第50話 霊を家に誘う死霊魔術師
リリスは真っすぐに体育座りの女の元へと行く。体育座りの女は膝に顔をうずめて、しくしくと泣いているようだった。リリスがいるからまだなんとかなっているが、俺一人で遭遇したらホラー中のホラーだ。見なかった事にして逃げ出したい。
「どうしたの?」
リリスが女に言う。するとそのリリスを見た流星が俺に聞いて来た。なにせ流星には女が見えていないのだから仕方がない。
「姉さん何言ってるんです?」
「えっと。彼女、スピ系の要素もあるんだ」
「うっそ! スピ系っすか! 動画とかで見た事あるっすよ! 霊媒師とかってやつですよね?」
「そう。そんでもって、流星には見えないかもしれないけどそこに女が座ってる」
「へっ? うっそ!」
「マジ」
「兄さんにも見えるんですか?」
「ははは。残念ながらバッチリ見えてるよ」
「マジだ…やっぱすげえっす」
流星が一人感動しているが、リリスはそれを無視して女に語り掛けた。エレベーターは閉まろうとして、何度も俺にガコンガコンとぶつかっている。
「泣いているの?」
「しくしく」
うわあ。このまま顔を上げて欲しくない。めっちゃ怖い。
「あなたをやったのはクジョウね?」
「……」
すると体育座りしている女がぴたりと泣き止んだ。リリスが更に聞く。
「そうなんでしょ?」
女はゆっくりと顔を上げるも、髪が顔に絡みついており表情が見えない。影になった部分から眼だけがぎろりと動くのが見えた。
「ひっ!」
俺は思わず軽く悲鳴を上げてしまう。その直後に、女がスルスルと縦に伸びて立ち上がった。
「お前は誰だ?」
「リリス」
「私は美奈代」
「よかった。人違いだったらごめんなさいだったから」
「なんで私が見えるの?」
「私が、そう言う力を持っているから。それよりなんで泣いていたの?」
「悔しいからよ」
「悔しい?」
「なんで私が死ななきゃいけないのよ!」
おっかない。めっちゃ恐ろしい表情でリリスに食って掛かった。だがリリスはどこ吹く風、涼しい顔で聞き返す。
「それを知りたいのよ。それにクジョウは捕まったわ、きっと死刑になる」
「ふーん。アイツ捕まったんだ」
「そう。でもあなたはまだここにいる」
「アイツは兵隊。私はそれを知ってる」
「あなたは誰かを恨んでいるのね?」
「そう。ある奴の秘密を知ったからね。でも、それを人に言ったからって殺す? まあ知られたくなかったんだろうけど、まったく頭にくるわ」
どうやらクジョウ以外の相手を呪っているらしい。めそめそしていたミナヨはキリッとした顔になって来た。どうやら怒りがこみあげて目が吊り上がっている。次の瞬間髪の毛をかき上げた時、俺はまた声を上げてしまった。
「ひっ」
なんとそのおでこには銃痕があり穴が開いているのだ。サジマとユウコが撃たれたのは胸だったが、どうやら美奈代は至近距離からおでこを撃たれたらしい。
「何をしてほしい?」
「クジョウを操っている奴を始末してほしい」
「誰か分かる?」
「稲田伊三っていう警察の人間よ」
繋がった。ここでイナダ警視の名前が出て来た。
「なんでイナダがあなたを殺させたの?」
「私が見たから。あいつが力を使っているところを」
「力? それは何かしら?」
「分からない。だけど稲田は人を操る事が出来るの、その力を使って人を殺したところを見たわ」
「人を操る? どんな感じかしら?」
「分からない。稲田が睨みつけて、そいつの顔の前に手をかざすの。そしたら言う事を聞き始めるのよ」
それを聞いたリリスは考え込むような仕草をした。俺はそばに寄ってミナヨに聞いた。
「突然ごめんね。俺は蓮太郎、それって催眠術みたいなもんかい?」
するとミナヨが俺を見て言った。
「あら! タイプ! 可愛い顔してるわね!」
ええええ! 幽霊にタイプって言われても背筋がゾゾゾとするだけだ。するとリリスがミナヨに釘を刺す。
「もしレンタロウに憑りついたりしたら、願いも聞かずに消滅させるわ」
すると元々死んで青い顔をしていたミナヨが、震えあがるようにして後ろに下がる。
「なによ! 今の怖い力は!」
「レンタロウに何もしなきゃ何もしない。あなたの願いを出来るだけ叶えてあげるわ」
「わ、わかったわよ。あんたの男には手を出さないわ」
「それで? 他に知っている事は?」
するとミナヨが少し優しい顔になって言う。
「霧矢も見た。私の好きピよ」
うわあ…残念ながらそのホストは死んでる。ミナヨは知らないようだが、リリスはその事実を伝えなかった。
「そう…、キリヤも…。キリヤはどこにいるのかしら?」
「霧矢はカヴァリエロのホストよ」
カヴァリエロと言うのは流星が働いていたホストクラブだ。それは俺達も知っている情報なので、それ以上のものが無いと困る。
「どこに住んでいるのかしら?」
するとミナヨは流星を指さして言った。
「その子。霧矢の舎弟でしょ? 聞けばわかるんじゃない?」
そう言えばそうだ。流星も可愛がってもらってるって言ってたし。
「あなたの恨みは分かった。私が何とかしてあげるから一緒に来る?」
「ほんと?」
「ええ」
「なら行くわ」
どうやら二人の契約は終わったらしい。するとリリスが俺を振り向いて言う。
「今日は帰りましょう。私も疲れたわ」
「えっ!」
「どうしたの?」
いや。いまミナヨを連れてくって言ったよね?
「あの、もしかして彼女を俺の家に連れていくの?」
「そうよ」
マジか…だがリリスが言うなら仕方がないのか…?
「わかった」
俺がそう言うと今度は流星に向かってリリスが言う。
「帰るから流星はウチに来なさい」
「えっ?」
「えっ?」
もちろん俺のえっ? と流星のえっ? は違う。だがリリスが続ける。
「あなたの部屋に帰ったら危ないわ。殺される可能性がある」
「分かりました! すんません!」
いやいやいやいや。俺のつつましい貧乏アパートの部屋に、美少女と幽霊とイケメンホストを連れて帰る? そいつはどうだろう? でも確かに流星をあのマンションに帰したら殺されるかもしれない。
それでも俺はリリスに聞く。
「あの、リリス…」
「なにかしら?」
「狭くないかな?」
すると流星とミナヨに振り返ってリリスが聞いた。
「狭いけど良い?」
それを聞いた流星が言う。
「隠れ家っすか? アジトっすよね! そう言うとこって狭いっすよね!」
いやいや。アジトって。ただのワンルームだし。
強制的に決定してしまった。仕方がないので、俺はマンションを出て道端に立ちタクシーを待つ。反社ヤクザ二人は黙ってそこにいるが、リリスが二人に指示を出した。
「その荷物を返しなさい」
ボストンバッグを流星に返す。
「巣に戻りなさい」
すると二人は静かに歩いて行ってしまった。ここからひたすら歩いて六本木に帰るのだろう。しばらくするとタクシーがやって来たので、俺が手を上げ乗り込んだ。そうして俺は不思議なパーティーと共に朝帰りを決め込むのだった。




