第54話 アンダーカバー
歌舞伎町は更に燃えて火の手が次々に伸びている。あたりにはモウモウと黒煙が立ち上り、逃げ遅れた人々が一人二人と火の海から出て来た。ある者は火傷をしており、ある者は怪我人に肩を貸して出て来る。俺達は一度そこから離れ、刑事の幽霊キムラに話を聞く事にした。
まず、キムラがミナヨとキリヤに頭を下げる。
「俺のせいで殺されちまったなあ。すまん!」
それにキリヤが首を振る。
「これ以上、仲間が犠牲になるのは勘弁だったしよ。仕方ないさ」
「お前達は、仕事を辞めて結婚するつもりだったんだろう?」
するとミナヨが残念そうな顔をしながら言う。
「キリヤの事が好きだから。やるって言ったら聞かないしね、私も協力しなくちゃって思ったし」
そこでリリスが話を止めて尋ねる。
「ちょっといいかしら? キムラはそれまで何をしていたの?」
「連続殺人犯がいるのは分かっていたんだが、そいつを突き止めるために伍堂会に潜入捜査していたんだ。ヤクザのふりして潜入してたって事だ」
「あなたが潜入捜査官だったのか…」
「どうしてだ?」
「実は俺らが潜入捜査官と間違われたんです」
「誰にだ?」
「イシワタです」
「石渡か。そうか、あそこまでたどり着いたのか…」
「どういうことです?」
「最初に俺は、純粋に殺人犯を追っていた。だが警察がどれだけ捜査を尽くしても捕まらない、だから俺がアンダーカバーとして伍堂会に潜らされたんだ」
映画かなにかで聞いた事がある。アンダーカバーとか言う警官の事。潜入捜査で身分などを偽って潜入し、事件の核心に迫るってやつだ。
「それでどうなったんですか?」
「拳銃での殺人なんてすぐに捕まるはずだが、一向に捕まえる事が出来なかった。だがそれは犯人が巧妙に逃げ隠れしていたのではなかったんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。どうやらそいつの後ろには、同じ警察組織が絡んでいたんだよ」
知ってる。幽霊のサジマから俺達や流星が教えてもらった事だ。実際に俺はイシワタって言う警官に殺されかけている。
「そしてどうなりました?」
「まさかだったよ。俺は伍堂会が上手く火消ししているのかと思っていたからな、だがなんと警察の上層部に黒幕が居たんだよ。馬鹿みたいな話だろう?」
「酷い話ですね…」
「警察幹部が潜入先に俺の事を垂れ込めば、俺なんか一発で殺されるに決まっている」
それはそうだろう。警察を信じて自分の身分を偽って、ヤクザ組織に潜り込んだって言うのに、その警察自体に裏切者がいたら死にに行くのに等しい。結局キムラは謀られて殺されたと言う訳だ。
そして俺がキムラに言う。
「イナダイゾウ警視という人ですよね?」
「なんだ。知っているのか?」
「ええ」
「君らは何もんなんだ?」
何もん? ネクロマンサーとサラリーマンだけど? と言いたいところだが、どうせ相手は幽霊だし適当に誤魔化す。
「人助けしてたらこうなっただけですよ」
「ふっ、どんな人助けをしたら、黒幕に行きつくんだよ」
「えっと…」
「まあいいさ。そこまで分かっているんなら話が早い。おそらくさっき操られていた消防隊員達は全て奴に操られている」
それを聞いたリリスが聞き返す。
「どういう事? イナダ警視が操ってるの?」
「にわかには信じられないだろうがな。俺も黒幕が奴だとたどり着いた時に、初めてその能力を使うのを見た」
「どんな能力?」
「分からない。ただ睨みつけて何かを言うと、突然言う事を聞きだすんだ。何かを話しかけてるわけでもないが、そいつに稲田が重なるとたちまち言う事を聞く」
「そうなんだ…」
リリスが考え込んでしまう。俺がリリスに尋ねると、リリスが逆に俺に聞いて来た。
「レンタロウ。恐らくは何らかのスキル、もしくは魔法の一種だわ」
「マジ?」
「ええ」
「と言う事は、あの火事を大きくしている消防員もやっぱり操られている?」
「恐らくそうね」
それはまずい。彼らは罪の意識を感じる事もなく、自分達で火事を広げている。
「止めないと!」
「やめさせるには対象を見つけて殺すしかないわ」
「えっ!」
今までの話を組み立てると…、イナダ警視を見つけて俺達の手で殺さないといけないという事だ。でもそんなことしたら、日本中を震撼させるような警察殺しの犯罪人になってしまう。一生刑務所暮らし? もしくは死刑?
そんな事を考えていると、キムラが言った。
「お姉ちゃんの言うとおりだな。既に日本の法律では奴は裁けんだろう」
俺がキムラに言った。
「我々は一般人ですよ。そんな偉い警官殺しなんて出来ませんよ」
「しかし…」
するとリリスがニッコリ笑って言った。
「私達が手を下さなければいいのよね?」
「あっ…」
そうだった。リリスにはゾンビ兵がいた。だが六本木に六人くらいいるだけで、全然足りていないと思う。それでいったいどうするつもりなんだろう?
「六体しかいないよ」
「大丈夫。今夜かなり増やせそうよ」
そう言ってリリスは火の手の上がる歌舞伎町を見つめ、目を赤く染めていくのだった。
そうか…。この火事を引き起こしているイナダを殺すには、火事で死んだ人を復讐の兵隊にすればいいという事だ。悲惨な話ではあるが、罪の無い人達が大量に焼け死にその恨みを晴らす事も出来ないでいる。その手助けをリリスはやろうとしているらしい。
俺はキムラに聞いた。
「イナダはどこにいるだろう?」
「分からん。だがこの事態だ、新宿署のやつらは全員駆り出されているはずだ。家でのんびりできる状況じゃないだろうからな」
それを聞いたリリスが言う。
「レンタロウ。魅了やそれに準じたスキルはね、あまり遠くにいると発動出来ないのよ。だからあそこの消防隊員が操られているという事は、イナダは新宿にいるわ」
「なら探すしかないか」
「そうね」
するとキムラが言った。
「デカでもないのに、なぜそこまでする?」
「困っている人がいたら助けなくちゃいけませんよね?」
「はぁ? あんた馬鹿か?」
「私達にとっては渡りに船。それだけよ」
リリスの言葉に、キムラもキリヤもミナヨもハテナマークを浮かべる。そしてリリスがキムラに言った。
「あなたの復讐を遂げたら、私があなたをもらう」
「何とでもしてくれ。アイツを始末できるなら本望だ」
リリスは契約を成立させて立ち上がり、路地裏を出て歌舞伎町に向かって歩いて行くのだった。俺と流星と幽霊三人組もその後をついて行く。歌舞伎町は燃え上がっており、俺は地獄に向かって歩いているような気分になるのだった。




