第23話 ヤクザマンション
新宿に戻った俺達は地下道を通って新宿アルタ前に向かっていく。アルタ前に出るとさらに人がたくさんいて、そのまま人の流れにのって横断歩道を渡り脇の道へと入った。
「人が多すぎて、まともに歩けないわ」
確かに足早に歩こうとしても人がいるので、それを避けながら歩かなくてはならない。人だらけの道をぬけて次の大通りの横断歩道を渡れば歌舞伎町だ。
「まあ年末だしね」
「年末って?」
「みんな休みに入ったんだよ」
「ふーん」
先の交差点についたとたんに、リリスはジッと歌舞伎町方面を見つめている。信号が変わり歌舞伎町のドン・キホーテの脇に入った時、リリスは立ち止まってぐるりを見回す。
「どうしたの?」
「昨日から東京を歩き回ったけど、ここは違うわ」
「違うって? なにが?」
するとリリスがスゥっと深呼吸をするように息を吸い込んだ。都会の真ん中だし、どっかすえたような匂いがするので空気は悪い。だがリリスはとても爽やかな、草原にいるかのような顔をして俺に言う。
「ここは素晴らしいわ…」
俺の目の錯覚かもしれないが、リリスが何故か大人っぽく見える。なんというか艶があるような、さっきまでの幼さが残るリリスじゃ無くなったようなそんな雰囲気だ。これなら一緒に居ても警官から呼び止められる事はないだろう。
するとリリスが突然、俺の前をスタスタと歩き出した。人ごみなど関係がないかのように、するりと人をぬけて先を歩いて行く。俺がリリスからはぐれないように必死に歩き出すと、途中の道端にパトカーが止まっていた。警官と店の人が何かの話をしているようだが、リリスはおかまいなしにその話している人の間をすり抜ける。俺はドキッとしながら、警察の後を回り込んでリリスについて行った。警察官は全く俺達を見ていないので、目の前の事に集中しているのだろう。
そのうちドンつきの映画館にたどり着き、リリスは迷いなく右に曲がった。更に突き当たると今度は左へと曲りさらに右に曲がる。まるで誰かを追跡しているように迷いなく進んでいくのだった。
「リリス待って!」
俺が言うとリリスがぴたりと止まり、サっと脇の路地に入り込む。俺がようやくリリスの脇に並んで顔を覗き込むと、薄っすらと笑っているようにも見える。
そしてその路地裏は、女の子と一緒に歩くには抵抗のある路地だった。ラブホテルが立ち並んでいるのだ。だがリリスは迷いなく進んでいき俺は焦りながらついて行く。大きなラブホテルを過ぎた路地裏の交差点でリリスはぴたりと足を止めた。
「リリス?」
リリスはジッとその先にあるマンションを見上げている。心なしかリリスの目が赤っぽい色になっているようにも見えた。
「そう…うん。みんなが…そうなんだ」
「えっと、誰と喋ってるの?」
するとリリスの視線がようやく俺に降りた。
「ここに住んでたんだって」
「誰が?」
「この人」
俺の目の前には誰もいない、だがリリスには確かに誰かが見えているようだ。するとリリスの体から、半透明の腕がするりと出て来た。ヤクザを退治した時にも見えたあれだ。
その瞬間、俺の目の前にガラの悪い男が突然現れた。
「うわ! な、どこから?」
「ずっといたわよ」
「そうなの?」
「この人に呼ばれたから来たのよ」
「呼ばれた?」
リリスが何かを追いかけていると思ったら、目の前のガラの悪い男を追いかけていたらしい。そしてリリスが俺の右腕をスッと持ち上げると、隷属の腕輪が光り輝いていた。
「どうやら私が力を使うとレンタロウと繋がるみたい。それで目の前の彼が見えているのね」
「えっと、リリス。この人は誰? 知り合いなわけはないよね?」
「違うわ、さっき初めて見かけたばかりよ。そして突然見えるようになったのは、レンタロウも生物以外が見えるようになったからよ」
「生物以外って、どういう事?」
「これは死霊よ」
「…」
俺はしばらく沈黙して、だんだんと血の気が引いてくるのが分かった。
「でっ! でたああああ!」
思わず尻餅をついてしまう。
「さっきからいたじゃない」
そう言ってリリスが俺に手を差し伸べた。俺がその手を掴んで立ち上がり、もう一度男をまじまじと見る。するとその胸の辺りが赤く、血がにじんでいるように見える。
「今ならレンタロウにも聞こえるかもね。何か聞いてみたら?」
いやいや。いきなり幽霊に話しかけるなんて…。でもリリスが、ほら! みたいな顔をしているので、俺は渋々男に話しかける。
「あの、あなたは何者ですか?」
「おりゃあ、ヤクザだったんだ。町をさまよっていたら、俺が見えている女が居たんで呼んだ」
しゃ、しゃべってしまった。幽霊と会話をしてしまった。
「えっと、ここは一体?」
「しらねえのか? どっから来たか知らねえが、田舎もんか?」
「まあ、そんなところです」
「ここはヤク〇マンションだよ」
うわ。聞いたことある。まさか俺がヤク〇マンションに来ることになるとは思わなかった。
「て、事は、あなたはヤクザだった?」
「そうだよ」
「そうなんだ」
するとリリスがヤクザの幽霊に聞いた。
「あなたは、なんで私を連れて来たの?」
「未練つーのかな。ここにゃ俺の女も住んでたんだけど一緒に行かねえんだよ」
「そうなのね、それで?」
「俺達は二人まとめてここで殺された。まあ俺の巻き添えってやつだな。だけどよ、俺はここから離れられるのに、俺の女はここから離れられなくなっちまったんだ」
じ、地縛霊ってやつじゃないか? つーか、いま殺されたって言った?
「それであなたはどうしたいの?」
「アイツを解き放ってやりたい」
それを聞いてリリスが沈黙する。ヤクザの幽霊が言った。
「無理か? 仕方ねえ、だけどここに居ると殺した奴をたまに見かけるらしいんだよ」
「開放は出来る。だけどあなたも彼女も私が貰うわ」
「こっから離れられんのかい?」
「そうよ」
「やってくれ! そっちの方がよっぽどいい」
「それがあなた達にとって、いいかどうかは分からないわよ?」
「頼むよ」
「分かったわ」
ヤクザの幽霊がそのマンションに入って、リリスが後ろをついて行き俺も慌ててついて行った。身の危険を感じつつヤク〇マンションに潜入するのだった。
最初にオートロックが見えて来る。暗証番号を押すタイプのようだ。
するとリリスがヤクザに聞いた。
「どうするの?」
「中からなら何もしなくても開くんだがなあ」
「あらそう」
リリスの体からフワリと透明な腕が伸び、中からそのドアを押すとドアは抵抗なく開く。そのまま俺達はマンション内に侵入してしまった。幽霊ヤクザが真っすぐエレベータに向かい、リリスと俺もその後をついて行く。
「どうするの?」
「十階だ」
俺が上のボタンを押すと、エレベーターが開いたので中に乗り込む。すぐに十階のボタンを押すとドアが閉まり、上に向かってエレベーターが昇って行く。エレベータ内で二人と幽霊一人は黙っていた。
チン! 十階についたので俺達はヤクザの幽霊について降りると、通路を先へと進んでいった。
「ここだ」
幽霊ヤクザは、ある部屋の前で立ち止まった。リリスがドアノブに手を伸ばそうとするので、俺はそれに待ったをかける。
「指紋が」
「あ、そうね」
リリスはまた半透明の腕を出してドアを掴んだ。
「鍵がかかっているわ」
「多分、中からなら開けられるぜ」
するとドアの横からするりと半透明な腕が入り込み、ガチャンと鍵が外れる音がしてそのままドアが開く。幽霊の男が先に入って、リリスと俺が廊下を進み部屋のドアを開けた時だった。
「ん?」
「あ?」
中のソファーで金髪の男がこちらを向いて座っていたのだった。




