第26話 張り込み
リリスはラブホの窓の隙間からじっと外を見ている。俺はといえば人生初のラブホテルに気が散って、部屋の中をちらちらと見回してしまっている。ビジネスホテルと基本変わらないが、初めて見る物も置いてあった。テーブルの上に置いてあるパンプレットを手に取ると、平日利用お客様にウエルカムサービスとか書いてある。
ポテトかドリンクが無料サービスか。タダならもらった方がいいのかな? でも真剣に張り込みしてるのに、食べ物なんていらないかな?
幽霊ヤクザのサジマが俺に聞いて来る。
「ところでよ、兄ちゃんたちは何者なんだい?」
「えっと、サラリーマン」
「はっ? サラリーマン? なんでこんな危ない事に首ツッコんでんだ?」
いや…俺がしたくてしてるわけじゃなくて、リリスが力をつけたいからしてるんだけど。
「いろいろと事情があって」
「ふーん。そんで、なんで俺が見えてんだ?」
「それも、いろいろと事情が」
「訳ありつうやつか。さっきの金髪の男はデカだと思ってたみたいだがな」
「あれは勘違いというかなんというか」
「あんな紫の目立つねーちゃんがデカな訳ねーわな」
まあいきなり侵入して迎えにきたなんていわれれば、警察と思われても仕方がないか。
それからしばらくは変化が無く、結局俺達はホテルの食べ物を頼んで食べながら見張っていた。ピザを頬張りながらずっと外を眺めているリリスは、まるで本物の刑事のようだ。ペットボトルの水を飲んでいる時にリリスが言う。
「だれか来たわ」
一日待ってようやく動きが出たので、俺とサジマが窓にへばりついて道向かいの雑居ビルを見た。するとサジマが信じられないような顔をして言った。
「石渡…」
それを聞いたリリスがサジマに尋ねる。
「イシワタ? 知ってるの?」
「デカだ」
それを聞いた俺が声をあげてしまう。
「刑事? 捕まえに来たのかな? なら一件落着じゃない?」
「マジか…」
いずれにせよ、警察が来たのなら逮捕されて終わりだろう。めでたしめでたしだ。
「じゃあきっとこれで恨み晴らせるね!」
だがサジマは俺の言葉を無視して難しい顔で言う。
「なんで一枚でくんだよ」
「イチマイ? なにが?」
「だからなんで一人で来たんだってこったよ。普通は聞き込みでも一人では来ねえし、ましてやパクリに来るなら何十人も出動してくる。相勤もいねえつーのはどういうこった?」
「アイキン?」
「だから、相棒だよ。アブねえかも知れねえのに、なんで一人で来たんだって事だよ。緊逮するにしてもおかしいだろ」
「キンタイ?」
「なんだよ! いちいち聞いてくんなよ! 緊急逮捕の事だよ!」
「なるほど」
それならそう言ってくれればいいのに、なんでいちいち業界用語使うんだよ。
「しかも石渡は面が割れてるから、モグラっつう訳でもねえ」
「もぐ…」
俺は業界用語をいちいち聞くのは止めた。分からないなら分からないままでもいい、とりあえず普通に警察が逮捕しに来たわけじゃないらしい。
「チャカを持ってるかも知れねえ相手にこれはありえねえ」
話がだんだん分かって来た。殺人の容疑者の所に刑事が一人でぷらりと来るわけがない。もしかしたら撃たれるかもしれないし、下手をすればまた逃げられるだろう。
それはその通りだけど、だとしたらなんで刑事が一人でぷらりと来たんだろう?
するとサジマが呆れたような表情になって言った。
「なーるほどな。サツもイチマイ噛んでたつーわけか、そりゃつかまらねえわな」
「どういう事?」
「まあ分かりやすく言えば、悪徳警官がくっついてたって事さ。そこにあんたらが金髪のところに来たもんだから、ホンチョウが動いたとでも思ったんじゃねえか? まさか俺も、石渡の野郎がそれだとは思わなかったけどな」
「俺達を警視庁の人間だと思ったという事?」
「そういうこった」
「で、刑事を呼んだ?」
「ああ。金髪が九条の野郎に連絡したか、九条の方から聞いたか分からねえけどよ。九条は勘が良いからあんたらが来た事で逃げた、電話でデカが聞き込みに来たぞっとでも言われたんだろ。それで九条が慌てて石渡を呼びつけたってすんぽうさ」
なんだよそれ。まるで刑事ものかヤクザもののドラマみたいじゃないか! っていうか、本物のヤクザと刑事なんだから、これはドラマじゃない。
「リリス。かなり危険な話だよ」
「そうみたいね」
「恐らく俺達の手に負える代物じゃない。一旦、やめた方がいいと思う」
すると幽霊ヤクザのサジマも言った。
「兄ちゃんの言うとおりだ。素人のあんたらが首を突っ込んだら、命がいくらあっても足りねえ。俺だって殺されたんだしな」
リリスは俺達の言葉を聞いて少し沈黙したが、首を横に振って話す。
「ヴァンパイアより簡単だわ」
俺とサジマが意表をつかれる。
「な、どういう事?」
「ねえちゃん。ヴァンパイアって何だ?」
「ヴァンパイアはヴァンパイアよ。生きている人間じゃ太刀打ちできない恐ろしい化物」
サジマが頭を掻きながら言う。幽霊に掻く頭なんてないと思うけど。
「ヤクザもんでもそれくらい分かるぜ。映画とかに出て来るバケモンだろ? そりゃあんなもんがいたら、ヤクザや警察なんかよりもおっかねえけどよ。ありゃホラー映画だ。こりゃ現実だぜ?」
「何を言いたいのか分からないけど、とにかくやりきるわ」
「マジでやめた方がいい」
「レンタロウ! 手伝いなさい!」
「仰せのままに」
幽霊ヤクザのサジマが俺とリリスを交互に見て言う。もちろん俺の腕に架せられている隷属の腕輪が光り輝いていた。
「あんたらさ、ちょっとおかしいだろ!」
そして俺がサジマに言う。
「いや、やるんです」
「なんだよあんちゃん! さっきまでやめた方がいいって言ってたろうが!」
するとリリスが舌なめずりをする。そして外を見てもう一度俺達に言った。
「彼らは悪い人達って事なんでしょう?」
「もちろんあいつらはまっとうな人間じゃねえよ、俺だってヤクザ、生きてる時はいろいろやったさ! 組の為に一生懸命な。でもアイツらはもっと悪いやつらだ!」
「なら何しても良い?」
「いやいや! とにかくアニメかぶれみたいな、お姉ちゃんに処理できる話じゃねえって!」
「アニメかぶれとは?」
「ヴァンパイアとか言ってたろ!」
「よくわからないけど、ユウコさんを連れ出したいんでしょ?」
「そりゃそうだが…」
「なら黙ってなさい」
サジマは両手をあげて降参するようなポーズをする。そして外を見ていたリリスが言った。
「イシワタが出て行ったわ」
「本当だ」
「日も暮れて来たし、私達もそろそろ出た方がいいんじゃない? さっきからいろいろと人の出入りが激しくなって来たわ」
「だな。そろそろ飲み屋も開くだろうしな」
「どうしたものかしらね?」
するとサジマが真顔で言う。
「あんちゃんがキャッチされればいい。あそこの女の面は分かってるから俺が教えてやんぜ」
「えっ? 俺がどうするって?」
「あんちゃんが一人で、ぼったくりの店に入るんだよ」
「うっそ?」
俺は救いを求めるようにリリスを見るが、リリスはニッコリ笑って言った。
「レンタロウお願いね」
「仰せのままに」
とりあえず俺はラブホテルを清算し、サジマと一緒に外の道路を歩き始める。するとサジマが俺に言った。
「あそこにいるケバイ巻き髪の女だ」
俺はきょろきょろとあたりを見回しながら、正真正銘の田舎者丸出しで歩く。
「こんばんわぁ」
派手な化粧と巻き髪の、おしゃれな格好をした女の子が俺に声をかけてきた。
「あ、こんばんわ」
「お兄さん。ちょっとカッコイイね! 良かったら一緒に飲まない?」
「あ、お、俺でいいの?」
「一緒に飲みたぁーい!」
「じゃ、じゃあちょっとだけ」
そして俺は女の子に連れられながら、サジマと一緒にぼったくりバーの雑居ビルに入って行く。女の子はこれ見よがしに俺に腕を絡めて、胸をぎゅうっと腕に押し付けて来る。だが俺はその胸の柔らかさに胸を躍らせる事はない。何故ならば、殺人犯が潜伏しているぼったくりバーに行くことが確定しているからだ。絞首刑をまつ死刑囚の気持ちってこんな感じなんだろうか?
「お兄さん、緊張してるぅ?」
「い、いや。別に」
俺はいっぱいいっぱいだった。すると俺の隣りでサジマが言う。
「案外、演技上手いじゃねえか」
いや…演技じゃないし。そしてお姉さんは俺をバーの玄関前に連れていく。俺はお姉さんと一緒に入るが、サジマはくるりと後ろを振り向いて出て行った。
「あ! どこに!」
「あの子を連れてこねえと、兄ちゃん一人じゃむりだろ」
「まって!」
俺が慌てて言うと、連れて来たお姉さんがポカンとした。
「も、もちろん私も一緒に入るけど…」
「あ、ち、違うんです」
そして俺はとうとう、ぼったくりバーに潜入してしまうのだった。




