第29話 金縛り逮捕
ぼったくりバーの奥からポケットに手を突っ込みながらクジョウが現れた。昨日俺を監禁したヤクザにも雰囲気は似ているが、もっと陰湿な物を感じる。
クジョウが言う。
「これはこれは、さっきぶりだな」
俺は、ぽつりとつぶやいてしまう。
「クジョウ…」
俺の口から、それを聞いたイシワタが言った。
「そうか、こいつが九条が言っていた聞き込みをしていたって奴か」
「そうだ。どうやってここを突き止めた?」
クジョウが俺に聞くが答えないでいると更に聞いてくる。
「一人か? さっきの女はどうした?」
それは分かんない。ずっと待ってるんだけど来ないんだ。どうしよう、ごめんなさいと土下座ずるべきか? それとも演技を続行すべきか、とにかくヒザが笑って仕方がない。
「だんまりかよ」
もう破れかぶれだ。
「もうすぐ来る。分かったら大人しく観念しろ」
「…いや。あんた一人だろ? フダはあんのか?」
フダ? えっと…フダってなんだっけ?
「ある!」
なんだか、わからないけど言ってみた。
「どこにあんだよ」
「えっと」
俺は自分の体をまさぐるように探し回ってみるが、もちろんそんなものはない。とりあえず時間稼ぎでしかないのだから。
逃げよっかな。
入り口の場所をチラリと見て、立ち上がり一気に駆け抜けようとした時だった。突然イシワタが俺の足をかけて転ばせる。
「うわっと!」
ドサ! ゴロゴロ! 俺は床に這いつくばってしまった。
するとイシワタが言った。
「お前…デカじゃねえな?」
それを聞いたクジョウが言う。
「おいおい、ならコイツは何なんだよ?」
「分からねえ。こんなトーシロみたいな奴がモグラな訳がねえ」
俺が起き上がろうとすると突然、ケツを蹴飛ばされて前に突っ伏してしまう。そしてクジョウが俺の髪の毛を掴んで、頭をグイっと起こして顔を覗いて来た。クジョウのおでこに血管が浮き出ているので、恐らくキレっていらっしゃるんだろうと思う。
これはヤバい。ここにリリスが入って来ちゃったら、俺はリリスを守れるか分からない。だけど打ち合わせとかしてないから、もしかしたらそろそろ来ちゃう?
カランカラーン。
入り口が開いて、そこからリリスが颯爽と入って来た。そして髪の毛を掴まれている俺を見て、冷静な口調で言う。
「その手を放しなさい」
クジョウがリリスを見て答えた。
「ようやく相棒のお出ましか」
イシワタがクジョウに聞く。
「九条。もしかしてこいつが一緒に居た?」
クジョウは余裕なのか、俺の髪の毛を掴みながら振り向いてイシワタに答えた。
「そうだ。紫のコスプレ女だ」
「なるほどな…。九条、ならこいつらは絶対にデカじゃない。こんなデカがいるなんて聞いた事もねえ」
「ふーん」
クジョウが振り向いてリリスを見た時だった。クジョウの顔の十センチくらい先にリリスの顔があった。
「ハ・ナ・セ」
「お、おわ! な、なんだ!」
俺の髪の毛を放してクジョウが後に飛び去った。そしてリリスが穏やかに言った。
「レンタロウごめんね。サジマが私にやってほしい事があるっていうから、それをやってから来たのよ。すぐ入ろうと思ったら、ぼったくられた人が出て来るのを待てって言うし」
「い、いや。リリス! ここは危ない! 逃げよう!」
リリスの手を握って俺が立ち上がろうとした時だった。
パン! と俺の尻に焼けた鉄の棒が突っ込まれたような激痛が走った。
「痛っ! 痛ってぇぇぇぇ!」
後ろを振り向けば、クジョウの手に拳銃が握りしめられていた。こっちに向けているので、どうやら俺の尻を撃ってくれちゃったらしい。
初めて撃たれた! 親父にも撃たれた事無いのに!
なんて言ってる場合じゃない! そのあとで幽霊サジマが入り口から入ってくる。
「いわんこっちゃねえ! アイツは人を殺すのに躊躇ねえんだ」
どうやら連中にはサジマの姿は見えていないようだ。俺がケツを押さえてのたうち回っていると、また銃声がする。
ヤバい! 今度はリリスが撃たれた? そう思ってリリスを見上げるが平然としてそこに立っている。銃弾の軌道が逸れたらしく入り口の花瓶が割れていた。
「あれ?」
クジョウが変な声をあげ、それを見たイシワタが言う。
「おいおい。何してんだよ、顔見られてんだぞ! 早くやれよ!」
「い、いや」
そしてイシワタがこっちを睨んで言った。
「お前らなにもんだ? しょっぴくぞ! 俺は正真正銘のデカだ!」
俺の隣りでサジマが言う。
「いやいや。デカじゃねえ犯罪者だ」
俺が聞いたそのまま口に出して言う。
「デカじゃねえ犯罪者だ!」
「なっ! お前ら弁護士かなんかか? 誰かに依頼されて来たか?」
だが俺はそれに答えなかった。すると俺をぼったくりバーに引き込んだキャッチ女が言った。
「伍堂会の奴らとか?」
「いやいや。あそこは武闘派だし、こんな奴ら居るわけねえ!」
そんなやり取りがなされている間に、いつの間にかリリスの体から透明な手が出て来て、俺の尻から弾を抜き取っていた。その上でギュウッ! と尻が握られる感覚がする。
「いでででででで!」
「血が出てるから我慢して」
リリスに言われ俺は黙る。でも痛いものは痛い。
すると次の瞬間だった。
パン! パン! パン! パン! パン!
と立て続けにクジョウが拳銃を撃つ。しかしそのことごとくが、俺にもリリスにも当たらなかった。俺には既にその原因が分かっている。リリスの透明な手がクジョウの手にかかり、拳銃の軌道を逸らしているのだ。
「なんだ? どうなってやがる?」
「なにやってんだ! 九条!」
「へ、変なんだよ」
俺とリリスが立ち上がると、慌てたイシワタが他の男達に言う。
「と、取り押さえろ!」
男達が近寄って来るが、ぴたりと足を止めた。リリスの透明な手が男達に絡みついているのだ。
「ウッ」
「あれ」
金縛りにあっているようだ。俺を引っ張り込んで来たキャッチ女が叫ぶ。
「ちょっと、なにやってんのよ!」
リリスは全く危険を感じていないかのように、クジョウに向かって歩いて行く。とうとうリリスが目の前に立ち、クジョウの顔の前に手をかざすとクジョウが一時停止状態になった。
「お、おい! 九条!」
そう叫んだイシワタの体もピタッと止まり、半透明の手足にからめとられていた。
「な、なんだよ! これ!」
リリスはゆっくりとイシワタの所に行って、手をかざすと一時停止状態になった。それを見ていた女が叫ぶ。
「な、なによ! あんたら! なんなのよぉ!」
リリスはそれに答える。
「あなたは、色目を使ったわね?」
「はぁ? 鼻の下を伸ばして勝手について来たのよ! 私は知らない!」
リリスはスーッと女に近づいて手をかざすと、女も一時停止のような状態になる。そしてリリスの透明な手が女の服をバッと脱がして下着姿にした。
男というものは悲しいものでしっかりと見てしまう。
更にリリスが二人の店員も一時停止にしてしまった。
「じゃあ行きましょう」
「えっ?」
店内には銃を構えたクジョウ、驚いた顔のイシワタ、怯えた表情の下着姿の女、高額請求書をもった店員達がいる。それが皆一時停止の状態で固まっていた。
リリスが俺の手を引いて店を出、階段で一階に降りて道路へ出た。するとビルの前には、さっきぼったくられていたお客がいた。どうやらリリスはこの人にも金縛りをかけたようで、マネキンのように固まっているようだ。
するとパトカーのサイレンの音がして来る。俺達がそこを離れ四台のパトカーが到着したところで、リリスはぼったくられたお客の金縛りを解いた。男はきょろきょろと周りを見渡し警官がいるのを確認する。
「あ! お巡りさん! ここの五階でぼったくられてるお客さんがいるんだ! 助けてやってくれないか!」
どうやら俺が助けた事に恩義を感じて、警官に言ってくれたようだ。男は警官と一緒に雑居ビルの中に入って行く。俺はサジマに聞いた。
「サジマさん。もしかしてリリスに通報させたの?」
「そうだよ。あんたら二人じゃどうにもなんねえと思ってな」
いや。多分どうにかなった…と言うよりもっと悲惨な事になってた。
ぞろぞろと警察が来た事でどんどん野次馬が溜まって来る。
「なんだ? なにがあった?」「なんでも銃声が聞こえたらしいよ」「うっそ、殺人とか?」「まさか抗争とかじゃないよね?」
野次馬がざわついている。それから間もなくして救急車が何台も訪れパトカーも追加された。大勢の警官が道路を封鎖し、野次馬が入らないようにテープで仕切られる。救急隊員達が雑居ビルに入って行き、野次馬も更に増えて来た。
そしてしばらくすると、金縛りにされた格好のままのクジョウやイシワタが運び出されて来た。女も下着のまま運び出され、店員も金縛りされた状態のままだった。さらに野次馬がざわつく。
「なにあれ?」「死んでるの?」「ホラーじゃん」「まずいよねあれ」
野次馬達が面白そうに、スマホでクジョウやイシワタ達を撮影しだした。そして一通り全員が運び出された時、リリスがスッと手をあげる。すぐにクジョウやイシワタやぼったくりバー連中の金縛りが解けた。各自が驚いたように周りを見て目を見開く。
「なんだ?」
「あれ?」
「ここは…」
「なに?」
「はっ?」
「なっ!」
どうやら彼らには一時停止中の意識はなく、自分達の置かれた状態が把握できてないらしい。
「お、おい! 放せ!」
「こら!」
「やめて!」
皆はマネキン状態の時にストレッチャーに縛られているため、身動きが取れないでいる。するとそこにスーツを着た男達が来た。
「九条直之! 銃刀法違反の現行犯で逮捕する!」
そしてもう一人の刑事が言った。
「石渡君。事情を聞かせてもらうよ」
「ち、違う!」
刑事が犯人らと一緒に救急車に乗り込み、次々にパトカーと一緒に出て行くのだった。それを見たサジマが俺達に言った。
「は、はは。あんたら! すげえな! 捕まったぞ! 九条のやつ捕まっちまったぞ!」
「これで契約はなったわ」
「ああ。結子を迎えに行こう!」
「ええ」
俺が歩こうとすると、尻に激痛が走った。
「痛ったぁ!」
それを見てリリスが言う。
「あら。そうだったわ」
リリスは自分の皮のカバンを開けて、ピンクの液体の入った小瓶を出した。ふたを開けて俺の尻にその液体を振りまく。
シュワシュワシュワー! 途端に尻から痛みが無くなる。どうやらこれは異世界もので定番のポーションらしい。俺はズボンの尻に穴をあけながらも、軽快にヤクザマンションに向かうのだった。
 




