第31話 危ない戦利品
新宿の夜の街を歩いていると、二人の肩に積もるほどに雪が降ってきた。
北風が吹けば、俺の尻に空いたズボンの銃弾の穴から寒さが吹き込んで来る。せっかくロマンチックな雰囲気なのに、さっきの事を思い出すと半減してしまう。俺は生まれて初めて、いや恐らくほとんどの人が体験する事のない銃撃を受けるという体験をしてしまったのだ。
後ろに立ったリリスが言った。
「穴が空いてるわ」
「えっ? 目立つ?」
「おしりの肌色が見えてる」
めっちゃ恥ずかしいんですけど!
俺が尻に手を当てると、小さいがしっかりと穴が開いていた。尻に手を当て、隠しながら歩き始めるとリリスが言った。
「私も服を買ってもらったし、今度は私が買ってあげるわ」
ん?
「えっと、リリスお金なんか持ってたっけ?」
「報酬があるわ」
いやいや。今回の報酬は、何て言うか人の霊魂みたいなものだったはずだけど?
「えっと、報酬? 報酬って?」
「違うわ」
「えーっと。えっ? 幽霊のサジマにもらった? そんな訳ないよね?」
「ううん。違うわ、依頼を遂行している時に回収したのよ」
どういう事だろう?
「ど、どこで?」
「ぼったくりバーから出る時、サジマが取れって」
「えーと。それは一応、犯罪かも」
「でも、サジマが持っていけって言ったのよ?」
リリスがピュアな瞳で俺を見つめて来る。だが死んでいると言ってもサジマはヤクザだし、持っていけっていってもヤクザの言う事だ。多分あの店もヤクザが絡んでいそうだし、昨日今日とヤクザの金を貰ってしまう? そもそも犯罪者の金って足はつくんだろうか?
「何処にあったの?」
「ぼったくりバーの金庫よ。スキルで回収したの」
そう言って、リリスは肩にかけた皮のバッグを開いて見せてくれた。
「えっ! こんなに!」
「うん。サジマが言うには前の日の売り上げだろうって、どうせ汚い事して稼いだんだから持って行けって言うの。彼らは自分らの罪を軽くするために、警察には言わないみたい。自分の罪をわざわざ自分で大きくするやつらはいないんだって、それに今回の騒ぎの焦点はクジョウの殺人だからなおの事、問題ないって言ってた」
俺は話の途中あたりから、リリスの話が耳に入ってこなかった。
…まずいぞ。警察に捜査される。恐らくは金庫とかも押収してるんじゃないのか? 俺はコップとかビール瓶とか、トイレの取っ手も触ってるし捜査されないだろうか? 店員やキャッチ女やぼったくられた人にも顔を見られてるぞ。
どっと汗が噴き出て来る。平和に終わったかと思いきや突然不安が襲って来た。
「えーっと」
返しに行こう! と言おうとしたがやめた。これから返しになんか行ったら、それこそ警察に捕まりそうな気がする。恐らくまだ現場検証なんかをしてるんじゃなかろうか?
「お金は、これで全部?」
「ううん。さっきの金髪の人の玄関先に少し置いて来たわ」
「そうなんだ」
「サジマが置いていってやってくれって言うから」
サジマは良いやつだ。金髪を気にかけていたみたいだし優しいトコあるな。
じゃなくて。
「リリス、とりあえずズボンの穴は気にならない。だから服は今度でいいかな」
「そう? わかったわ」
俺は一人でぐるぐると考え込んでいた。昨日の今日でまた悪い金を手に入れてしまった。しかも今回は更に多い、とりあえずリリスに持っていてもらうのが良いだろう。突然どっと疲れが出て、走って来たタクシーを停めるため振り返る。
…でも、ここでタクシーを使っちゃうと、ここに居たことがバレる? ここは電車を使った方がいいかもしれない。出来るだけ足がつかないようにしなくちゃ。
そう思ってタクシーを停めるのはやめた。そのまま新宿の繁華街を駅に向かって歩き出す。
リリスが周りを見て言った。
「目がちかちかするわ。それに相変わらず夜でも人が多いのね」
「日本一の歓楽街だからね。日本一有名な飲み屋街だよ」
まあ風俗なんかもあるけど、別にそれを今リリスに説明する必要はない。
「凄いわ」
「そう言えばリリス。体の具合は悪くならない?」
「大丈夫」
慣れて調整がついたようだ。それに今日のリリスは少し雰囲気が違う。繁華街を歩けばとにかく目立つし皆が振り向く。よく見れば幼い雰囲気はあるものの大人っぽくも見えるのだ。
歌舞伎町を離れて少し歩くとコンビニが見えて来たので、俺は傘を買うためにコンビニに入った。ビニール傘を二つ買ってまた夜の街に出る。
「これは透明なのね。上が見えるわ」
「これがあれば濡れないから」
そう言って俺はリリスの頭と肩に積もった雪を払ってやる。
「ありがとう」
新宿駅に到着し、俺とリリスは小田急線に乗って豪徳寺で降りる。豪徳寺駅前でタクシーを拾い自分の家の住所を告げた。
俺はタクシーの後部座席で、ポケットからスマホをどりだし時間を見た。
「昨日よりは早いか」
タクシーで走っていると、世田谷区役所が見えて来たので運転手に言う。
「すみません。コンビニでおります」
「はい」
タクシーを降りると雪は止んでいた。
俺はそのままリリスを連れて区役所前のコンビニに入る。そこで明日の食料や、リリス用の日用品を買いこんだ。まさか二日もいる事になるとは思わなかったし、この情況から考えるとまだ日数がかかりそうだ。リリスがアイテムボックスを使えるようにするまで、どのくらいの期間がかかるか分からないが、先日のヤクザの金もまだあるので金は問題ない。
明日の昼にでもスーパーに行って、いろいろ買いこめばいいだろう。
そしてリリスが空を見上げる。
「雪はもう降らないみたいね」
「そうだね」
俺も見上げると、雲の隙間から月が出て来た。
「はーっ」
リリスが手に息を吹きかけていた。それを見て手袋も必要だったことに気が付く。
「手袋も買わないとね」
「まあ大丈夫よ」
「寒いから急ごう」
アパートに着くと、美咲さんの部屋の灯りが点いているのが見える。俺達が階段を登り、部屋に入ってジャンパーとコートを脱ぎ始めた時だった。
ピンポーンと呼び鈴が鳴る。
「え? こんな夜に誰だろう?」
俺は玄関を開ける。
「こんばんわ」
外から美咲さんが声をかけて来た。
ギックゥ! いま俺の部屋には未成年の美少女がいる。俺は慌てて返事をした。
「あ! ちょっと待っててください!」
「はい」
俺は部屋に戻りリリスに言う。
「ちょっとお客さんが来たから静かにしててね」
「わかった」
そして俺は玄関に行って、リリスのブーツをユニットバスの中に片付けた。
ガチャリとドアを開けると、美咲さんが鍋を持って立っていた。
「ごめんなさいね夜に。今日はお母さんが泊っていくみたいで、手料理を作ってもらったんです。作りすぎちゃったんで良かったらどうぞ!」
「え、良いんですか?」
「どうぞどうぞ!」
「嬉しいです! あの! 鍋は洗って返します!」
「あ、はい。お気になさらずに」
「優しいお母さんですね」
「はい!」
「今日もいろいろ準備してたんですか?」
「燃えた店の掃除とか、あとは開店前のタグの準備とか手伝ってもらってました」
「いいお母さんですね」
「はい、そうなんですよー。あっ、鍋はいつでもいいですから!」
「ありがとうございます!」
「それにしても、毎日隣の外国人騒がしいですよね?」
確かに今日も歌を歌っているようだ。いつもの事なので気が付かなかった。
「そうなんですよ。でも慣れました」
「ふふっ逞しい」
「はは…」
「じゃあ、また」
「また…」
俺は美咲さんが部屋に入るまでずっと見ていた。すると美咲さんはこちらを向いてペコリと頭を下げる。俺もそれにぺこりと頭を下げた。
ああ…美人だ。しかも気遣いが凄い。
ぱたんとドアが閉まり、俺もドアを閉めて部屋に入る。
「お客さん帰ったの?」
「ああ。お隣さんのところに、お母さんが来て料理を作ったんだって」
そして鍋を開けると、そこには肉じゃがが入っていた。リリスがそれを見て言う。
「おいしそう」
「食べよっか?」
「うん」
俺は皿を持って来て肉じゃがを盛り付けた。箸で肉じゃがをつまみ口に入れる。
「うんま!」
「おいしいわ」
「これぞ、お母さんの味って感じだ」
「そういうものなのね」
「ああ」
「私もお礼をしなくていいのかしら?」
いや、それは…なんつーか、やましいというかなんというか。何て言ったらいいんだろう? だけど別に美咲さんは俺の何でもないし。しかし未成年を部屋に連れ込んでいるなんて思われたら、絶対に軽蔑されるだろうし。
「まあそれは今度また…」
「そう? そうね、わかったわ」
笑いながら無邪気に美味しいと言うリリスの顔をみていると、彼女に対しても後ろめたい気持ちになって来る。こんなに複雑な気持ちで食う肉じゃがは生まれて初めてだった。




