第35話 反社ゾンビの影響
地下鉄のホームで待っている時に気が付いたのだが、リリスが目立っているのにも関わらず周りの人達はチラリともこちらを見なかった。それは俺とリリスの両脇に立つ人が原因だ。どう見てもカタギじゃない雰囲気はゾンビになっても抜けておらず、むしろゾンビになった事でその異様さは更に強くなっている。
反社の人間をジロジロ見る人間なんているわけないもんな。
電車が滑り込んできて、開いたドアから俺達四人が乗り込む。反社ゾンビが座席の前にボーっと立っていると、座っている人達数人が立ち上がって電車の奥へと移って行った。
「あら? レンタロウ。席が空いみたいよ」
「そ、そうだね」
俺達二人が空いた席に座る。常軌を逸した反社ヤクザゾンビの表情に、皆は恐れて他の場所に移ってしまったのだ。次の駅に着くと、数人が車両から降りて何人かは隣の車両に移って行った。おかげで俺達の周りはゆったりとしてしまう。
新宿駅に着いてホームに降りる時も、電車待ちの人々がサッと脇に避けた。どう考えても反社ゾンビが異様なのだ。これを連れて歩くのはかなりハードモードな気がしてきた。
俺はスマホで地図を出す。
「こっちだよ」
「ええ」
通りを歌舞伎町方面に向けて歩きだす。駅を右にして歩道を歩いて行くが、前から来た人達はあからさまに俺達を避けた。反社と一緒に歩くとは思ってなかったが、リリスがいざという時の盾になるというので仕方がない。俺はあえて下を向いて目線を逸らした。
アルタ脇の道に入っても、反社ヤクザゾンビは道を譲ってもらえた。そのころには俺の心はノミの心臓並に縮こまっていた。もういたたまれなくて、どこかに消えてなくなりたいとさえ思っていた。
そんな心細い思いをして、ようやく歌舞伎町にたどり着く。午前中なのでそれほどガラの悪そうな人もいないし、本当に反社ヤクザゾンビの護衛なんか必要だったんだろうかと思い始める。
リリスが俺に言った。
「ここからは私でも金髪が住んでるところに行けるわ」
あのマンションか。実は今朝ちょっと調べたのだが、あのマンションはいわくつきのマンションだった。反社が住んでいたり、自殺者が出たり殺人が起きたりしているマンションなのだ。
リリスが言う邪念が渦巻く理由は、恐らくその人達の霊魂が漂っているという事なのだろう。いよいよマンションにたどり着いたリリスは、何のためらいも無くマンションに入り込んでいった。俺と反社ゾンビも黙ってついて行く。
「今日はどこへ?」
「金髪の所よ」
「今日も?」
「今日は回収の日だからよ?」
「置いていった金の回収でもするの?」
「違うわ。クジョウに殺された奴らはサジマとユウコだけじゃないのよ。昨日は時間が無かったけど、残りの奴らも全て回収するわ。無駄には出来ないのよ」
なるほど。クジョウを始末したのだから、他の殺された奴らの魂も回収するという事だった。その人達を知っているかどうか金髪に聞きに来たのだろう。
「てかサジマに聞けばよかったのでは?」
「サジマは知らなかったわ」
「そうなんだ…。で金髪に聞きに来たのか」
「手がかりを持ってないかと思って。ネットで調べたんだけど出てこなかったから」
「まだクジョウ逮捕としかニュースになってないからね。動機とか余罪とかはこれからだと思う」
「そうなのね」
そして十階の金髪の部屋にたどり着いた。リリスは何のためらいもなくその扉を開き、俺と反社ゾンビも一緒に中に入る。だがリリスが言う。
「鍵は開いてたみたいね」
「そうなんだ」
また目を合わせて驚かれるんだろうな…。
そう思いながら部屋のドアを開けるが、そこに金髪はいなかった。リリスは部屋の中をいろいろと物色し始める。
「彼は何処に行ったのかしら?」
「どこに行ったんだろう?」
確かに部屋の中の家具や服などはそのままだったが金髪はどこにもいない。奥の散らかったテーブルの上を見ると名刺が置いてある。
「リリス。名刺の束が置いてある」
「なにそれ?」
俺が一枚とると、全部同じ名刺のようだった。
ホストクラブ カヴァリエロ 流星
なるほど。あの金髪はホストらしい。源氏名は流星。
「彼、ホストだね。仕事に行くには早いと思うけど」
いやあ。昨日感動的に別れたばかりで、俺達がここに居たら微妙な気がする。
「出直そう」
「…そうしたほうがいいかしら?」
「そうしたほうがいいと思う」
「わかったわ」
俺達と反社ゾンビは部屋を出てマンションを出た。とりあえずこの辺で立ちんぼしてもあれなので、俺はリリスを連れてそのマンションの周りをぐるりと回る。するとそこに喫茶店があった。
「うわ、懐かしい感じの喫茶店!」
「懐かしいの?」
「来た事はないけど純喫茶とかって…漫画とかいっぱい置いてあるし。ここに入ってみようよ」
「わかったわ」
マンション前の古ぼけた純喫茶に入ると、おばあちゃんが声をかけて来た。
「好きな所にどうぞ」
「はい」
俺達がテーブルに座り、反社ゾンビも隣りに座らせる。するとおばあちゃんが、おしぼりを持って来てくれた。メニューは喫茶店の定番メニュー、カレーとかナポリタンとかトーストって書いてある。とりあえず俺はおばあちゃんにオーダーをした。
「えっと、アイスコーヒー三つとアイスミルクティー一つ。あとトーストを二つ」
「はいはい」
オーダーすると結構すぐに出て来た。反社ヤクザはどう見てもおかしいが、おばあちゃんは慣れているのか全く気にしていないようだった。そして俺は、気になってた窓ガラスに高く積みあがる漫画本の事を聞く。
「おばさん。この窓ガラスになんでこんなに本を積んでるの」
「そりゃ、お客さんを銃から守るためだよ」
へっ? 銃から…守る為。
「あ、あの。そう言う事もあるんですか?」
「歌舞伎町だからねえ。そんな事も昔はあったねえ。それはその名残だよ」
「わかりました。変な事聞いてすみません」
「その二人…そっちの人だろ?」
「ま、まあそうかも? どうでしょう?」
俺がしらばっくれるとおばあちゃんが言った。
「迷惑だけはかけないでおくれよ。まあこのお店じゃご法度だって知ってるだろ?」
知らない。けど答える。
「は、はい。迷惑はかけないようにします」
「そうしておくれ」
おばあちゃんは引っ込んでいった。もちろん反社ゾンビはアイスコーヒーを飲むことも無く、ただボーっと座っていた。リリスがガムシロップをミルクティーに注いだので、俺は自分のガムシロも渡した。
「いいの?」
「どうぞ」
リリスはもう一つガムシロップを入れた。俺とリリスはストローでアイスコーヒーとアイスミルクティーを飲み始める。でもそうそう長居はできなそうだ。迷惑をかけると思われているから、適当に時間を潰したら出て行こうと思うのだった。




