第53話 放火犯人達
流星に連れられてキリヤのマンションに来てみたが、火の手は近くまで迫っており煙が蔓延していた。木造の建物が密集している訳でもないのに、あちこちから火の手が上がっているのはおかしい。
だがリリスが流星に言う。
「部屋に連れて行って」
「はい」
マンションに入ってエレベーターのボタンを押すが、緊急停止しているようで動かない。そしてリリスが言う。
「階段で」
俺達はマンションを駆け上がって行き、流星が部屋の前に立って言う。
「ここっす」
俺達がその部屋に入ると、家具も何もなく入居者募集中の状態だった。中に入りリリスが風呂場らしきドアを開ける。俺達が入って行くと風呂桶の中に人がいた。そいつは男で、こげ茶色のウェーブががった髪をしていた。
そしてリリスがそれに声をかける。
「あなたキリヤ?」
「へっ?」
唐突に声をかけられてキリヤが顔を上げた。イケメンではあるが、どうやら目を撃ちぬかれたらしく片目が潰れていた。そしてリリスから目を話し、後ろに立っている幽霊のミナヨを見た。
「ミナヨ?」
するとキリヤを見たミナヨが、物凄く目を見開いて信じられない物を見た顔をしている。
「き、キリヤ…なんで? どうして?」
「ワリい。殺されちまった」
「うそ…キリヤまで?」
「お前が殺されたって聞いて逃げりゃよかった」
「馬鹿…逃げなかったの?」
「ああ」
二人が会話をしているが、リリスが口をはさんだ。
「なんで殺されたの?」
するとキリヤがリリスに言った。
「俺とミナヨはある男に頼まれて、悪さしてる警官の情報を流すように言われたんだ」
「ある男って?」
「伍堂会に潜入捜査で入ってるデカさ」
「名前は?」
「木村さんだよ」
出て来た。ヤクザのヒロキに聞いていた名前がここで繋がって来る。そしてリリスはキリヤに聞いた。
「キムラはどこに?」
「殺されちまった」
それは知ってる。
「どこで殺されたか聞いてるの、案内なさい」
するとキリヤはミナヨを見て言う。
「なんだ? こいつら?」
「なんかね。私達の復讐をしてくれるんだってさ」
「復讐?」
「うん」
「相手は警察だぞ」
「でもしてくれるって」
キリヤは少し考えて言った。
「どうやって?」
「とにかく案内しなさい」
「わかったよ」
そしてキリヤが風呂桶を出て廊下に行く。すると目の前にいる流星を見て言った。
「りゅ、流星じゃないか! 無事だったか!」
だが流星は幽霊が見えないので、ただ俺とリリスを見つめていた。リリスがキリヤに言う。
「彼には見えないわ。彼は普通に生きてるから」
「生きてりゃいいんだよ! それでいい!」
すると流星が何かに気が付いたようで、リリスに聞いた。
「もしかしたら…霧矢さんがここにいる?」
「ええ」
すると流星はあらぬ方向を見て言った。
「霧矢さん! 俺はホスト頑張ったっす! 必死に頑張ったけど、殺されそうになって辞めました。すんません!」
するとキリヤがリリスに言う。
「いいって言ってくれ。生きてただけでも十分だって」
「わかったわ」
そしてリリスが流星に伝える。
「生きててくれてよかったって」
「す、すんません!」
流星は泣いていた。だが今はそんな悠長な事をしている暇はない。いまにも火の手が伸びて来るかもしれないのだ。
「急ごう」
俺が言うと皆が急いで外に出た。まだこのマンションに火の手は伸びていないが、とにかく急いで階段を降りていく。道路に出るとあちこちで消防のサイレンが鳴りっぱなしだった。パトカーのサイレンも入り混じっているようで、かなり緊迫した状況だというのが分かる。
キリヤが言う。
「こっちっす」
そちらは火の手が上がっている方向だった。だが幽霊のキリヤは物ともせずに進んでいく。リリスがそれについて行くので、俺達も仕方なく追いかけた。歌舞伎町はあちこちで火の手が上がっており、人々が逃げ惑っている。どうやらビルに取り残された人もいるようで、かなりの大惨事になっているようだった。
キリヤは路地を進み、行き止まりの路地裏に入って行く。すると奥の壁に背を預けて座っている奴がいた。リリスがそいつに声をかける。
「いた!」
俺達がそいつのもとに行くと、そいつは顔を上げて俺達を見た。口から血が流れており、胸と首を撃たれているのが分かる。
「き、キリヤ!」
「木村さん!」
「その人達は?」
「わかりません。連れてってくれって言われてきました! どうやら俺達が見えているようです!」
「そうなのか?」
「はい」
するとキムラはゆっくりと立ち上がった。リリスと俺を見て言う。
「君らは生きているな。それなのに見えるのか?」
「そうです」
「やっとそういう人が来てくれたか…」
キムラは平手を拳で打ち、嬉々とした表情を浮かべた。この路地にも煙が漂ってきているので、あまり安全だとは言えない。とにかく場所を移す必要があるが、キムラはここから動けるのだろうか?
「いろいろと説明を聞きたいのだけれど」
「わかった。ついてこい」
キムラが先を行き、俺とリリスと流星そして幽霊のミナヨとキリヤが後を追った。どんどんと火の勢いが強い方へと走っていく、身の危険を感じながらも俺達はキムラについて行った。
俺達が走る先には救急車や消防車、そして警察車両が何十台も停まっていた。
すると消防隊員が叫ぶ。
「生存者だ!」
「君達! こっちへ! 早く!」
そのままその横を通り抜けて進んでいくと、キムラが突然止まった。
「よく見てみろ」
キムラに言われ、消火活動をしている方を見て俺達は愕然とした。なんと消防車は水を放出しているのではなく、燃料のような物を噴出させているように見える。
「何してるんだ?」
「操られているのさ」
キムラが言った言葉に、俺は全くピンとこなかった。誰にそんな事が出来るというのだろう? 集団催眠?
するとリリスが驚愕の表情でぽつりと言う。
「まさか…」
「どうしたの?」
「いえ。そんな事があるかしら?」
俺はリリスの前に立って目を見て言う。
「分かりやすく教えてくれ」
「この世界に魔法や能力を使える人は居ないのよね?」
「たぶんいないはず」
「でも、恐らくだけどあれは能力で操られているわ」
「なに?」
「魅了。恐らく魅了されている」
リリスが確信を持って言うが、俺は何を言っているのか全く分からなかった。魅了とはいったい何か? それがどうして消防隊にあんなことをさせているのか? しかし目の前の現実は、リリスが言う超常的な何かなのは間違いない。
必死に消火活動をしながら、火を広げている消防隊を見て俺は全身を震わせた。
「止めなきゃ!」
俺が言うとキムラが言った。
「どうやって? 消火活動の妨害ととられるぞ」
確かに言うとおりだった。俺達はせっせと火事に燃料をくべる消防隊を見ながら、なすすべなく立ち尽くすのだった。




