第24話 殺人犯と接触する
無造作に知らない人の部屋に入り込んでしまったが、よくよく考えれば住人がいるかもしれないと想像できたはずだった。だが目の前のヤクザ幽霊があまりにもリアルなため、ヤクザ幽霊の家に入るかのような感覚で入ってしまった。
目の前の金髪男がバッと立ち上がり、俺達に対峙して怒鳴りつける。
「お前ら! 誰だ!」
うん、確かにそう言うだろう。知らない奴らが突然入って来たんだから。だがリリスはその男には答えずに、奥にいる女の人に声をかけた。なんでこんなに落ち着いてるのか分からない。
「あなたを迎えに来たわ」
すると奥の女はリリスに答えずに、リリスの後ろの幽霊ヤクザを見て言った。
「なによ、この小娘?」
だが目の前にいる金髪の男は、自分が話しかけられていると思って答える。
「迎えに? 誰から差し向けられた?」
するとリリスがくるりと振り向いて、後ろの幽霊ヤクザに聞く。
「名前は?」
幽霊ヤクザは素直に答えた。
「俺は佐嶋だ」
リリスは部屋の奥にいる女に言う。
「サジマが呼んでる」
「嫌よ、私はまだ復讐してないわ」
どうやら金髪の男には、サジマと女の会話が聞こえていないらしい。奥の女をよく見ると、胸に穴が空いており血が流れていた。この女が、サジマが言っていた一緒に殺された女の幽霊なのは間違いない。地縛霊というやつだ。金髪男はリリスが言った『サジマ』の名前を聞いて軽く表情を変えた。
「なにモンだよ、お前ら」
金髪男に聞かれても、リリスは無視してサジマに聞く。金髪男はガン無視だ。
「どうする?」
それにサジマが答える。
「もう仕方ねえだろ。ここに居たって仕方ねえよ、俺と一緒に行こう」
リリスは振り返って女に言う。
「ここに居ても埒があかないわ。とりあえず行きましょう」
金髪の男はリリスを通りこして俺を見た。
「あんた、もしかして、デカか? この女は一体なんだ?」
ど、どうしよう、俺が警察だと疑われているらしい。聞かれたけど、どんな表情を作ったらいいのか分からずじっと男を見つめてしまった。すると男は両手をひらひらさせて言う。
「前も言ったけど、おりゃ知らねえぜ。佐嶋とは顔見知りってだけだっつったろ」
金髪男だけが勝手に会話している状態だ。だが奥の幽霊女が言う。ややっこしい。
「ここに時おり来るのよ。あいつの顔は忘れないわ」
リリスが振り向いてサジマに聞く。
「時おり来るらしいわよ」
「時おり来るっつったって、俺たちゃもう死んでんだしよ。どうしようもねえだろ?」
そしてリリスが振り向いて女に言う。
「死んでるんだから、何も出来ないって」
それを聞いた金髪男が苦笑いする。
「いやいや俺がシロなのは証明できただろ? 俺にはアリバイがあるんだよ、そして何も見てねえ」
幽霊女はサジマに向かって言う。
「こいつは知ってるんだ。でも警察に言わなかった。コイツが警察に証言さえしてくれればアイツはしょっぴかれた」
「知ってるのに言わなかった…」
「な、なんだよ! おりゃ知らねえって言ったろ」
すれ違っているはずの会話が微妙にかみ合ってておかしな事になっている。金髪男は完全に勘違いしているし、リリスは金髪男を全く相手をしていない。サジマはもうどうでもいいって言ってるし、幽霊女は殺した奴らに復讐したいと言ってる。
とはいえ…とにかくここに長居するのは良くない気がする。
「出直そう」
俺はリリスに言った。
「えっ、でも連れて行くって言ってるし」
「この人も知らないって言ってるし」
「ああそうだよ。俺は知らねえよ!」
俺がそう言うと、サジマと女幽霊が俺に言う。
「「いや! 知ってる!」」
「知ってても言わないみたいね」
リリスの言葉を聞いて金髪男が言った。
「だから! 知らねえって言ってんだろ! そもそもフダ持ってんのかよ!」
ヤバい! このまま行くと不法侵入で訴えられそうだ。
「とにかく出直そう!」
俺はリリスの手首をつかんで、そのまま部屋を飛び出た。何故か幽霊ヤクザのサジマだけはついて来る。
「ちょっとまって! まだ終わってないわ! レンタロウ! どうしたの?」
リリスが俺に聞く。
「あのままあそこにいると、本物の警察を呼ばれてしまうかもしれない」
「捕まるっていう事?」
「そう!」
だがサジマが俺に言った。
「いや。アイツはサツは呼ばねえよ、わざわざ自分の首を絞める事はしねえ」
なるほど。金髪男にも何か弱みがあるって事だ。だが、幽霊女が動きたくないって言うんじゃ、俺達には何もしようがない気がする。
「あの幽霊の女の人は動かないって言ってたし」
「ああ、結子はどうしても諦めらんねえらしい」
なるほど。幽霊の女はユウコって言うのか。って、今はそんな事どうでもいい。このヤクザマンションから出ないと、どんな事になるか分からん。俺達がエレベーターのボタンを押して待っていると、一階からエレベーターが上がって来た。俺は挙動不審に周りをきょろきょろしながら、変なヤクザに絡まれないか心配をしている。
早く! エレベーター来い! 早くぅぅ!
チン!
来た!
エレベーターが開くと、やたら眼付きの鋭い男が降りて来た。するとサジマが言う。
「こいつだ! 俺達を殺した男! 九条だ!」
それを聞いたリリスがぽつりとつぶやいた。
「クジョウ…」
変な気を感じ俺達が後ろを振り向いた時だった。同じタイミングで目つきの鋭い男が振り向く。リリスが静かにそいつに言った。
「あなたサジマを知ってる?」
するとそいつは突然走り始める。俺が呆然と見つめていると、リリスがそいつを追って走り始めたのだった。
「リリス!」
俺も慌ててリリスを追う。リリスを追いながら俺は焦っていた。なんにせよ俺達が追っているのは殺人者だ。危険極まりない事、山のごとし。それに俺は警察でもないしただのサラリーマン。追いかけたところで何も出来ない。
さっきの部屋の前を通り過ぎ、クジョウと呼ばれた男は突き当りまで走る。そしてフッと右側に消えた。俺達がそこに行くと、そこには階段があり足音は下に下っている。
「ちょ、ちょっと待ってリリス!」
「なに?」
俺は階段を降りる前にリリスを止める。
「放っておこうよ。危ないって!」
「それは出来ないわ、魂を貰う代わりに約束したもの」
「そりゃそうだけど、幽霊との約束を守らなくても…」
「ダメよ。契約は成立しているわ」
「契約って?」
「あの女の人を開放するって事」
「じゃあ、そっちを開放すればいいじゃん」
「女から出た開放の条件は復讐よ?」
復讐よ? って言われても、俺はさっきの男に何の恨みもないし縁も無い。それはリリスだって同じのはず。
「知らない人だよ?」
「でも、困っているわ」
確かに。サジマは困っている。だけど生きている人間じゃなくて死んでいる人間だ。人助けと言っても、死んでいる人間までは俺の範疇に入ってない。
「この人、もう死んでるし」
「ゴメンねレンタロウ。こうなったらもうダメなのよ。契約してしまった以上は履行しないといけないの」
「やめたら、どうなるって言うの?」
「このマンションの邪念が一気に私達にかかって来るわ」
なにそれ…怖い。そして俺はサジマを見る。するとさっきまではリアルな人間のように見えていたけど、世にも恐ろしい顔をして俺を睨んでいた。俺の背中にゾゾゾっと悪寒が走り、俺はそれ以上話す事が出来なくなる。
「追いましょう」
「わかった」
そして俺達は階段を一気に下って行くのだった。




