第25話 ラブホテル
サジマを殺した犯人を追ってヤクザマンションを飛び出すが、既にさっきの男の姿はどこにも見えなかった。だがリリスは迷いなく俺に言う。
「こっちよ」
「えっ?」
リリスが歩きだす。通に幽霊ヤクザのサジマもついて来るし。
新宿の複雑な道を迷いなく進むリリスに不思議に思って聞いた。
「なんでわかるの?」
「さっきすれ違った時に目印をつけたからよ」
「目印をつけた?」
「そうよ」
たぶん目印って言っても、GPSで追跡してるわけじゃないだろう。からくりはさっぱりわからないが、ここは黙ってリリスについて行こう。そして五分くらい歩いていると、リリスが雑居ビルの前で足を止める。
「ここ」
そこは飲み屋が入っている雑居ビルだ。だがこの時間はまだ飲み屋はやっていないだろう。
「ここに逃げたって事?」
「そう」
だが幽霊ヤクザのサジマが言いだした。
「あのよぅ、やっぱやめた方が良い。あんたらが誰か知らねえがこっからはアブねえぜ」
「どういう事?」
「九条は人を殺す事に躊躇しねえ。確かに結子を開放してほしいってのはやまやまだけどよ、死んだって俺はヤクザだ。カタギのねーちゃんにーちゃんに迷惑はかけらんねえしよ、ここまででいいよ」
漫画でよく見るような、昔気質のヤクザのようなセリフを吐いた。死んだって言うのに、サジマにはヤクザの矜持があるらしい。
「ほら! リリス! サジマさんもこうおっしゃってるんだし、ここいらで諦めるのも大事じゃないかな?」
「ごめんねレンタロウ。私は力が欲しいのよ、こんなに霊力がふんだんな街なら私の力を強く出来るかもしれない。そうすれば、力をつけて空間魔法を体得できるんじゃないかって思うの。アイテムボックスを開けられるような魔法使いは、この世界にいないと分かったし、もう自分でなんとかしなきゃ無理だと思う」
「えっと、リリスがなんとかできる?」
「死霊術を極めれば、他の職を身につけられるわ。今の死霊術のレベルじゃ新しい職なんて無理だから」
よくわからん。転職? ダブルワークが出来るようになるって事?
「とにかく死霊術とやらをレベルアップして、違う力を身に着ける事でアイテムボックスが作れる?」
「そうね」
ここにきて、ようやく異世界の冒険者的な話が出て来た。原理は分からないが、おおよその雰囲気は分かった。
「いろんな力を使えるようになるって事か」
「そうよ。それらの魔法や職をたくさん持っている人は賢者と呼ばれているわ」
「リリスが賢者になるってこと?」
「そんなに大それたことじゃないわ。二つの職を持つのは珍しいけど、他の属性が一つあれば何とかなるんじゃないかしら」
「属性?」
「私のは闇属性そして光属性があるわ。地・水・風・火のどれかとかけ合わせれば、アイテムボックスは作れるかも。だた…」
「ただ?」
「残念ながら知識がないから、闇とどれをかけ合わせたら空間魔法になるか知らないの」
「四つのうちから一つを選ぶのは、賭け?」
「そう。そして、その前に今の力を上限まで持って行く必要がある。でもこの世界なら無理ではないかもしれないの」
「どうして?」
「無限に居ると思えるような人の数よ。それだけに魂もあちこちに回遊している。先のヤクザマンションなんて、とても豊富な場所だったわ。邪念だらけだった」
その言葉を聞いて俺は目の前の雑居ビルを見上げた。逃げた男にユウコさんの恨みを晴らすと、条件が達成されて魂を貰える的な話だったはず。
でも待てよ…恨みを晴らすって事は、あの男を殺すって事? いやいや! それは犯罪行為、流石にそれには加担できない!
「ごめんねリリス。いくら殺人犯でも、手を下すのはまずいかもしれない。そう言うのは警察に任せるべき」
「ケイサツというのは、法の番人みたいなだったかしら?」
「そう」
するとサジマが言う。
「俺達は九条を法の裁きにかけたいんだよ。本当はぶっころしてえけど、あんたら堅気にそんな真似はさせらんねえ。だからせめてサツに捕まればいいと思ってる。俺達以外の殺人容疑もかかってるはずだけど、九条は全然捕まらねえんだ」
「なるほど…」
リリスが深ーく考えこんでいるので俺が言う。
「それならここで見張って、警察に通報すればいいんじゃないかな?」
「そう言う事が出来るのかしら?」
「と思うけど…」
するとサジマが言う。
「アイツはきっとぼったくりバーに逃げ込んでる。このビルはそういう飲み屋が入ってるからな。だからぼったくりバーに客として入って、通報すればもしかしたら…」
「まだ昼間だし、バーはやってないよ」
「確かに」
「じゃあ、ここで待つ?」
「いやあ、そいつはめっちゃ怪しいだろ! 九条は逃げるぜ」
じゃあダメじゃん。とにかくリリスに危ない事はさせられないし、ここは引いた方がいいんじゃないか? 人通りがあるし、そもそもこんなところにつっ立ってたら俺達が通報されそうだ。
するとサジマがぐるりと周りを見る。
「そこのラブホで見張ればいい」
そう言われて俺がぐるりを見渡すと、雑居ビル以外はほとんどがラブホテルのような区画だった。必死に追いかけて来て気が付かなかったが、俺とリリスはラブホテルに来たカップルみたいになってしまっている。サジマは誰にも見えないから。
「ま、まずいよ」
するとリリスが言う。
「見張る所があるの?」
まって! 人生で一度もラブホなんか入った事無い!
「そんなとこに入れるわけないだろ!」
俺が大きな声を出してしまう。すると歩行者が不思議そうに俺達二人を見ていた。よくよく考えたらサジマは見えていないので、俺とリリスが痴話げんかしているように見えているかもしれない。
「あら? 見張れるなら見張りましょ。さっきのやつならまだ中にいるわ」
リリスの言葉を聞いたサジマが言う。
「ほれ! にいちゃん! 彼女がそう言ってんだ腹決めな」
彼女じゃねえし。
俺がまごまごしていると、リリスが俺の手を引いてラブホに入って行く。
「えっ! ええっ!」
どういうところだか知ってんの?
そしてリリスがサジマに聞く。
「どうすればいいの?」
「部屋番号を押して鍵をもらう。恐らく見えるのは四〇二号あたりだ」
リリスがボタンを押す。すると部屋の写真の電気が消えて暗くなった。そのままリリスとフロントに行くと、ちっさい小窓から声がしてくる。滞在の方法と時間の説明や、室内の飲み物などに関しての説明を受けた。それから鍵を渡され俺達はエレベーターで四階に登る。
「えっと、四〇一、四〇二。ここね」
リリスがカギを差し込んでドア開け、俺達と幽霊のサジマが一緒に中に入った。リリスは真っすぐ窓に行って開く。それは全開できるタイプの窓では無く、斜めに薄っすらと開くタイプだった。そこから正面の雑居ビルが見えた。
「見えるわ」
俺もそこに行って外を見る。
「相手が動いたらすぐに出ないと」
「まだ五階にいるわ」
するとサジマが言う。
「あんたらの事、サツだと思ってやがったようだぜ。たぶん夜中まで動かねえと思う」
「そうか」
するとサジマが苦笑いをして言った。
「なんなら、俺が見張っとくからよ。あんたらおっぱじめたって良いぜ?」
馬鹿! 何言ってんだ!
「いや! なにを? おっぱじめるって? とにかくクジョウが急に動くかもしれないし!」
リリスが不思議そうな顔で聞く。
「レンタロウ? サジマは何を始めるって言ってるの?」
「あー、なんでもない!」
俺はつい意識しまくって、部屋をぐるりと見まわしてしまう。
なるほど。ラブホテルってこんな風になってんだ。狭くてベッドしかないし、本当にそれしかやる事無い部屋なんだな…。
するとリリスが俺に言う。
「レンタロウ? それしかやる事ないってなに?」
「いやなんでもないって! 見張りしかやる事無いって事!」
「そ、そうね」
殺人犯を追ってたどり着いたぼったくりバーを、初めて入ったラブホテルで美少女と二人見張る。若干一名幽霊がいるが…と言う異常な状況に、俺の頭はパンク寸前だった。




