第30話 歌舞伎町のネオンに消えた二人
クジョウが逮捕されるのを見届けた俺とリリスは、サジマに導かれるままにヤクザマンションの金髪の部屋へと向かう。エレベーターで十階に上がり、金髪の部屋のドアをリリスが力で開けようとした。
だが俺はそこで待ったをかける。
「ちょっとまって! きっと中に彼いるよね? ピンポン鳴らして入れてもらえばいいかもよ!」
答えを聞く前に俺が呼び鈴を鳴らした。
ピンポーン! しばらく待つが中から返事は無かった。するとサジマが俺に言う。
「あんなことがあった後だし、別に気を使う必要はねえだろ? いいから入ろうぜ」
「いや、それでも人の家だしさ。普通は呼び鈴くらい鳴らすでしょ」
そんな二人の会話を聞きながらも、リリスがお構いなしに半透明な手で扉を開いた。まあ留守だから気にする事はないが、間違いなく不法侵入罪で捕まることだ。あと一日に何度も来られたら、俺だったら嫌だなと思う。
ガチャ! 玄関を入って奥の部屋の扉を開けると、金髪男と目が合った。
「あ?」
「えっ?」
居留守だった。俺とリリスは再び金髪男と遭遇する。金髪男は怒りをあらわに言った。
「おいおい! だから何も知らねえって言ってんだろ! なんで何回も来んだよ! こんな夜に失礼だろ!」
そりゃそうだ、確かに失礼ではある。だが、リリスはおかまいなしに奥に佇む女の霊ユウコに言った。
「約束は果たしたわ」
「ええ。わかってる」
どうやらユウコはここに居ながら、歌舞伎町のぼったくりバーで起きた出来事を知っているらしい。だが、そんな事は知らないだろう金髪の男が言う。もちろん幽霊のユウコの声なんて聞こえてないだろうし。
「なんの約束だよ! お前らと約束した覚えはねえぞ! とにかく今、何時だと思ってんだよ!」
確かに。おっしゃる通り。
サジマがリリスの前に出て行き、すっと金髪をすり抜けてユウコの所に行く。そしてユウコの頭をポンポンと叩いて優しく声をかけた。
「このやろう。面倒かけさせやがって」
「あたしは、悔しかったんだ。あんたとの暮らしを突然奪われたから。あんなに幸せだったのに!」
「でも九条はパクられたぜ!」
「うん」
ユウコは立ち上がってサジマの手を取った。そしてサジマがリリスに振りかえって言う。
「結子。このハーフの別嬪さんが解決してくれたんだぜ」
「ありがとう。あなた顔も綺麗だけど心も綺麗なのね」
「そうでもないわ」
サジマとユウコとリリスが話をしているが、その間も金髪は何やら騒いでいた。だがリリスは全く相手にしていない。もしかして気にしてるの俺だけ?
「じゃあ行きましょう」
リリスに尽き従うようにサジマとユウコが出て行く時、俺はとりあえず金髪に向かって言った。
「お邪魔したね。ついでに言っておくと、クジョウは逮捕されたよ」
「えっ? マジかよ!」
「ああ」
「あんたらがやったのか?」
「まあそう言う事かな? とにかく迷惑かけたね」
「約束って…もしかして?」
なんだろう? 金髪は何か思い当たるふしがあるかのような表情をする。そして唐突に立ち上がって俺に聞いて来た。さっきまでの怒りをあらわにした表情ではなくなっていた。
「あんたら、それをわざわざ伝えに来てくれたのか?」
別に俺達は金髪君に会いに来たわけじゃないんだが、じゃあなんで一日に何度も不法侵入してくんの? って話になる。それはあんまりなので、俺は金髪君に曖昧に答えた。
「ああ」
「そうなんだ…」
とにかく伝えたので、俺が振り向いて出て行こうとすると金髪が言った。
「あの!」
「はい?」
「九条が逮捕されたって事は、もういろいろ知ってんだろ?」
「まあ、多少は」
すると金髪が深々と俺にお辞儀をした。
「佐嶋さんの恨みを晴らしてくれてありがとう」
いや。サジマの恨みと言うよりユウコの恨みなんだけどね。まあサジマも怒ってたけど。
リリスと出て行こうとしていたサジマが、金髪の言葉を聞いてゆっくりとこっちを振り向いた。
「あんちゃん、そいつに伝えてくれ。九条は何人も殺してっからもう出てこれねえ。もうお前を脅かす奴が居なくなったんだから、田舎に帰って所帯でも持てって。そんで、おふくろさんを安心させてやれってな。そう伝えてくれるか?」
俺は頷く。そして俺は金髪に振り向いてそのまま言った。
「九条はすでに何人も殺してるから、恐らく死刑になるだろう。もうお前を脅す奴はいないんだ。田舎に帰って所帯でも持て、おふくろさん心配してんだろ?」
俺がそう言うと、金髪の目からブワッと涙がこぼれて来た。今まで堰き止められていた物が、一気に噴き出てきたようだった。
「佐嶋さん…」
「まあ、サジマからの遺言だ」
「うっ! うぅっ! えっえぐっ!」
金髪が嗚咽を漏らして泣き出した。なにがあったか分からないが、俺ももらい泣きしそうになったので、くるりと振り向いてリリスの後をついて行く。
俺達と幽霊カップルがヤクザマンションの一階に降りて外に出ると、ユウコが言った。
「しばらくぶりの歌舞伎町の夜だわ」
サジマがそれを聞いてニッコリ笑った。
「そうだな。お前と出会った町だ」
「ふふっ。あの頃は楽しかったね」
「ああ」
するとリリスが二人に言った。
「しばらく歩く?」
それにサジマが答える。
「いいのか? 契約は終わったんだし俺達はもうあんたのもんだ」
「いいじゃない。思い出の街なんでしょ?」
「まあな」
リリスに言われ、サジマとユウコが腕を組んで歩きだした。気がつけば二人から銃痕はなくなっており、おしゃれなスーツとドレスに身を包んでいる。ゆっくりと飲み屋街を歩きだし俺とリリスはそれについて行った。
サジマとユウコが意外な店の前で立ち止まる。
「ここだ」
「ええ」
ユウコがサジマの腕を更に強く抱きしめる。
リリスが尋ねた。
「ここは何?」
「俺達が出会った場所さ」
二人が見上げる看板はおしゃれなバーでも居酒屋でもなく、さくら通り沿いにある牛丼のチェーン店だった。俺はてっきりクラブとかに行くのかと思っていた。リリスがその看板を見上げて言った。
「そう。いい思い出だったのね」
「そうよ」
「俺が洒落た店に行こうって言っても、結子はいつもここでさ。並盛り! つゆだく! なんつってな。あははははは」
「だって、美味しいんだもん!」
「おりゃ、お前と食う物は何でも美味かったぜ」
「あんた…」
そしてサジマがリリスと俺を見て言った。
「東京ってなきらびやかで楽しい町かもしれねえけどよ、俺達みたいな奴らが山ほどいんだよ。あんたらが、そんな寂しい奴らの助けになってくれたらいいな。なーんてな! まあ聞き逃してくれや」
するとユウコが頭を下げる。
「ありがとう。これで心置きなく逝けるわ。あなた最後の最後まで優しかったわね」
「そうでもないわ」
ユウコはサジマの腕に頭を持たれかけて甘えるように笑っていた。サジマはそんなユウコの頭を撫でてやる。次第に二人の体は少しずつ透明になり、夜のネオン街に溶け込み星屑になって消えた。するとリリスの体が仄かに光り出す。
そしてリリスは俺の顔を見て笑う。
「レンタロウ。私、ここで食べてみたいわ」
「普通の牛丼屋だけど」
「ここがいいの」
俺とリリスが牛丼チェーン店に入ってチケットを買う。そしてテーブルに店員がやってきた時、リリスは店員に言った。
「並盛! つゆだくで!」
俺はそれを聞いて笑いながら言った。
「じゃあ俺もそれで」
店員が返事をして厨房にオーダーを伝えに行く。俺とリリスが牛丼屋の窓からネオン街を見つめていると、ちらほらと粉雪が舞い落ちてくるのだった。




