第20話 共同生活
とりあえず二人で飲み物を飲んでホッと一息つくと、リリスも疲れたような表情をしている。俺はさっきの気になった事を聞いた。
「えっと、サラマンダーだっけ?」
「ええ」
「火の精霊って事は火を出すの?」
「そう。恐らくそれで店は燃えたわ」
「うわあ…店主さんに何て言ったらいいか」
だがリリスは手を振って言った。
「違うわ、火は消えたのでしょう?」
「小さいボヤで終わった」
「なら良い事なのよ」
「いい事って? それで開店が遅れたみたいだけど」
するとリリスは指を左右に振って言う。
「そういう事じゃないわ。サラマンダーは恐らく邪気を感じて焼いたのよ、むしろ今のあの焼け跡には邪気は無く魔力の残滓が残っていただけ」
うん。言ってる事がさっぱりわからない。
「どう言う事?」
「邪気っていうのがあるの。邪念とか邪悪とか言うでしょ? 多分あそこで人が死んだか前の家主が嫌な思いをしたか、その邪念が残っていたんだと思うわ。それがサラマンダーによって焼かれたのよ。だから、これからあそこで商売をするならとても縁起がいいわ」
「そうなの?」
「全く邪気がないんだから」
なるほど。それだったら、あのまま出店するより情況が良くなったと言う事か。アパートの火災保険も適応になったらしいし、大工さんは仕事を早く進めるために年末でも来てくれてたし。美咲さんの運気は上がりつつあるのかもしれない。
「と、言う事は、サラマンダーは邪気がある場所に出るって事?」
「そうよ。精霊は邪気を食べるから」
「そうなんだ」
美咲さんには朗報ではあるが、こんな事を言ったところで信じてはもらえない。とにかくサラマンダーは邪気を焼いて店を綺麗にしたって事らしい。
それを聞いて美咲さんに貰った羊羹に目を向けると、何か縁起が良さそうに見えて来た。
「これ食べようか。その店主に貰ったんだ」
「うん」
俺はとらやの羊羹を切って皿に盛りつけ爪楊枝を刺した。それとペットボトルの緑茶とコップを二つ持ってくる。
「これにはこの飲み物が合うよ」
「そうなのね」
羊羹を食べると、濃厚な小豆の美味さが口いっぱいに広がりそれを緑茶で流しこむ。
「うまっ」
リリスも羊羹を食べ、緑茶をコクリと飲んだ。
「とても合うわ」
「でしょ」
「火事の情報をもう一度調べて」
「そうだね」
俺はノートパソコンでブラウザを開き、世田谷 火事 情報 と入力した。するとさっきと同じように、二十四時間以内に火事情報はありません。と出た。
俺がカチカチとインターネットの入力をしていると、横から覗くリリスの顔にドキッとする。昨日は俺の家のシャンプーを使ったはずなのに、それとは違った良い匂いがした。一日中一緒に外を出回っていたというのに、なんでこんなにいい匂いがするんだろう。
「そうだ」
俺は次に 六本木 ヤクザと調べてみた。するとマップにそれらしい場所が出て来る。
「あ、ここかも」
リリスがじっと見るので、マップの説明をする。
「これは世界中が見れるんだよ」
「そんな凄いものがあるの?」
「そうなんだよ」
俺はストリートビューで、今日歩いた道をリリスに見せた。
「本当だわ。今日歩いたところ…」
「買い物したところもあるでしょ」
「本当だ」
「このマウスってやつで動かすんだ。やってみる?」
俺がリリスの手に手を重ねてマウスを操作すると画面の風景が進んでいく。
「面白いわ」
「どうぞどうぞ、やっていいよ」
「うん」
俺が隣で見ていると、リリスはストリートビューで町を進んでいく。東京の街が珍しいようであちこちを見ていたが、俺はそれを見ながらウトウトしてしまう。体は疲労感でいっぱいでヒーターの温度も心地よくなってきた。
気づけば俺はリリスの肩に頭を乗せていた。
「あ、ごめん」
「疲れたのね。今日はもう寝た方が良いんじゃないかしら?」
「リリスは?」
「もう少し見てていい?」
「いくらでも」
俺はベッドにもたれる。心地よくて横になってしまい、そのまま眠ってしまったのだった。
そして俺はおかしな夢を見てしまう。あのゾンビにしたヤクザたちが俺を襲って来るホラーのような夢だ。ゾンビはいくら倒しても立ち上がってきて俺に縋り付いて来る。
「は!」
夜更けに目を覚ますと、いつの間にか俺に布団が掛けられていた。そしてそっと横を見るとリリスの寝顔があった…
うお!
飛び起きたりすれば、リリスが起きるかもしれないので声を出すのを堪える。
なんで…一緒に寝てるの? えっと、なんかリリスはシャワーを浴びたのかな? 髪の毛を解いて若干湿っているようだ。パソコンはスリープモードになっているようで部屋は暗い。
その時だった。リリスがスッと俺に腕を回してくる。
「う、うーん…」
えっ! な、なに?
だがリリスは寝ていた。どうやら寝返りを打って、たまたま俺に腕を回す形になったらしい。俺はそっとその腕を外して布団の中に入れてやった。
しかし彼女なんていたことないので、こう言う事に耐性が全く無い。もちろんリリスは彼女ではなく、突然クローゼットから現れた違う世界のネクロマンサー。だから俺はやましい気持ちなんか持っていない、なんせ彼女は未成年なのだから。
ハッ!
そこで、俺は初めて気が付いたのだった。
彼女を元の世界に戻す事が出来なければ、この六畳のワンルームで共同生活をしなければならない。占い師も霊媒師もあてにならなかった。挙句の果てにヤクザをゾンビにしてしまっている。さらには火の精霊サラマンダーとやらを、この世界に解き放ってしまっている。
いつまでいるんだろう?
俺は彼女を起こさないようにそっとベッドを出て、服をスエットの上下に着替えた。
俺は、自分のダウンジャケットをひっかけてまた床に眠るのだった。




