#5 美少女改め、追い剥ぎ少女
前回のあらすじ! (CV:無深月 小夜凛)
やっとの思いで美少女に転生できた私。しかし!夢見た生活は何処へやら、待っていたのは、友達はおろか、まともに話せる相手すら、おばちゃん以外いない現状!
この状況を打開するべく、画策する私だったが、女神様に任された任務を思い出し——違った、満を持して遂行する事になり、大きな壁にまたもや衝突!
さあ、この窮地を私は一体どうやって切り抜けるのか!?
頑張れ私!応援しろ俗衆!今日も私は激可愛い!
(何ですか?これ)
(知らないのか?子供向けアニメとかで番組終わりに次回予告をする、美少女キャラの鉄板演出だ)
(勘弁してください……念話で主のそこそこ本気の萌声聞かされる私の身にもなってくださいよ。フルネス様がお聞きになったら、恥ずかしさで現界にダイブしますよ)
(すごいのか?それ)
「無みゅっ、こほん……。無深月 小夜凛!」
都内でもそこそこ広い体育館に、校長の間抜けな呼びかけが響く。それを受けて体育館内の張り詰めた空気が少しばかり緩む。
「はい」
名前を呼ばれたむみゅ月 小夜凛こと私、無深月 小夜凛は粛然とした足取りで体育館前方のステージに上がる。
今日は卒業式であった。
桜が咲き始めるにはまだ早い時期で、黒の厚手のワンピースも暑いとは感じないような、そんな肌寒さだった。
そう、何の進展もなく季節は巡り、気づいたら一年が経っていた。
精神年齢アラフォー美少女に正常に働くジャネーの法則の効果なのか、はたまた単に印象深い出来事が少なかっただけなのか、時間の流れは一瞬に感じられた。
卒業証書を渡されても、感動や寂しさの涙は流れぬばかりか、眠気と退屈さでこみ上げるあくびを噛み殺し、瞼に涙をためるだけ。
別れの言葉を大声で送るときも、学校行事を振り返るときも、こみ上げる懐旧の情はなく、こみ上げるのはあくびと空腹感のみ。うーん、これはジャネーの法則のせいじゃねぇな。
ほんと、何だったんだろうな、この六年間は。
「——なぁ、無深月さん、目に涙浮かべてるぜ」
「ほんとだ。よっぽど充実した六年間だったんだろうなぁ……」
そうささやく声は在校生の歌にかき消された。
退屈な時間もようやく過ぎ去り、卒業式が終わった。そして、たった今六年間の小学校生活も終わってしまったのだ。
周りの子達は、卒業式に我が子の晴れ舞台を見ようと出席した父や母やらと写真を撮っている。
一方、私の両親はというと、福岡で二人して会社の重役を担っているため、家には基本的に帰って来ることはなく、なんなら今日も大事な会議とかで卒業式に出席することはできなかったのだ。
まぁ、自分が愛されているのはひしひしと伝わって来るし、今日来れないのを悔やみ、電話で「あのハゲ頭野郎」だの「利益に脳が溶かされた老害」だのと、株主への愚痴を永遠に垂れ流していた様子から察するに、私のことを大切に考えてくれているというのが分かる(それ以外にも何か強い怒りを感じたけれど)。
二人は株主総会をすっぽかして来ようかと言っていたが、株主総会をボイコットするのは流石にマズいのと、前世は一応社会人として働いていて社会の大変さを知っていたこともあり、その提案は丁重に断らせてもらった。
話がズレた気がするが、つまるところ、私は今一人なのだ。
周りの親子達から憐れみの目を向けられる前にさっさと退散するとしよう。
私はあまり人目につかぬよう、早歩きで学校を後にした。
カラスがしきりに鳴き始め、辺りも暗くなり始めた頃、私はまだ帰宅途中で、両手でいちご大福が入ったビニール袋を抱えて走っていた。
(小夜凛様、もう5時半ですよ?いったい何時間あそこにいたんですか。間に合わなかったら小夜凛様のせいですからね!)
(仕方ないだろ!あそこは私のオアシスなんだよ!)
帰宅途中、和菓子屋 我楽に寄って、ちょっと話をして、少しお茶をもらって、ややくつろいでいただけなのに、気づいたら二時間経っていた。
(これにはジャネーの法則が——)
(関係ないですよ。いつまで擦る気ですか?無駄口叩いてないでもっと走ってください)
(ちょっとボケただけなのに……)
何故こんなにもノインが急かしてくるのかというと、ノインの見たいというテレビ番組がもうすぐ始まるかららしいのだ。
君、この世界に馴染み過ぎじゃない……?
(もう、だから昨日のうちに録画しておこうって言ったんですよ!)
(誰が、5分しかない『世界の道特集』なんか録画するんだよ!)
しかも録画するのは私。微塵も興味ないのに。
見るときも、ノインは私の目を通して世界を見ているので、私も一緒に見なくてはいけない。
しかし、見ないと拗ねる、酷いときはずっと喚く。それがしばらく続くので、耳を塞いでも念話を防ぐことができない私の身としては、何としても間に合わせなければならない。
だが、時間は止まることを知らず、騒音で頭が破壊されるまでのタイムリミットは刻一刻と迫ってきている。
仕方ない——
(あと一個しかストックないけど、使っていいよな!?)
(ぜひ使ってください!補充するのは小夜凛様なので)
(そうだった……)
許可が出るや否や、人目を避けるため近くの狭い路地に入る。
時間帯も相まって路地は真っ暗で、人の気配はおろか、猫一匹すらいない。
「誰にも見られてないよな……?それじゃあ——」
その瞬間、自分がさっき入って来た方とは反対の方から乱れた呼吸音とともに一人の男がやって来た。
暗くて良く見えないが、体格と息づかい的に男だと瞬時に判断した。
辺りも暗くなってきたこの時間に、息を荒げて路地に入ってくる男が一人。
なんて怪しいヤツ!大半の方はそう思うだろうが私は違う。
元社会人で、裏路地近道終電ダッシュが日常だった私から言わせれば、こんなのは日常茶飯事。
終電が近い頃には、小さい路地でもホームパーティーできるくらいの人数、大勢がたむろしてたんだ。この時間だって、一人や二人そういう奴がいても不思議じゃ——
(小夜凛様っ!そいつは”刻印入り”です!)
「——へ?」
わ、忘れてた……この世界はそういうのがあるんだった……
慌てている私を男はしっかりと視認し——
「チッ……先回りされてやがったか……。どけガキ!痛い目見ることになるぞ!」
そう叫びながら、どこからともなくナイフを取り出し、こちらに走って向かってきた。
(ウワァァァァこっちに来るぅぅ!?)
(小夜凛様、冷静に!)
内心慌てふためく私の3メートル位まであっという間に迫ってきた男は、こちらに向かってナイフを投擲してきた。
——瞬間、無慈悲にも、相対する少女の眉間にナイフが的中することを男は確信した。
「悪いな——」
しかし、男の確信を裏切ってナイフは少女の背後にすり抜け、落下した。
「なっ!?」
確実に当たると思っていた男は、虚を突かれつつも、しかし止まることなく、次の攻撃に移ろうとしていた。
新たにナイフを取り出そうとしたとき、突然眼の前の少女が消えた。
「どこへ——」
——そう言い終える前に、鈍い音とともに強い衝撃が男の後頭部に伝わり、全く予期していなかった男は、その場に倒れ、気絶した。
「ふぅ……な、何とかなったぁ」
男が起き上がらないのを金属バットでつついて確認し、一息つく。
(やりましたね、小夜凛様!イメージトレーニングした甲斐がありましたね!)
(ふふん、そうだろう?魔法少女みたいだっただろう?)
(あぁ、それはどうでしょう……金属バットだったので……)
ああ、よかった。金属バットの場所が咄嗟に思い出せて。ただ、それと引き換えに大福が玄関の傘立てに行ってしまった……
(まぁいいさ、それより今はドロップアイテムの確認だ。いくら私が可愛いからって、いたいけな少女に襲いかかったら、世間は黙っててくれないさ。だからこれは示談金ね)
(うわぁ……)
私は男のズボンのポケットや、コートの内ポケットに手を突っ込んで中身を探る。
「ん?何だこれ」
コートの内ポケットを探っていると、何か硬い石のようなものが入っていた。
取り出してみると、それは、だいたい大人の拳分くらいの大きさの見たことのない宝石のようなものだった。
赤紫色に綺麗に輝くその宝石は、なんだかずっと見ていられてしまうような美しさだった。
(こ、これ、”真核”ですよ!何でこんなものをこんな人が……)
こら、失礼だろ。きっと綺麗なものに目が無い人なんだよ、私を襲ってきたわけだし……
(そんなにすごいのか?これ。ダイヤくらい?)
(ダイヤなんて目じゃないですよ。真核は濃密な魔力の塊です。粒でも、千年に一つできるかできないか位の価値ですよ!それがこのサイズ……とんでもないですね)
(ふーん、私と同じくらいか……)
(自惚れないでください)
(ホントだって!女神様に聞いてみろよ!)
とりあえず、この宝石、真核の価値がわかったのでこれはいただくことにする。あとは特に目ぼしいものはなかったので、これくらいで勘弁してやろうと思う。感謝しろよ。
傷がつかないように、一応ハンカチにくるんでスカートのポケットにしまった。
(あ、忘れてました!小夜凛様、早く帰らないと!あと5分で始まりますよ!)
(あ、そうだった。も〜忘れてたならいいじゃん)
良くありません!と怒るノインを宥めながら周りを見回し、誰にも見られていないことを再度確認する。
——そういえば、こいつは誰に追われてたんだ?
真核を取られてもなお、未だに目を覚ますことのない間抜けな男を見て、ふとそんな疑問がよぎった。
帰り際に、そういえばと、ノインが男が投げたナイフも持って帰るように言った。
そうして全ての用が済んだ私は、最後にもう一度周りを確認すると、次の瞬間に路地から姿を消した。
それと同時に、小夜凛が先程まで居た場所に、ゲームセンターで簡単に取れるような赤い石がまるで入れ替わったように突如として現れた。
そして、路地はまた静寂に戻った。
小夜凛が路地から去ったわずか1分後、突如として、二つの人影が、ものすごい速さで路地に現れた。
二つの影は路地で男が倒れているのを確認するや否や、男の安否も確認せず、辺りを見回し始めた。
「真核がありません!」
「ああ、こいつがここで倒れてるってことは、真核を巡ってここで争いがあったんだ。そして、こいつを一撃で気絶させて、真核を持ち去った……相当の手練れだ」
声とシルエットからして男と女のようだった。
「その後の真核の行方はわかりますか?」
そう聞かれた方の影——ガタイの良い男は、首を横に振った。
「いや、魔力の残穢がここで完全に途切れている。近くに真核ほどの魔力の塊も存在しない」
そんな——と、もう一つの影の正体である、声質的に若そうな少女は驚愕した様子を見せる。
「そんなことってあるんですか?梶鷺さんの魔力感知ですら機能しないなんて……」
「ああ、お前さんの能力と似たような刻印を持ってるのかもしれねぇ。もしくは、真核を上回るほどの魔力総量、または魔力濃度を持っているか……だ。いずれにしろ、マズい事になったな……」
男の深刻そうな様子を受けて、少女は俯く。
「お前さんのせいってわけじゃない。むしろ、お前さんに頼ってばかりで油断していた上層部の問題だ」
「——ありがとうございます。でも、これは私の問題です。早急に取り戻さないと……」
少女も、より深刻そうな様子で事態を受け止めていた。
男はその様子を小さい溜息を吐きながら見ていた。
「フゥ……とりあえず、今はこのいつまでも伸びてる間抜けな盗っ人を本部に連れて帰るとしよう」
「分かりました……担ぎましょうか?」
「いや、そんなご褒美、こいつにはもったいないだろ」
「ご褒美?」
男は、冷たいコンクリートの地面に倒れ伏している間抜けな盗っ人を軽々と担ぎ上げた。
そして、目にも止まらぬ速さでもと来た道を二人して戻っていった。
次回から新章突入です!
やっとこさストーリーの本筋に入れます。