第34話 護衛ゾンビ調達
乗り換えた新宿行きの京王線はだいぶ空いていた。年末で会社も休みで学校も無いので、通勤電車のような混み方はしない。席に座り黙って車窓から東京の街を見ていると、隣りのリリスが言う。
「レンタロウ。お願いがあるのだけど」
「ん? なに?」
「この前、私達がさらわれたところ覚えてる?」
突然物騒な話題を出して来たので、俺は周りをきょろきょろ見渡してしまう。だが誰も俺達の話に興味を示している人は居なそうだ。リリスの事をちらちら見ている奴らが、聞き耳を立てているかもしれないけど。リリスは六本木の拉致したヤクザの事を言っている。
「えっと、覚えてるけど?」
「歌舞伎町に行く前に、あそこに寄って行きたい」
「いやぁ…なんとなく、あそこに行くのはまずいような気もするけどなあ」
「問題ないわ」
あそこに行って問題ないコトあるだろうか? そもそもヤクザは皆ゾンビになってるんじゃなかろうか?
「えっと、何しに行きたいの?」
「昨日レンタロウが、チャカで撃たれたじゃない?」
「しー! しー! な、何言ってんの? そんな事言っちゃダメ!」
「だってサジマが言ってたし」
俺はまたきょろきょろしてしまう。リリスみたいな美少女が『チャカ』って。拳銃とかピストルって言うならまだしも…。いや! それもダメ。とにかくリリスのような美少女が使う言葉ではない。
流石に二人くらいと目が合った。俺は頭をぐるぐる回して言う。
「撮影の話かなぁ?」
「撮影? ああ、ネット動画ね」
「そうそう! 動画」
「それなんだけど」
すると周りの人らが更にちらちら見始める。恐らく芸能関係と勘違いしているかもしれない。
「えっと、ちょっとあっちに行こうか?」
「わかった」
俺はリリスを連れて隣りの車両へと移った。隣りの車両にも普通に乗客はいて、突然現れた美人に目を奪われている人がちらほらいる。見ている奴らが羨ましそうな不満そうな顔をして俺を睨んでいるように感じる。まあ気のせいだとは思うが。
「あの、あんまり大きな声で言うと聞かれちゃうよ」
「あ、ごめんなさい」
「ちっさい声で」
「うん」
俺とリリスは車両の端に立って、俺の耳にリリスが顔を近づけて話し始める。グッと距離が近くなって、なぜか俺は心臓がバクバクしてしまうのだった。よくよく見ると、いやよくよく見なくてもめちゃくちゃ美少女だ。
「昨日、撃たれたでしょ?」
「ああ。撃たれた」
「ああならないように、身代わりを連れていこうと思って」
「えっと、身代わり?」
「そう。万が一があるから」
と、いいますと。今日も危ない事をするご予定でいらっしゃる?
「あ、危ないコトはしないほうがいいと思う」
「しようとしなくても、あの町は危険な気がするわ」
「それは、裏社会に関与したからであって、普通に遊んだりするならそれほど危険はないかと」
「遊びに行く訳じゃないもの。あの町は私のレベル上げにはとてもいいの。とにかく、なんとしてもレベルをあげて他の魔法を覚えたいのよ。じゃないと私はずっとこのままだわ」
新宿はリリスのレベリングの場らしい。リリスは突然知らない世界に引っ張り込まれて、自力で帰ろうとしているんだ。俺がそれに協力しない訳にはいかない。だが昨日の事を考えると膝が震えて来る。
「お、俺が何とかするから、だから俺達が拉致された場所に行かなくても良くない?」
「レンタロウに何かあってからでは遅いのよ」
リリスの表情は怒ったような、哀願するような顔になっている。
「わ、わかった。とにかく行くだけ行ってみよう」
「うん」
それから五十分後、俺達は六本木に居た。六本木の駅で降り立ったものの、俺はあの時の場所が分からない。あの時はすぐにタクシーに飛び乗ったので、駅からの行き方はわからなかった。
俺はスマホを取り出して地図を表示してみる。自分の場所を確認しどっちに行ったらいいのかを考えるも、住所も覚えていないし無理っぽかった。
「ごめんリリス。覚えてない」
するとリリスは俺を見て言った。
「大丈夫よ。ここまで来れば分かるわ」
「えっ?」
「私が使役してるのよ。その反応くらい把握しているわ」
「うそ? 本当に?」
「こっちよ」
リリスが迷いなく進み始めた。午前の六本木は人もそれほど多くなく、リリスはスイスイと進んでいく。歩きながら俺はリリスに聞いてみる。
「ヤクザの事務所に行ってどうするの?」
「連れ出して護衛させるのよ」
「護衛…もしかしてヤクザに?」
「そうよ」
俺は不安になりながらもリリスを信じて進んでいく。ニ十分ほど歩いて俺にも見覚えのある場所に出た。ここからなら俺もこの前の場所に行けるだろう。
「ここだ」
「そうね」
「中はどうなってるんだろう?」
「いるわ。中でウロウロしているから」
「でもどうするの?」
「特別難しい事はないのよ。そうね、ストックは六体だから二体も居ればいいかしら」
ストックって…。もしかしたらヤクザの事?
リリスの目が赤く光ったと思ったら、ヤクザ事務所の玄関が開いて中からチンピラ二人が出て来た。この前、俺はこいつらにボコられたので委縮してしまう。
リリスが路地裏に行くので俺もついて行くと、後ろから二人のヤクザゾンビもついて来た。路地裏に入り、虚ろな目で俺達の横にヤクザが立つが明らかに目の焦点があっていない。そんな事はお構いなしに、リリスがヤクザに向かって言う。
「今日一日、私達を守りなさい」
「うご」
「おぶ」
一応返事をしたが、まともな返事にはなっていなかった。
「一日の仕事が終わったら、勝手に巣にもどるのよ」
「おご」
「むぐ」
ヤクザがリリスにぺこりと頭を下げる。顔色は悪いが、まだ腐ったりはしていないようで見てくれは普通だ。俺達が歩き始めると普通に後ろを歩いてついて来る。
俺はリリスに言った。
「思いのほか、普通に歩けるもんなんだね?」
「腐ったり破損していないから、普通の人間と同じよ」
とはいえ、ちょっぴり普通じゃない。歩く速度は遅くはないが、目は見開き口は半開きになっている。コミカルと言ったらいいのか…、どことなくおかしさを感じるような動きに俺の恐怖も薄まってきた。
気になってリリスに聞く。
「まって! これを連れて電車に乗るの?」
「マズいのかしら?」
「そりゃまずい!」
「ならタクシーを使う?」
まてよ。タクシーにこいつらを乗せたりしたら、俺達がここに居たことが分かってしまうかも。そうすれば問題が発生した時に、捜査の手が伸びるんじゃかなろうか?
「で、電車で行こう」
「わかった」
俺は一抹の不安を覚えながら、ヤクザゾンビを連れて地下鉄大江戸線の駅に入って行くのだった。




