第56話 逃走する被疑者
火災煙が漂う歌舞伎町の路地で、流星がしゃがみ込みブツブツ言っている。それは人外の存在を見てしまったからであり、あまりにもの光景に頭を抱えてしまったのだ。あんなに燃えたゾンビを大量に見たら、誰だって気がおかしくなる。見かねた幽霊のキムラが流星に気を使っているが、流星には幽霊が見えないのでその声は届かない。
俺の声なら聞こえると思い、流星にフォローの声をかけた。
「さっきの人達、燃えてたね」
「えっ、は? 燃えてたね? なんですか? それ!?」
しまった。確かにここで発する言葉としては違ったかもしれない。実は俺も、さっきの燃えたゾンビの光景が衝撃的過ぎてショックを受けていたのだ。反社ゾンビとは違い、明らかに死体に見えるような人も居てグロかったし。
「そうだね。燃えてたね、は、おかしいよね?」
「兄さんなんでそんなに冷静なんっすか! 確実に死んでたでしょ! あれ!」
「たぶん」
「なんで姉さんは、燃えている人に命令が出来るんっすか?」
流石に、流星も納得がいかないようだ。今までは何とか誤魔化せていたが、流石にさっきのを見てしまっては誤魔化しがきかない。
「流星。落ち着いて聞いてくれ」
「なんです?」
「あれは…」
俺がゆっくり説明をしようとした時だった。リリスが俺に言った。
「警察関係者が集まっている場所があるわ!」
どうやらゾンビとの視界の共有で、先の風景を見ているらしい。すると幽霊のキムラが言う。
「対策本部かなんかを立ち上げたんだろ。こんな大規模な火災じゃ、警察も消防も騒動員だろうし」
「いきましょう」
俺が流星へゾンビの説明をする前に、リリスが動き出したので俺は流星を引っ張って立たせる。
「まずは行こう。これを収めないともっと人が死ぬ!」
「わ、わかったっす」
リリスが路地を進んでいくと、路地の向こう側にパトランプがクルクルと回っているのが見えた。大通りに出ると、パトカーや消防車がずらりと並んでいる。リリスが迷わず進んでいくと、警官が近づいて来て俺達に言った。
「危険だ! 一般市民は避難を! こっちに来ちゃダメだよ!」
とりあえず揉めれば捕まってしまうので、俺はリリスの腕を掴んで止めた。
「危ないから」
「でも」
「いったん引き返そう」
そして俺達はその場を離れる。だがその時リリスの目が光り輝いた。すると火災現場から次々と燃えた人達が這い出て来る。それを見た消防隊員や警官が大声で叫んだ。
「怪我人だ!」
「避難してきた人らを保護するんだ!」
「もっと救急車の増援を呼べ! 凄いやけどをしている!」
その場が騒然となり、俺達を止めた警官も燃えるゾンビに向かって走って行った。その隙に俺達は、黄色い規制テープを越えて警官や消防の集団の中に紛れる。
すると幽霊のキムラが言う。
「たぶんこっちだ!」
キムラに連れられて行った場所には警官がたくさんいた。俺達三人と幽霊三人は、きょろきょろと当たりを見渡す。そんな中で今度は警察官や救急隊が野次馬の方に向かって、大きな声で叫び始める。
「医療関係者いませんか!」
「怪我人が大量にでています! 医療関係者がいらっしゃいましたら名乗り出てください!」
黄色テープの外から数人の一般人が入り込んで来た事で、俺達がウロウロしていても、おかしいとは思われなくなった。
その時幽霊のミナヨが言う。
「ねえ! あれじゃない?」
そう言われて俺達が見た先に、白髪交じりの警官が車の横で無線機に何かを話していた。だがこの緊急事態だと言うのに、その口角がにやりと上がっているように見える。横顔なのでハッキリわからないが、どう考えてもおかしい。
その時、他の警官がそいつに話しかけ顔がこちらに向いた。
「稲田だ」
キムラが言う。
何の変哲もない初老の警察官だが、明らかにあの動画で見たあの男だった。
「どうする? リリス」
「やめさせないと」
そしてリリスの目が赤く変わると、救急隊や警官を掻い潜って、燃えるゾンビ達がイナダに向かっていくのだった。周りが突如騒然としてきたので、イナダと警官はそちらを向いて驚愕の表情を浮かべる。
「こら! 止まれ!」
周りの警官達もそれを制止しようとするが、ゾンビ達は止まらずに一目散にイナダに向かっていく。ゾンビがどんどん増えて、警官や救急隊が引き戻そうとするが力で抗えなくなってきた。
とうとう先頭のゾンビが、イナダと警官のもとにたどり着いて飛びかかる。だがイナダは目の前の警官を突き飛ばして、燃えるゾンビにぶつけた。もつれながら転ぶゾンビと警官を尻目に、パトカーに乗り込んでドアを閉めようとする。だがその隙間に燃えたゾンビが体をねじ込ませた。
イナダはそれを足で蹴飛ばして、なんとかパトカーから離す。
バタン! とドアを閉めてパトカーを急発進させ、少し前に止まっているパトカーにぶつけながらも野次馬の方に突撃していく。慌てた市民が咄嗟に飛びのいた先にもパトカーがあり、イナダの運転するパトカーはそれに激突した。煙を噴き出すパトカーからイナダが飛び出し、走るように現場から離れて行ったのだった。
すると幽霊のキリヤが叫ぶ。
「アイツ! この状況をほっぽりだして逃げたぞ!」
そしてキムラが答える。
「追おう!」
俺達は人の群れに消えたイナダを追いかけるのだった。




