第62話 セレブレティ―な新生活
三軒茶屋駅近くの江戸前寿司で、軽く酒を飲んだ俺はゆっくり駅前を通り過ぎる。明日からゴールデンウィークに入る為、町はかなりの賑わいを見せていた。今年の一月までは今の暮らしを全く想像していなかった。確か去年の年末はギリギリまでラーメンをすすり、終電に飛び乗っていたように思う。
自家用車のある駐車場に向かっていくと、俺に気が付いた運転手がロールス・ロイス・ファントムの扉を開けてくれた。
「待たせたね」
「いえ」
俺が後部座席に乗り込み、紳士風の運転手がドアを閉めて運転席に周った。今は電車に乗る事も無くなり、思いっきり酒を飲んでも誰にも迷惑がかからない。ロールス・ロイスは世田谷方面に向かって走り、細い路地に入り込んで世田谷線の松陰神社駅前に停まる。そして俺は運転手に声をかけた。
「明日は朝からだよ」
「承知しております」
ロールスロイスはそのまま、近くの運転手が住むマンションへと向かった。時間はまだ午後七時を回っていないため人が多い。商店街を歩く人ごみに身を任せつつ、俺は自宅方面へと歩いた。そして俺はとある店の前で足を止める。
「間に合った」
そのまま入り口を潜ると、三人ほどのお客さんが買い回りをしていた。俺は邪魔にならないように店の角に周る。品ぞろえが良く評判がいい古着屋さんで、若者に人気があり繁盛していた。店内にホタルの光の音楽が鳴り始める。
俺がレジの方に行くと、店員さんが俺に気づいてくれた。
「あ! 蓮太郎さん! お帰りなさい」
「今日も、お店は繁盛していたみたいですね!」
「おかげさまで。蓮太郎さんも仕事の帰りですか?」
「はい。これからアパートに」
「そうですか! 夕飯はお済ですか?」
小腹が空いたのでちょっと寿司をつまんだが、俺は首を振った。
「これからです!」
「じゃあ、閉店なので一緒にご飯でもどうですか?」
「いいですね。美咲さんは何か食べたいものは?」
「何でもいいですよ。蓮太郎さんはなにか?」
「明日からゴールデンウィークですし、気分がいいのでごちそうしますよ!」
「いえ! そんな!」
「いいからいいから。臨時収入が入ったんです」
すると美咲さんはコクリと頷いて言う。
「じゃあ、今日は甘えていいですか?」
「もちろん。美咲さんは明日からお店が忙しいし、サッと食事して帰りましょう」
「気を使っていただいてすみません」
そしてお客さんがいなくなった店を美咲さんが閉める。俺は店を出て路地裏に入って行き、ある店に美咲さんを連れて行く事にした。その店を見た美咲さんが遠慮して言った。
「蓮太郎さん! ここ! お高いですよ!」
「問題ないですよ」
「ウナギなんてそんな! ここってなかなか予約とれないですよね? 入れるんですか?」
「大丈夫です。明日からの美咲さんの店の商売繁盛を祈って!」
そして俺が暖簾をくぐり、出て来た女将さんに言う。
「二人ですけど、いいですか?」
すると女将さんがニッコリ笑って言う。
「お待ちしておりました。ささ、どうぞ」
席に座った俺はすぐに女将にオーダーした。
「うな重の松を二つと白焼きを二つ、うざくを二つとプレミアムモルツ、ウーロン茶も二つ下さい」
美咲さんに言うと遠慮されそうだったので、俺は勝手にうまそうな料理を頼んでいく。メニューを見ていた美咲さんが目を丸くして言った。
「蓮太郎さん! 無理しないでください! お高いですよ!」
「いやいや。さっきも言いましたけど、臨時収入がはいったんです」
「でも」
「いいからいいから」
そして二人で最高級のウナギを堪能し、軽くビールを飲みながら美咲さんのお店の事について話す。俺の事も聞かれたが、普通に会社で頑張っている事を伝える。
そして俺は言った。
「美咲さんのお店で困っている事とかありませんか?」
「うーん。そうですね、少し忙しくなってアルバイトを探さないとです」
「それは良い事だ。じゃあ僕の知り合いにも声がけしておきますよ」
「ありがとうございます! 助かります!」
美味しいご飯を食べ終わった二人は、料金を支払って店を出た。美咲さんはお店の二階に自分の部屋があるので、俺達はすぐそこの交差点で別れる事になる。すると美咲さんが言う。
「少しでしたけど、あのアパートに住んでたのが懐かしいです」
「ええ、僕は今も住んでますよ」
「はい! こうしてお近づきになれたのも、あの事があったからですね」
あの事とはお店が火事になった事だ。
「ですね」
「今日は本当にご馳走様でした。お返しはまた次の機会に」
「いえいえ。また御馳走させてください」
「だめですよ。今度は私が」
そう言ってぺこりと頭を下げた美咲さんは、店の方へと歩いて行った。俺は左の路地に入り込み自分のアパートに向かっていく。アパートについてそのまま階段を上がり、自分の部屋の鍵を開けて入る。
殺風景な一人暮らしの部屋だ。
「ふう」
安いボロアパートだが凄く落ち着く。隣の外国人も騒がしく歌っていて良い。
ベッドに座ってタブレットを手に取り、ぱちりと電源をつけてユーチューブを開いた。俺が登録しているチャンネルが更新されているようだ。
「更新してる。頑張ってるな」
ユーチューブのチャンネル名は『エマリリス』二人組の美少女コンビで、開設からひと月であっという間にバズり五カ月で登録者五百万人の大物新人だ。恐ろしいほど再生されており、もちろん俺もファンの一人だ。
最新の動画の再生ボタンを押した瞬間、ピンポンピンポーン! と玄関のチャイムが鳴る。すぐに玄関に行ってドアを開いた。そこには二人の美少女が立っていた。
「おかえりなさい」
「おつかれさまー!」
玄関の前に立つ二人こそが、チャンネル『エマリリス』の二人。リリスとエマだった。何故か元の世界に帰らずにSNSのスターになっていた。インスタグラムとXとユーチューブとティックトックの登録者を合わせると、二千五百万人にもなるモンスターの二人だ。
「ただいま」
二人が手に買い物袋を提げている。どうやら今日は俺と家飲みをする予定らしい。明日から予定があると言うのに元気な二人だ。俺にリリスが言った。
「レンタロウ、明日から楽しみね」
「いろんな場所に行こうな!」
「うれしい!」
俺達はゴールデンウィークを利用して、旅行の計画を立てていたのだった。リリスとエマの二人が俺の部屋に上がり込み、俺達はチューハイの蓋を開けて乾杯するのだった。




