第60話 歌舞伎町でヴァンパイアと戦う
そのバケモノはイナダに似ても似つかない、ミイラと鬼の中間のような恐ろしい顔になっていた。皮膚の上に血管が浮き出ており、口が前にせり出して牙がむき出しになっている。赤かった瞳は金色に輝いており、白い部分が黒く変わっていた。
それを見たリリスが呟く。
「あれがドラグロス・ブラッドクロウの正体よ」
ホラー映画そのものだ。テンプレも良い所だが、やっぱりバケモノと言ったらこうだ。さすがに特撮じゃない本物のバケモノを見て、俺は震えあがってしまった。そのバケモノは歩道にあった街灯を、無造作に根っこから抜き取り、それをリリスに向けて槍投げでもするように投擲して来た。
ビュッと音をさせて迫る街灯からリリスを守るために横から飛び込むが、肩にぶつかって爆散するようにはじけた。
「ガッ!」
俺はそのまま柱と一緒に、建物の中に突っ込んでしまう。
「リリス!」
だが俺はリリスの事しか考えていなかった。すぐに瓦礫をどかして動くも、柱に打ち据えられた方の腕が動かない。急いで外に出ると、立ちはだかるゾンビを蹴散らしながらドラグロスがリリスに迫っている。
脱兎のごとく駆け寄るが、ドラグロスの手がリリスにかかる方が早かった。だがリリスの体から半透明の腕が出て来て、ドラグロスの手を掴んで止めた。しかしドラグロスは反対側の手で手刀を作り、リリスめがけて刺しこむ。咄嗟にリリスが避けて飛びながら俺に声をかけて来た。
「レンタロウ! 大丈夫?」
俺は抉られた肩をみるが、いつの間にか肩が完全に再生していた。服が破れてむき出しになっているが、怪我は見当たらない。
すると少し聞き取り辛い声で、ドラグロスが笑いながら言う。
「げっげっげっげっ! アイテムボックスはいただいたあ!」
「あ!」
ドラグロスの手にアイテムボックスと呼ばれたバッグがぶら下がっていた。リリスが慌ててそれを奪い返そうとするが、ドラグロスは後方に飛びのく。そしてリリスが叫んだ。
「返しなさい!」
「バカめえ。自分で再生も出来ぬアイテムボックスを持ってどうするつもりだったあ?」
そう言ってドラグロスはアイテムボックスに何らかの魔法を発動させている。
「逃げられる!」
「ふはははあ! これを復活させてお前とはおさらばだあ!」
リリスは唇を噛んで、ギッとドラグロスを睨みつけた。確かにリリスではアイテムボックスをひらけないと言っていた。その時、ドラグロスの周りに居るゾンビが起き上がりおさえつける。一瞬動きを止めた奴にリリスが駆け寄ってバッグを奪い返そうとした。だがドラグロスは腕の一振りでリリスを吹き飛ばし、リリスは壁に激突して血を吐く。
「ガッ!」
「リリス!」
俺が駆け寄ると、リリスが俺に言う。
「辛うじて死霊の手で防いだわ。だけど足をやったみたい」
リリスの足から血が流れている。そして俺が言った。
「取り返す。リリスが帰れなくなる!」
リリスの目が赤く光り、次から次へと集まって来るゾンビにドラグロスが手間取っていた。ひっきりなしにゾンビがやってきて、まるで津波のようになりつつある。ドラグロスが一気に埋もれてしまったので、俺も慌ててそのゾンビの波に飛び込んだ。
どこだ? どこにいる?
ゾンビの波を泳ぐようにかき分けてドラグロスに向けて潜ったその時、一瞬バッグと腕が垣間見えた。
掴んだ!
やっとの事で掴んだ腕を思いっきり引っ張った次の瞬間。まるで大爆発が起きたかのように、俺はゾンビもろとも吹き飛ばされてしまったのだった。
「うお!」
物凄い勢いで飛ばされ、近くの焼き肉屋のショウウインドウを突き破ってまた突っ込んでしまう。
「くそ!」
俺が慌てて外に出ようとするが、入り口が何かでふさがっていて外に出れない。
「なんだこれ?」
入り口は物凄く硬くて若干生臭いもので覆われていた。そこからは出れそうにないので、俺は店内の左手のヒビが入ったガラスに頭から突っ込んだ。ガラスを突破して入口の道路を見る。
「えっ?」
道路にもいっぱいいっぱいに何かが横たわっていた。
り、リリス!
俺は慌てて、数メートルの高さのあるそれを飛び越えて反対側に行く。
「リリスー! リリスー!!」
「こっちよ」
俺が反対側の道路を行くと、そこにリリスが立っていた。
「大丈夫かい?」
「足の出血は縛って止めた。と言うか…これはいったい」
俺とリリスは呆然として道を塞ぐ何かを見つめる。すると突然リリスが俺の手を取って、道の反対側に走り雑居ビルに飛び込んだ。
「屋上に!」
そう言われた俺はリリスをお姫様抱っこし、階段を駆け上がっていく。俺にこんな力とスピードがあったかと思うほど、あっという間に屋上に登った。そしてそこから見下ろした風景に俺達は驚愕した。
「なんだよこれ…」
するとリリスが呟く。
「ドラゴンだわ」
「ドラゴン? 龍?」
「そう」
なんと歌舞伎町の道路にドラゴンが横たわり、両サイドのビルを半壊させている。だがドラゴンは死んでいるのかピクリとも動かない。いきなりの特撮怪獣の出現に俺は唖然としてしまう。
土ぼこりが収まって来ると、俺の視界に動く者が見えた。
「なんか動いてる」
「ドラグロス?」
「違うみたいだ…えっと…女の子?」
「えっ?」
その人はドラゴンの上に登り、きょろきょろと周りを見渡していた。長い髪を後ろに一本に結び、まるで騎士のような恰好をした女の子だった。
それを見たリリスが、目を真ん丸にして叫んだ。
「えっ、えっ! えええっ! エマ!」
すると騎士の女の子がこちらを見上げて手を振った。そして少し身をたわめて、数十メートルあるこの屋上にジャンプして来る!
「リリス! 居なくなったから心配してた!」
「どうして! ここに!」
「リリスのアイテムボックスが開いたから、討伐したドラゴンを入れたの。そしたら引っ張られて」
「あんた、相変わらず…」
「へへへへ…で、この人は?」
「レンタロウ。お世話になっている人」
「これはこれは、リリスがお世話になっております」
「あ、あの。こちらこそ」
そんな挨拶をしていると、ドラゴンの腕がズズズと動き出した。それを見たリリスが叫ぶ。
「ドラゴンの腕が!」
振り向いたエマがそれを見て言う。
「ドラグロスじゃん。なんでアイツがここに?」
「エマ! アイツを捕まえて!」
「りょーかーい」
シュバッ! とエマが一瞬でドラグロスのもとに飛び去り、ドラグロスのもう片方の羽を斬り落とした。ドラグロスはエマに手を上げて命乞いをしているようだ。俺達も急いでビルを出て駆けつける。
「リリスー。コイツどうしようか?」
だがドラグロスが正座をして慌てている。
「まて! まってください! 消滅させないで!」
するとリリスがドラグロスに言う。
「隷属の腕輪の外し方を教えなさい」
「わかった!」
ドラグロスに言われてリリスが、指で俺の腕に何かの文字を書いた。すると俺の腕からやっと隷属の腕輪が外れたのだった。
リリスがそれを持ってドラグロスに言う。
「腕を出しなさい」
「えっと…それは‥」
「エマ」
ドラグロスの首に剣が突きつけられる。
「わかりましたあ!」
ドラグロスは言われるままに右腕を差し出し、隷属の腕輪をつけられる。シュッと縮まって腕にぴったりと張り付いた。
「ドラグロス。もう一度アイテムボックスを開いて」
「かしこまりました」
次の瞬間リリスがアイテムボックスを開くと、ドラゴンの姿が瞬時に消えてしまった。そしてドラグロスの姿が次第に人間に戻り、いつの間にかイナダ警視の姿になる。
「全ての人の魅了を解いて」
「はい」
イナダが何かを捉える。
「解きました」
「よし」
するとエマがリリスに言う。
「まさかアイテムボックスからここに繋がるなんてね」
「うん。私もびっくりした」
どこからともなくサイレンが聞こえて来た。どうやらこの一角が爆発したので、警察や消防が駆けつけて来たらしい。
「リリス。とにかく場所を変えよう」
「わかったわ」
俺達は急いでその場を立ち去るのだった。




