#2 悪夢は寝て忘れろ
何やら声が聞こえてくる。
目を見開くが視界はぼやけ、辺りを見回そうとも首は思うように動かない。
どうしたものかと、ある程度機能する耳を頼りに、今の状況を確認する。
「よく頑張ったよ!君のおかげでほら、こうして無事に僕らの子供が生まれたんだ!」
ん?
「ほら奥さん!元気な男の子ですよ!」
元気な男の子?奥さん?もしかして、今出産直後か!?
こうしちゃいられん、複数人に確認される前に、魔刻印とやらであれを消さなくては!
使い方は知らんけど、とにかくそれっぽいことを念じるしかない!
(魔力開放! 刻印よ発現しろ! 刻印のことかァァ!)
だめだ……術の発動どころか、黒歴史まで量産してる気がする。
「はい、気を付けて持ってくださいね。そうそう、頭は特にしっかり支えてください」
まずい、目撃者が増える!他に何かないか!?
そうだ!魔刻印の名前!確か〜え〜っと……あれだ!
(反転だ!反転しろ、性別!)
その瞬間、身体全体に何かが流れるような感じがした。
「また男の子か、名前は何に——って、女の子じゃない、この子」
「え?そんなはずは——」
「本当だ、着いてない」
「え!?でも、さっき見たときは……」
「きっと疲れてて見間違えたんですよ!本当にありがとうございました」
「確かに言われてみれば……。——帰ってゆっくり寝ます」
三人の会話を聞いていた俺は安堵の息をつく。
(ふぅ……なんとか成功した。これで今日から美少女だぜ!)
何十年もぶつかったこの障壁を、今この瞬間、乗り越えることができたのだ!これが嬉しくないわけがない!
俺はかつてないほどの有頂天になっていた。
(晴れて美少女になることができたわけだけど、これからどうしよっかな〜。いや〜それにしても天才すぎるな我ながら!反転って能力を見つけた瞬間に、性別を男から女に反転する、なんてこと思いついちゃうんだもんな〜)
(あの〜)
(そりゃあ美少年が女の子になったら、美少女になるはずだよな〜)
(あの〜主様?)
ん?誰か俺——いや私に話しかけてるやつがいるな。この世界の両親か?変わった名前だな”あるじ”なんて。
(主様!私、女神フルネス様のご指示で主様の任務のお手伝いすることになった、サポート天使のNo.9です!聞こえていたら応答してください!)
うえっ、何だ?この脳内で反響しているような感覚は。不快ではないけど馴れないな。
それに女神様とか任務とか言ってたな。何だかに私関係してそうだが、応答の仕方がわからん。
私は何となく、心の中で声の主に話しかけてみた。
(あ、あ〜。マイクテス、マイクテス。これ聞こえてる?)
んぎっ!?という、どこか間抜けな感じのする返事かどうかよく分からない言語が返ってきたが、反応はあったので、応答の仕方はこれで合ってるみたい。
(やっと応答してくれましたね……。こちらに一方的に話しかけて、私の話は無視するなんて酷いですよ)
今気づいたんだが、この声かなりの美声だ。アナウンサーみたいに透き通ってて、聞き取りやすい。
しかし、話の中で気になることを言ってたような……
(無視?先に話しかけてきたのはそっちだろ?そもそも、一方的にって……さっき初めて喋ったんだけど?)
(え?それでは、終始訳のわからないことを叫んでいたのは、主様ではないのですか?)
(訳のわからないこと?)
(今日から美少女だ!とか、美少年は美少女だ!とか)
(へ、へー……。訳のわからないことね……)
——え、まさか心の中で叫んだこと全部こいつに筒抜けなのか!?今後迂闊に叫べないな、心の中で。
(え、えーっと、そいつは他に何か言ってた?)
(他に?あの到底理解できない言語を、ですか?)
(到底理解できない言語……)
(他には……魔力開放!とか、反転!とか言ってましたかね)
ちくしょう全部聞いてやがる!
これが今回の人生で一番最初の黒歴史か……いや、まだ私だとバレていないなら黒歴史にはなり得ない!
(主様ではないのなら誰が……まさか、何者かに私達の念話を傍受されている!?)
(あ、私です。その、魔力開放とか訳のわからない事を叫んでいたのは)
(あ、そうですか。失礼しました)
早くも私の理想の美少女像にヒビが入った気がする。
(うん、ところでさ、君誰?)
(え?フルネス様からお聞きになっていないんですか?というか、私を誰とも知らずに話していたんですか?よくこんな怪しい存在と話しましたね)
(だってきれいな声だったから……。それに女神様って言ってたし)
しかし今考えれば、元社会人としては少し迂闊だったかもしれん。まぁ興奮状態だったしなぁ。
(はぁ、分かりました。それでは私の方から説明させていただきます。改めまして、私は、この度女神フルネス様の命により馳せ参じました、サポート天使No.9です。主様の任務遂行のサポートをさせていただきます。どうぞ宜しくお願いします)
さっきの少しぬけてる感じとは打って変わって、ハキハキした様子で説明するNo.9さん。
こうして話しているのを聞くと、敏腕な秘書みたいに思えてきた。でも多分ポンコツ。
(ねぇねぇ、もしかしてこの関係って長く続く感じ?交替制だったりする?)
(いえ、主様が任務を終えられるか、命を終えられるか、どちらかの時が来るまで私の役目が終わることわございません)
(じゃあ長い付き合いになるな。任務がいつ終わるかは分かんないけど、早死にするつもりはない)
前世はかなり短かったが、今回はそうはいかない。やっと夢が叶ったんだし。
む、少し眠くなってきたな。生まれたばかりだし、脳も少し使いすぎたな。
(よし、手短に話すぞ。まずはお前の名前、サポート天使なんちゃらって毎回呼ぶのは面倒くさいし、そうだな……。——ノイン。お前は今日からノインだ。いいな?)
(分かりました。ちなみに、主様はそのままの呼び名でよろしいですか?)
(いや、私は今世での名前が決まったらそれで呼んでくれ。以上。寝る。あ、待った)
(なんですか?)
長い付き合いになるんだ。下手したら今世の家族よりも。だからこそ、こいつとの関係は大事にしないとな。
(私はこの世界については何も知らないから、結構お世話になると思う。だから、よろしく)
(主様……。私も精一杯、主様の力に尽くします!ですので、これからは二人で頑張っていきましょう!)
(あ、寝るからもう話しかけないで)
(私の誠意を返してください)
その後も、ノインはやいのやいのとうるさかったが、やはり赤子の眠気は凄まじく、すぐに眠りについた。
明日からは何しようかなぁ、とか今後の生活に期待を膨らませる。
ここ数年、夢なんて見ることはなかったのに、美少女になるという夢が叶って心に余裕が生まれたのか、久しぶりに夢を見た。
内容は、朝、目が覚めたらサーカスのゴリラになっていたというものすごい悪夢で、すぐに目が覚めた。
うん、夢ガチャに失敗しただけだ。
一応、手を動かして自分の顔を触り、ゴリラではないことを確かめてからもう一度寝た。
今度は夢は見なかった。