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1.一人の旗

 世界番号303。各世界の管理を行う世界。

 発達した技術と文明を持ち、あらゆる世界の繁栄を手掛けている。


 地下のとある飲み屋では、がやがやと客が騒ぎ、中身のない話をしていた。そんな客たちと距離を置いたカウンターの端に、一人の女性がいた。薄暗い店内でフードを被り、ひっそりと座っている。身体の大半を覆うローブと、両手で新聞を広げているせいか、顔は見えにくかった。

 「…待ち人かい?」

 お店のマスターが声をかける。彼女が少しだけ顔をあげた。ワイングラスを拭きながら、マスターが言う。

 「声をかけないってのも難しいものさ。そんな隅っこにいては、せっかくの美人がもったいないだろう?」

 トプトプとぷ…。

 赤紫色のワインがグラスに注がれる。その様を見ながら、彼女は寂しそうに微笑んだ。

 「恋人待ちの美人なんて……。他の男からしたら、厄介に違いないわ。」

 「おや、これは失礼。」

 ワインを別の客に出し、彼女にはそっと水を出した。グラスの中でカラカラと氷が揺れる。彼女が飲もうと手を伸ばすと、新聞紙とフードの間から、薄紫色の髪が少しあらわになった。

 「…彼は……いつ来るか分からないの。……それでも待つなんて、変かしら。」

 返事を待たずに水を飲む。涙を飲んでいるようにも見えた。

 「変ではないよ。」

 マスターは寂し気に笑った。

 「ここにいる者達は、そういう者の集まりだ。」

 彼女は静かに微笑み、残っていた水を一気に飲み干した。グラスを机の上に置くと、硬貨を手渡した。

 「ご馳走様、マスター。」

 「ああ、またおいで。」

 しばらくすると、入口の扉が開き、ベルが鳴った。彼女がいなくなった席を見ながら、マスターは悲しそうに微笑んだ。

 「彼女を残して、もう二十年か…。私達は信じているとも…。君の恋人をね。」

 グラスに向かって呟くと、すぐに他の客の接客に回った。


 配管の間をすり抜け、小さな通りへと出た。人通りが多く、フードをした彼女のことなど、誰も気に留めない。空は暗く、オレンジ色の街灯がぼんやりと街を照らしていた。

 少し俯いたまま歩いていると、一つの看板が目に止まった。

 ――命を効率的に使いましょう

   エネルギー化で未来に繁栄を――

 彼女は看板に冷たい視線をおくった。何も言わなかったが、明らかな嫌悪感を抱く。

 看板から目を逸らした時、人ごみの中に一人の男性が見えた。膝まである真っ黒な上着と、白いシャツに黒いネクタイ。くせ毛の金髪で、頬にⅡと番号がある顔。年齢は二十代半ばくらいだろうか。口に煙草をくわえて、堂々と立っている。その特徴的な姿は、もうしばらく見かけていない。

 「……貴方はいつ帰ってくるの?」

 彼女が小さくつぶやくと、彼は黙ったまま不敵に笑った。思わず手を伸ばす。彼の元へ行こうとした時、姿は人混みに紛れて消えてしまった。飛び出しかけた足が止まる。幻だったと分かった。唇をぎゅっと噛み、彼女は再び歩き始めた。


 横道にそれると、小さなエレベーターの前に着いた。中年の男性が札束を数えながら、横目で彼女のことを見る。

 「今日も地上に行くのかい?」

 「ええ。」

 男性は泥だらけの手で近くのレバーを引くと、札束を机の上にぶん投げた。

 「…乗りな。」

 「ありがとう。」

 古びたエレベーターに乗り込むと、すぐにがこんと音が響き、ゆっくりと上昇した。

 しばらくして扉が開くと、彼女の目の前に全く別の風景が現れた。綺麗な道路に、ところどころ植わっている木々。空中に浮かぶいくつものモニター。配管は、どこにも見当たらない。空は真っ暗で、お洒落な街灯が街を明るく照らしている。文明がかなり進んだ世界だが、見る限り人はいない。彼女はそのまま静かに歩き始めた。少し丈の長いブーツがコツコツと音を立てた。


 誰もいない通りを歩いていると、途中の曲がり角から、一人の若い女性が飛び出してきた。

 「…!」

 「ひゃっ!」

 甲高い声をあげ、慌てて立ち止まろうとするが、フードを被った彼女にそのまま衝突した。反動で地面に倒れ込む。衝突にびっくりしながらも、急いで倒れこんだ女性に手を伸ばした。

 「お怪我は…?」

 相手の女性はびっくりしながらも、大丈夫ですと言った。みる限りも怪我はない。そのまま急いで立ち上がると、半ばパニックの状態で、早口でしゃべりだした。

 「すみません、助けてくださいっ。変な場所に連れてかれてっ、変な化け物に襲われて…あのっ、全く知らない場所なんですっ。さっきまで、大学から家に帰る道にいたはずなんです。それなのに、目が覚めたら見知らぬ場所にいて…。」

 優しそうな顔の若い女性だった。前髪が七三分けの、ポニーテール。私服はところどころ汚れていて、呼吸は乱れていた。時折周囲を見渡しては、眉尻を下げた。今にも泣きだしそうな目をしていた。フードを被った彼女が、小さく息を飲む。脳内で、三つ編みの女性が浮かんだ。

 「ここがどこだか分からなくて…。さっきまで墓参りしていたはずなんです。」

 必死な声。今にも泣きそうな様子。目の前の女性と重なった。フードを被った彼女は、優しく微笑んだ。

 「落ち着いて。大丈夫。……とりあえず、ここにいては危険だわ。そこの路地に隠れましょう。」

 若い女性の腕を掴むと、近くの路地に入った。道幅が少し狭く、高層ビルと高層ビルの間の路地だが、道の脇には花壇がある。可愛らしい花が幾つか咲いていた。花壇のへりに女性と一緒に座り、掴んでいた腕を離す。不安げな顔の女性に、自己紹介をした。

 「私はアイリーン・ベネットって言うの。二十六歳。アイリって呼んで欲しいわ。貴方の名前は?」

 「……森川 一花 (もりかわ いちか)です。ここは、一体どこなんでしょうか。」

 フードで一度顔が見えないようにすると、すぐに彼女は答えた。

 「…貴方にとって、異世界よ。しばらくは元の世界に帰れないと思うわ。」

 「そんな…!家族は…。ママとパパは…。」

 思わぬ言葉に、遂に一花の目からポロポロと涙が零れ落ちた。アイリは黙ったまま、ローブの中に手を入れると、中からハンカチを取り出した。レースに花の刺繍がされている小さなハンカチ。泣き出す彼女に手渡した。相手はハンカチで涙を拭うも、静かに泣き続けた。当たり前だろう。今までの日常が消えてしまうのだから。しばらく黙っていたが、アイリはゆっくりと話し始めた。

 「……いつか、必ず帰れるわ。私達が、貴方を元の世界に返す。出来るだけ早く。」

 周囲は二人以外誰もいないせいか、静かだった。隣からすすり泣く声を聞きながら、アイリはそっと空を見上げた。真っ暗な空には、星の一つも見えない。

 「貴方、まだ運が良かった。もし、衝突したのが私でない他の人間だったら、きっと今頃はエネルギーにされていたわ。」

 「……エネルギー?」

 ハンカチを持ちながら、首をかしげる一花に、彼女は説明した。

 「帰れない理由は簡単なの。ここでは、誘い込んだ人間をエネルギーすることが行われているわ。人では理解できないほどの技術がこの世界にはある。エネルギーになってしまったら、もう人間には戻れない。」

 最後の言葉に、一花はごくりと唾を飲み込んだ。涙は少し落ち着いたが、顔が青ざめている。

 「大丈夫よ。私たちが、貴方を守るわ。元々、私達はそういう存在だったのだから…。」

 アイリが優し気に微笑んだ。訳が分からず、一花が首を傾げた時だった。


 突如、二人がいる通路に、大きな影がさした。

 即座にアイリが花壇から立ち上がった。一花を守るように立ちつつ、肩から下げた鞄に手をかける。美しい曲線を描いた、真っ白な化け物が大通りの方から何体も浮遊してきた。表面は無機質なもので出来ているように見え、相当固いように思える。が、よく見ると、角度によって表面に青白い記号の羅列が見えた。目は各個体にバラバラの位置と数でついており、二人を囲むように位置した。

 「逃亡者、発見。”夜明けの烏”の生き残り、発見。両方とも確保する。指示を。」

 化け物から機械的な音声が放たれると共に、アイリの首に鋭利な先端が突きつけられた。

 「まさか、生きていたとはね。アイリーン・ベネット。」

 思わぬ言葉にびくりと体が震えた。少し低めの男性の声。彼女がゆっくりと視線を後ろへ向けると、一花がナイフを持ち、アイリの首に突きつけていた。

お久しぶりです。星くず餅です。

前作「ショーウインドウとお姫様」はちょっぴりロマンスのファンタジーでしたが、今回はなんと、バトルファンタジーです。展開的には王道少年漫画的な感じでしょうが。グロい表現は無いと思います。

前作の最終話では悪役令嬢ものを考えていましたが、数話作成したところ、悪とは何かという深い疑問まで出来てしまい、進行が滞りました。そのため、かねてより考えていた物語である、こちらを先に投稿させていただきました。また、悪役令嬢ものは前作の「ショーウインドウとお姫様」の話にも雰囲気が似てしまったので、投稿作品の雰囲気を変えるということも含め、こちらを先に投稿させていただきます。

さて、アイリーン・ベネットという女性。どうやら何か事情がある様子。それに一花という女性は一体…。アイリーン・ベネットに対する最後の言葉、まさか生きていたとは…とは?声が違うのも気になりますね。謎は深まるばかり。物語はまだ始まったばかりですが、急に大ピンチなところで次回ですね。

多忙につき、投稿日は今のところ後書きにて報告しようと考えています。ですが、なんと、今回は二話目も本日投稿します。ぜひ、読んでいただけると幸いです。

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