第61話 叙々苑にて
屋上で気絶した流星を確保した後、ドラゴンが出現した爆心地から距離を取るため歌舞伎町を出る。途中で何度か警官に止められるが、ドラグロス改め稲田警視だと分かると相手が敬礼をして通してくれた。何かを聞かれても、市民の避難を手伝っているというと問題は無かった。
話をする必要があったので、新宿駅東口の焼き肉店叙々苑の個室に入る。おかしな面子だと店員が思っているようだが、今はそんな事にかまってはいられない。
叙々苑の個室にいるのは
サラリーマン
金髪ホスト
紫髪のネクロマンサー
鎧の女騎士
服がボロボロの警視
奇想天外すぎるおもしろグループだ。気を失った流星は酔いつぶれた事にしているが、それを見たエマが言った。
「ウチ、ポーション持ってるよ」
するとリリスが流星に振りかけるように言う。エマがリリスにポーションを振りかけると流星が目を覚ました。
「あれ…ここは…」
俺が流星を見て言う。
「叙々苑」
「あ、兄さん…てか…。…………稲田あああ!」
流星がズサササと後ずさった。
「あー、大丈夫。もう言う事聞くから」
「へ? 警視が言う事を聞く?」
「そうそう」
すると稲田は苦笑いをしながら流星に言う。
「いやー、君には迷惑をかけたようだね。でもほら、怪我は治ったようだし。それやったの私じゃないけどね」
「怪我? 俺は怪我してたんすか?」
まあ、俺が怪力で突き飛ばしたからね。ごめんね。
「もう治ってるから」
俺達は何故こうなったかを確認する事にした。まずは騎士エマが何故ここに居るかだ。
「ウチはねダンジョンに潜ってたんよ。それでダンジョンボスを討ち取ったので、それをアイテムボックスに入れてたら引っ張られてね。それでここに」
「エマ。また一人でダンジョンに潜ったの?」
「いいじゃない」
次にドラグロスに向かってリリスが言う。
「さあ正直に答えなさい」
「かしこまりました」
ドラグロスが話したのは次の通りだ。リリスとエマのタッグチームに討伐されかけ、存在が消える寸前の魂となり、リリスのアイテムボックスに飛び込んだんだそうだ。それでこちらの世界に来て、歌舞伎町に居た稲田の魂を乗っ取って入り込み、その時同じアイテムボックスが足元に転がっていて拾ったが、そのままぼったくりバーに行って無くしたらしい。
「稲田の記憶は?」
「あります。だけど本人はもういません。まあ融合してしまったと言ったらいいでしょう」
稲田さん。可哀想に。
しかし不正を働く警官だったらしく、乗り移った後はそれに輪をかけて悪いことをエスカレートさせていったようだ。
可哀想じゃなかった。自業自得だ。
既に今のドラグロスはリリスに隷属させられ、眷属のようになってしまった。更に恐ろしいのは、稲田には幽霊のキムラとキリヤとミナヨが憑りついている。この三体の幽霊にガチガチに呪われて、どうやら意思の自由が利かないようだ。
そして俺がリリスに言う。
「リリス。これで帰れるね」
「そうね…」
何故かリリスの歯切れが悪い。せっかく帰れるようになったのだから、もっとハッピーになっても良いと思うんだけど。
すると突如、横からエマが叫んだ。
「なにこれ! 美味いんだけど! うっそみたい! これ肉?」
それを見たドラグロスが苦笑いして言う。
「特上カルビですね。払いは私がしますので、どうぞどうぞ! いくらでも食べてください」
「悪いね」
エマがガツガツ食い始める。どこからどう見ても異世界物の騎士のコスプレをしている女の子だ。結構露出があるので、目のやり場に困ってしまう。だが、よく見ればエマもキリリと目の吊り上がった美人さんだった。
「レンタロウは私が居て迷惑だった?」
リリスに聞かれ首を振る。
「全然! 楽しかったよ、人生でこんなことがあるなんて思わなかった」
「良かった…それでね…」
リリスが何かを言おうとした時、エマが屈託のない笑みを浮かべて言う。
「リリスゥ! しばらくこっちに居ようよ! こーんな美味いものがあるなんて素敵すぎる!」
リリスは笑顔を浮かべて答えた。
「いいよ。エマの気が済むまで」
「うん」
そして俺はリリスに聞いた。
「二人はどういう関係なの?」
「幼馴染。そして一緒に冒険してた仲間で、友達と言った方がいいかな?」
「リリス―! 友達よ! マブダチ!」
「うんうん」
どうやら二人は少しの間こっちにいる事にしたらしい。そして俺は流星に聞いた。
「流星はどうする? 黒幕は捕まえたし、もう命を狙う者もいなくなったよ」
「そうっすね。もう田舎に帰るのやめます! つまんねーっすもん!」
「それでいいと思うよ」
「はい!」
どうやら丸く収まったらしい。ドラグロスもリリスの眷属になってしまった今、絶対服従の状態になったらしく、もう悪さはしないとの事だ。
過激な正月だったが、恐らくこれで俺は普通の暮らしに戻るのだろう。そう思うと少しさびしさを覚える。微笑むリリスを見た時、俺の心の奥がトクン…となった。
もし、もし…リリスが良ければずっと居ても良いんだよ。
そんなわがままが頭をよぎるが、俺はその言葉を飲み込んで生ビールとグビリとやった。さっきまで命を懸けて戦っていたとは思えない平和さだ。店員が微妙な表情で、特上タン塩を俺の前に置いて行くのだった。




