#3 クラスで1番の女の子
目覚まし時計のけたたましい音で目が覚める。
レースのカーテンを開け、顔を洗い、お母さんが用意してくれた、といっても簡単なチーズトーストだが、それを素早く食べ終え、身支度をし、学校に向かう。
毎日、似たような生活を繰り返しているが、学校は退屈ではなく、むしろ、僕にとっては楽しみですらある。
僕の小学校には、とても可愛い女の子がいる。
テレビで見る子役の女の子と同じくらい可愛い。それだけではない、優しくて、元気で、足も速い。
クラスメイトは皆、その子が好きだった。
その子の名前は、明星 明里、僕の隣の席に座っている。
教室に入ると、その子は既に席に座っていて、男女問わず多くのクラスメイトに囲まれていた。
「おはよう、明里ちゃん」
「あ、おはよう、ケンタくん!」
明里ちゃんは、僕みたいな人気者じゃないやつにも分け隔てなく接してくれる。そりゃあ、みんな好きになるわけだ。
「ねぇねぇ、もしよかったら、今日の放課後、学校の近くの公園で遊ばない?」
僕は、勇気を出して明里ちゃんを遊びに誘ってみた。
「近くの公園?私は——」
「ほら、朝の会始めるぞー。皆静かにして席につけー」
タイミング悪く先生が教室に入ってきて、結局、返事は聞けなかった。もう一度尋ねようにも、話の切り出し方が分からず、聞くに聞けなかった。
そうして、悶々としながら一日を過ごし、気づけば放課後になっていた。
僕は、先生に呼び出されて職員室に向かっていた。
「まったく、何で昼休みとかじゃなくて、放課後に呼び出すんだよ……」
僕は呟くように先生の愚痴をこぼしながら廊下を歩いていた。
「あれ、どこに行くの?」
聞き馴染んだその声を聞いて、僕は顔を上げた。すると、そこにはやっぱり明里ちゃんが居た。
「えーっと、職員室に……先生に呼ばれて……」
僕が先生に呼ばれたのは、宿題を出し忘れたからで、明里ちゃんにかっこ悪い所を知られないように、呼び出された理由を誤魔化しながら、手に持っていたプリントを後ろに隠した。
すると、明里ちゃんはガッカリしたように、顔を下に向けた。
「そっかぁ……じゃあ、今日は遊べないのかぁ」
「え?」
「朝、公園で遊ぼうって、言ってくれたじゃん」
「え、一緒に遊んでくれるの?てっきり、うやむやになったものだと……」
「何言ってるの、ケンタくんとの約束をうやむやにするわけないじゃん!」
僕は人生で一番、この瞬間が嬉しかった。
明里ちゃんが僕との約束を覚えていてくれたこと、そして、それを楽しみにしていてくれたことを知ったから。
「分かった!すぐに用を済ませてくるから、ちょっとだけ待ってて!すぐ戻るから!」
僕は、急いで階段を駆け上がり、職員室で先生にプリントを謝りながら渡し、全速力で、来た道を戻った。
先生から、廊下は走るなと言われているが、それも忘れて急いで戻った。
もうすぐ下駄箱だ、そう思ったところで曲がり角から出て来た誰かに、勢いよくぶつかってしまった。
ぶつかってしまった子は背の低い女の子で、二人とも転んでしまったが、体格差もあり、特に女の子の方がふっ飛ばされてしまった。
「ご、ごめんね。怪我とかしてない?」
この衝突には、僕の方に大きな非があるので、大きな怪我でもしていないかと、心配になり、手を差し伸べる。
すると、女の子は落ち着いた様子で立ち上がり、僕を見た。
「ああ、うん大丈夫。私も話に夢中になってて、少し前方に不注意になってたから」
話に夢中?一人で歩いてたのに?そんな疑問が湧いてきたが、顔を上げたその子を見て、全てどうでも良くなってしまった。
その子は今まで見たことのないような、とてつもなく可愛い女の子だった。
毎日隣で見ている明里ちゃんですら霞むほどで、僕には絵本からそのまま飛び出してきた、お姫様のようにも思えた。
「大丈夫?少年。ボーッとして」
あっ!そうだ!明里ちゃんとの約束!
「ほんとにごめんね。僕、ケンタ。怪我とかしてたら、また明日来て!5年2組に居るから。あ、そうだ、君の名前は?」
胸の名札を見るが、難しい漢字がいくつかあって、読めない。
「私?私は小夜凛、5年1組だから隣のクラスだね」
同じ学年だったのか。こんなに可愛い子、クラス、いや、学年でも人気者だと思うのに、そんな名前聞いたことないや。
「それより大丈夫?何か急でたんじゃない?」
まずい!またしても明里ちゃんとの約束を忘れてしまっていた。
「ごめん!それじゃあ行くね。バイバイ!小夜凛ちゃん」
僕は、手を振って、その場を後にした。
「なぁ、ノイン」
(なんですか、小夜凛様)
「ああいう奴が、将来モテモテのモテ男になるんだよ」
(そうですね。まぁ、今の小夜凛様には、何ら関係のない話でしょうが)
——私の名前は、無深月 小夜凛。
この世界に転生した、世界で1番の美少女だ。
明里ちゃんと無自覚系モテ男のケンタくんは、この後の話に一切関係なく、再度出演もありません。