ人も、良かったらどうぞ。帰ったら処分される品物だ。もったいない。」

 陽菜が戸惑う横で、Ⅳ(よん)があらいいの?と言って、即座に手を出した。二人とも美味しいそうに食べるので、仕方なく陽菜も手を出して食べる。口の中にマルゲリータの味が広がった。

 (変なの…。路上で食べるなんて…。)

 ぼーっと考えていると、そういえばと陽菜は思い出した。

 「私……下校途中で気を失って、気が付いたらここにいたんだけど…。お兄ちゃんは?」

 「バイクに乗っていたら、いつの間にか違う風景になってたな。だが、配達時間もあるし、特に気にしてなかった。」

 きょとんとしながらピザを頬張る兄に、Ⅳ(よん)が言う。

 「貴方、バイクに乗りながら気絶してたんじゃないの?」

 そうか?そうかもしれない…と彼は頷いた。もぐもぐとピザを食べながら、そういえばと思い出したように言った。

 「陽菜、ピザの中でもバジルチーズが好きだよな。俺の分も食べて良いぞ。そこの箱に入ってる。その代わり、マルゲリータは俺が貰う。」

 そう言ってばくばくと食べ始める兄に、陽菜はしばらく固まっていた。その様子に気付いたⅣ(よん)が不思議そうに首を傾げる。陽菜は、しばらくして恐る恐る聞いた。

 「どうして、私が……バジルチーズが好きって…。」

 マルゲリータにがっついてた兄はふと動作を止めると、きょとんとした顔で言った。

 「マルゲリータよりバジルチーズの方が好きだって、言ってたじゃないか。前に、退院祝いで家で食べたときに。」

 「……でも……前はマルゲリータの方が好きだったから…。」

 小さくつぶやく彼女に、彼は不思議そうに言った。

 「別に良いだろう。俺なんか、その日の気分で生きてるぞ。」

 そう言い終えると、ばくばくと食べていたマルゲリータから手を止め、バイクの方へと近寄った。下の方にある小さな鞄からチリソースを取り出してくると、マルゲリータにかけ始めた。驚く二人の前で、彼は得意げに言う。

 「調味料は持ち歩いててな。今日はチリソースな気分だったから、かけてみるぞ。」

 そう言って目の前でどぼどぼとかける。

 「ちょっとそんなにかけたら…。」

 Ⅳ(よん)の忠告も聞かずに、がっついた。そして見事に顔を真っ赤にして、バイクの方へ走っていった。吐く声が響く。その様子を見ていたⅣ(よん)が呆れた声で呟いた。

 「貴方の兄って…変わってるわね。」

こんにちは。星くず餅です。

本日投稿二つ目でございます。

記憶障害の妹、陽菜。目覚めたら兄のことを忘れていて、成績も落ち、両親も友達も前の自分と比べていて…。これは複雑な気持ちになりますね…。いやあ、我ながら重い設定にしてしまいました。

一方で、兄の方は、不愛想と思いきや…なんか最後の方、チリソースをかけて自滅してます。う~ん、

良いキャラしてるぞこの兄。しかも、以前の陽菜も覚えてる上に、今の陽菜のピザの好みもちゃんと覚えています。今まで接する機会が少なかったにも関わらず、ちゃんと陽菜のことを見てくれているのがちらりと垣間見えましたね。さて、この二人…。これからどうするのか。陽菜はエネルギー化を望んでるっぽいけど、兄が来てしまいました。どうなることやら…。

次は、次の土曜日の夜六時らへんを予定しています。

それではよろしくお願いいたします。

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