表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/62

第19話 サラマンダー

 タクシーが最寄りの交差点に近づいて来る。会社の飲み会帰りの時はタクシーを乗り合わせして、いつもそこの交差点で降りていた。俺はタクシーの運転手に告げる。


「あの、コンビニとヘアサロンがある交差点を右にお願いします」


「はい」


 激動の一日を乗り切り、タクシーに乗っているうちに疲労感がどっと出てきた。歩くのが面倒になり、そのまま細い路地に入って家の近くまで行ってもらう事にする。静かに夜の街を眺めていたリリスが俺の方を向いた。


「そう言えばこれなんだけど」


 リリスが例の皮のバッグを俺の目の前に掲げた。


「ん?」


「これ、どうやって手に入れたの?」


 そのバッグは美咲さんの車の中に入っていたもので、デニムパンツとマフラーと一緒に購入した。美咲さんが言うには、火事になった焼け跡で燃え残った物らしい。だがリリスはそのバッグを通じて、この世界にやって来たのだと言っている。


「開店前の古着屋さんで買ったんだよ」


「古着屋? それはどこにあるの?」


「これから通るよ」


「そうなの? 見たいわ」


 リリスが言うので、ひとまず踏切を超えた所でタクシーを止めてもらった。料金を払って降り俺はリリスに言う。昨日より更に冷え込んでいるらしく息が白い。


「こっちだよ」


 俺はリリスを美咲さんの店の前に連れて来る。ブルーシートがかかっており、中は暗くて誰も居ないようだ。年明けに工事をすると言っていたので、何も手は付けられていないようだ。


「えっ? これが店?」


「いや。火事になって焼けたんだよ。鎮火が早くてボヤですんだけど」


「…そう」


 リリスはなにかを考え込むように顎に手を当てた。とりあえず寒いし早く家に帰ろうと告げようとした時、リリスが無造作にブルーシートをあげて中に入って行ってしまう。


「ちょ、ちょっと! まずいよ! リリス!」


 リリスは俺の制止を聞かずに、店の奥に消えてしまった。俺は慌ててリリスの後を追う。リリスは店内のあちこちをきょろきょろと見まわした。


「勝手に入っちゃダメだよ。出よう」


 だがリリスは俺の言葉が耳に入らないのか、店の角の方へと向かっていく。そして唐突にしゃがみ込んで、角をじっと見つめてた。


「どうしたの?」


「魔力の残滓があるわ」


「えっ?」


「もう消えているけど、魔力が通った後がある」


「…なにそれ?」


 そしてリリスはもう一度店内を見回して、深刻な表情を浮かべた。


「リリス?」


「ここ…火事になったのよね?」


「そうだよ」


「その前ってどうだったのかしら?」


 その前って…、うーんと…確か。


「そう言えば火事の日、ここを通りかかった時に中が点滅していたかも」


 俺が会社の帰りにここを通った時に店の中が点滅していた。イルミネーションか何かだと思ったが、あれがどうしたというのだろう?


「ふうっ…」


「何か気になる事でも?」


「多分だけど、私以外にもこの世界に来たものがいるわ」


「え? なにそれ?」


「精霊よ」

 

 またRPG設定が出て来た。精霊自体俺は良く知らないがエレメント的な霊だったけ?


「精霊ってなに?」


「火、水、風、地の四大元素に宿る生き物よ」


「意味が分からない」


 だがリリスは俺への説明を止めて焦った顔をした。


「マズいわね」


「どう言う事?」


「サラマンダーは火の精霊なの。私が捕獲しアイテムボックスに入れたのよ」


「火の精霊? って事は、ここが火事になったのって?」


「多分サラマンダーの仕業かしら。この世界にサラマンダーを解き放ってしまったわ」


 なんかヤクザのゾンビ化に引き続き、とーってもまずい事が起きているようだ。そしてリリスが言う。


「精霊がいたずらしたのね」


「ど、何処にいったんだろう?」


「精霊術を持って探さないといけないけど、私は残念ながら精霊術は使えないわ」


「リリスの術ってなんなの?」


「死霊術よ」


 空恐ろしい術だ。だがサラマンダーもやばそうではある。そしてリリスが言う。


「火事の情報が知れれば、もしかしたら居場所がわかるかも」


「それならインターネットで」


「どうすればいい?」


「スマホでも探せるし」


「調べて」


 俺は言われるままに、スマホで火事の情報を調べる。


「えっと、ここが燃えてから昨日この町では火事の情報はないみたい」


「そう」


 とにかく人の敷地にずっといるのはまずい。俺はリリスを連れて自分のアパートへと向かう。そう言えば美咲さんはどうしているのだろう? 俺達がアパートにつくと、美咲さんの部屋の電気がついていた。


 でも、リリスをなんて紹介したらいいんだろう? こんな未成年の美少女を部屋に連れ込んでいるなんて知られたら、俺は美咲さんに嫌われてしまうかもしれない。


「隣近所に迷惑がかかるかもしれないから静かに」


「わかったわ」


 アパートの階段を上って行くと、俺の部屋のドアノブにビニール袋がぶら下がっていた。俺がそのビニール袋の中を見ると、なんと羊羹が入っている。そして中に手紙が入っていて差出人は美咲さんだ。


 手紙にはこう書いてあった。


_お疲れ様です。大家さんがお見舞いにと、とらやの羊羹をくれました。二本は多すぎるので一本おすそ分けです。美味しいので食べてください。美咲_


 俺はサッとその袋をとって、静かにドアを開けリリスを先に入れる。


 美咲さんが、俺に気を使ってくれた! めっちゃ嬉しい! な、何かお返ししないと!


 と俺がそわそわしていると、リリスが聞いて来る。


「どうしたの? 気分が高揚しているみたいだけど?」


「あ、ああ。何でもない」


 ワンルームの部屋に入ると、いつもの隣りの外国人の歌声が聞こえて来る。相変わらず騒がしいが俺は全く気にならなかった。なにせ美咲さんが俺に羊羹をくれたのだから。


 だが…ちょっとまてよ。あの火事の原因が、火の精霊サラマンダーにあるんだったっけ? だとすると俺は放火した犯人を知っている事になる。でもそれを美咲さんに言ったところでサラマンダーなんて信じないだろうし、むしろ俺が怪しまれるかもしれない。


 とりあえずサラマンダーの事は、俺とリリスだけの秘密にしておこうと思うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ