第32話 ネット動画に映っていた
物凄くハードな日々に俺は身も心も疲れ切っていた。美咲さんからもらった肉じゃがを食べ終わったらウトウトし始め、頭が右に左に揺れ隣りの外国人の歌が子守唄に聞こえてくる。寒い外から、暖かい部屋の中に入って来た心地よさも相まってボーっとしてきた。
初めての占いとリリスの変な金縛りの術、初めての女子との買い物で下着を買い、未成年の子と一緒の時に上司に会って、ヤクザに誘拐監禁されヤクザがゾンビになったのを見て、国会議事堂の火事を野次馬し、歌舞伎町でケツを拳銃で撃たれ、殺人犯の捕り物と幽霊のロマンスを見た後に大量の金を盗んだことを知る。
到底モブの俺が二日間で体験していい話じゃない。もう気を失うかと思った時、リリスから肩を叩かれた。
「ん?」
「お湯をためたよ、外で体を冷やしたから入ると良いわ」
リリス。ヤクザをゾンビにする様なところもあるけれど、実は気遣いが出来る優しい一面もある。とりあえずせっかくお湯をためてくれたんだから、眠いのは我慢して入ろう。
「ありがとう」
俺はユニットバスに行って、適当に服を脱ぎちらかして温かいお湯に浸かった。
「ほっ」
マジでほっとする。撃たれた尻をまさぐるが、何処にも穴は空いていない。あの液体がマジで回復ポーションだった事を知り、リリスの能力も知ったので確実に異世界の存在はあると確信した。
湯気が天井にたまり、ぽちゃんと湯船に落ちて来る。
あー、久々に銭湯いきたいな。本当にいろいろあった…
…………
「レンタロウ。レンタロウ!」
「はっ!」
どうやら俺は湯船で寝ていたようだ。お湯はぬるくなっており、見上げるとリリスが心配そうな顔で俺を覗き込んでいる。
いや…まて、俺はいまフル〇ン。全裸状態だ。
ザブッ! と俺は体の前面を隠すように起き上がる。
「ああ、寝てたみたいだ。ごめん!」
「上がってこないから心配になっちゃって」
「あがるよ」
「わかった」
リリスが浴室から出て行って、俺が浴室のドアを開けると廊下のボードの上に折りたたまれたタオルが置いてあった。どうやらリリスが置いていてくれたらしい。俺はそのバスタオルを取る。するとその下には俺のパンツとTシャツが置かれていた。
俺は心の奥で何か暖かいものを感じる。女の子と付き合った事のない俺は、もちろんこんな事をしてもらった経験など無い。何気ない心配りでも俺は最高に感動していた。服を着て部屋に戻りリリスにお礼を言った。
「ありがとう」
「ううん」
「おかげでぐっすり眠れそうだよ」
「よかったわ」
「お湯を足せば暖かくなるから、リリスも湯船につかると良いよ」
「わかった。じゃあレンタロウは先に寝てても良いから」
やっぱり優しい女の子だ。死霊の手のような物を出して人を操るけど。
ぱちりとテレビをつけてみると、ニュース番組が流れていた。芸能人のスキャンダルや政治家の不正がながれ、次にひき逃げや殺人などのニュースが流れる。その後で俺の目はテレビにくぎ付けになってしまった。俺達がさっきまでいた歌舞伎町が映し出され、あのぼったくりバーの事件が全国放送で流されている。
「うわ」
そして見物人がテレビ局に提供したスマホの動画が流れた時だった。
「映ってる」
一瞬ではあるがリリスと俺が映っていた。もちろん鮮明な画像では無く、少しぶれてはいるが髪の毛の色でリリスだとわかるし隣りにいるのは俺だ。大量の野次馬の中に映っているだけなので、誰も俺だとは気が付かないかもしれないがリリスは目立つ。
俺の鼓動が早くなってくる。俺達があそこにいた証拠がある。俺は急いでパソコンをつけて、インターネット動画のニュースサイトを確認した。するとやはり、ボケてはいるが俺とリリスが瞬間映っていた。横顔なのですぐに気が付く人はいないだろうが、リリスの異質な感じは隠せなかった。
他のどのサイトを見てもやはり映っている。俺はしばらくあちこちのニュースサイトで確認していたが、何処でも同じ映像が流れていた。
カチャリと風呂場のドアが開く音が聞こえた。リリスが風呂から上がったらしい、そしてトレーナーを着て部屋に戻って来る。髪をバスタオルで巻いて、歌舞伎町に居た時の大人っぽいリリスじゃなく年相応に見えた。
「あ、まだ起きてたの?」
「うん。温まった?」
「うん」
「あ、ドライヤー」
「ありがとう」
リリスがドライヤーで髪を乾かし始めると、俺が使っているのと同じシャンプーの香りが漂って来た。その間も俺はパチパチとインターネットで探っているが、いたるところに同じ動画があった。
リリスが髪を乾かし終えたので、俺はリリスに水のペットボトルの蓋を開けて渡す。コクリとリリスが水を飲んで、俺が見ているパソコンの画面をのぞいた。
「あ、さっき居た所!」
「そうなんだ。ニュースになっててさ」
「ニュース?」
「それで俺達が映ってるんだ」
俺はその動画をリリスに見せる。
「本当だ。私達だわ、だけど顔が鮮明じゃないから誰も気が付かないかも」
「そうだね。せいぜい昼間あった金髪男が気が付くくらいかなと思うけど…」
リリスがぼったくりバーの金を持ってきちゃっているので、俺はこのくらいでも心臓をバクバクさせていた。たぶんリリスは事の重大性を理解していないので、あまり驚いた様子はない。まあ変に心配させても行けないので、俺はそれ以上リリスに言わなかった。
「見ていい?」
リリスが言うので、俺はパソコンをリリスに貸す。
「いろんなところに映ってる」
「だれかが取った映像がたまたまテレビ局に行ったんだ」
「そうなんだ。凄い世の中ね」
SNSの凄さにリリスが気づいたようだ。そしてリリスはニュースサイトのいろんなところをクリックし始める。そこには国会議事堂の火事の事もでかでかと載っていてリリスがぽつりと言う。
「早く捕まえないと」
「サラマンダー?」
「そう」
「しばらくは動かないんでしょ?」
「そうだけど、今日、歌舞伎町に行ってみて分かったわ」
「なにが?」
「放っておけば東京は火の海になる」
リリスの口から衝撃の発言が飛び出した。だが邪念を焼き尽くす火の精霊の性質を考えると、確かに歌舞伎町は格好のえさ場となるだろう。そしてリリスが言う。
「レンタロウ明日も早いわ、もう寝ましょう」
「わかった。その前に歯磨き」
俺は歯ブラシに歯磨き粉をつけてリリスに渡し、二人でシャカシャカと歯を磨き始める。
東京が火の海になる…。そしてそれを阻止できるのは目の前で歯を磨いている美少女。
なぜか余計に隣の外国人の歌がうるさく聞こえる。しかもその音は美咲さんの部屋にまで届いているらしい。それでも俺は泥のように眠れる自信があった。
明日も…か…
新しい職場に転職してから初めての大型連休だというのに、仕事の時よりずっと忙しい気がする。だが何故か充実した気分だった。
電気を消してリリスをベッドに寝せ、俺は床にクッションを敷いて横になるのだった。




