第18話 職務質問
焼き肉の匂いをプンプンさせながら、首都高の上の歩道橋を渡り階段を降りて恵比寿方面に歩く。そこでタクシーを待とうと思っていたが、少し歩いたあたりにコンビニがあったのでリリスを連れて入った。そこそこ人も入っており、客も店員もチラリとリリスを見る。
「喉乾いたな、リリスは?」
「少し」
並ぶ飲み物を見ていると、リリスが嬉しそうに目をキラキラさせた。
「これはなに?」
「飲み物だよ」
「そうなんだ。もしかしたら朝飲んだあれ?」
「そ、朝はミルクティーを飲んだよね」
「飲みたい」
リリスはミルクティーを俺は炭酸を買う。コンビニを出た歩道でペットボトルを袋から取り出し、ふたを開けてリリスに渡した。リリスはミルクティーをコクコクと飲んでニッコリ笑う。直視するとその美貌にやられてしまいそうだったので、俺はサッと目を伏せた。
「美味しいわ」
俺も炭酸を飲んで一息つく。
「ふぅー、スッキリする」
「それはどういう味なの?」
「ただの炭酸水だよ?」
リリスが炭酸水をじっと見ているので、俺はリリスに聞いてみた。
「飲む?」
リリスがコクリと頷いたので、俺は自分のペットボトルを渡し一口飲ませた。
「味は無いのね?」
「ただの炭酸水だからね」
「ふーん」
そう言ってリリスは俺にペットボトルを返す。俺はそのペットボトルをじっと見つめる。
えっと、あれ? これ飲んでいいの? 美少女が飲んだ後で? 間接?
俺はまるで厨二のように迷っているとリリスが言う。
「どうかした?」
「い、いや」
そうだ。リリスは俺の心がわかるんだった。何も考えるな! 何も考えずに!
ゴクリ。
俺はすました顔で炭酸を飲んだ。今までは未成年の女の子だと思っていたけど、一緒のペットボトルを飲んだことでつい意識してしまう。車はビュンビュン過ぎていくが、なかなかタクシーは来なかった。俺とリリスはコンビニの前で静かに飲み続ける。
だが、なんと俺が来てほしいタクシーでは無くパトカーが走って来た。
「リリス、歩こう」
「ええ」
俺達はパトカーに背を向けるように歩き始める。俺の取り越し苦労だったのか、パトカーは俺達の脇を通り過ぎていった。
ほっ。
ホッとしたのも束の間だった。なんとパトカーは俺達の少し先で止まったのだ。俺は何故か反射的にリリスの手を引いて、来た道を戻ろうとした。明らかに挙動不審だったかもしれない。
「こんばんわ」
後ろから声をかけられる。仕方なく振り向くと、警察官が二人こちらに向かって来た。
ヤバい…。未成年を連れているとわかったら、いろいろとまずいぞ。
「はい」
「これからどちらへ?」
「はい。家に帰る所でした。タクシーを拾おうと思って」
「ふーん。なるほどねえ…」
そう言って警察官は俺を見た。顔は笑っているのだが、間違いなく何かを疑っているように見える。さらにリリスを上から下までじろりと見て言った。
「免許書とか身分証明出来るものはある?」
警察官は三十代くらいの男と、二十代後半くらいの女性警官だった。
「あ、持ってません」
咄嗟に嘘をついた。いろいろとまずい事になりそうな予感がする。
「そうなんだ。その袋は何?」
「あ、さっき渋谷で買い物をしてきました」
「そうかそうか。それから焼き肉を食べて帰る所か」
俺達はどうやら焼き肉屋の匂いがするらしいが、なんでそんなことを言うのだろう?
「そうですね」
「焼き肉を食べてこれからどこに行くの?」
ちょっとムッとする。さっき言ったのに。
「ですから、家に帰るところです」
すると女の警官がリリスに話しかけた。
「あなたはいくつかな?」
やっべえ。未成年と歩いていると思って目をつけられたらしい。だが リリスの答えが意表を突いた。
「二十二歳」
「んー、身分を証明するものある?」
「持ってません」
「そっかそっか」
すると男の警官が俺に聞いて来た。
「君は?」
「二十六歳です」
俺はアラサーだ。なぜか微妙な嘘をついてしまった。
「二人の御関係は?」
いやいや。そんな個人情報まで聞くの?
「えっと」
俺が口ごもっていくと、リリスがはっきりと言う。
「隣人です。同じアパートに住んでいるので、帰る方向が一緒だったんです」
警察官は俺とリリスをじっと見比べて言った。
「ごめんなさいね。未成年に見えたものだから、持ち物検査とかしても良いかな?」
うえっ、財布には免許証が入ってて咄嗟に言った嘘がバレてしまう。俺がとても焦った顔をしていると、リリスがスッと警察官の二人の前に手をかざした。すると二人の警察官が一時停止したようにその場に固まる。
「レンタロウ。それを私に」
どうやらリリスは俺の意識を呼んだらしい。俺が財布をリリスに渡すとリリスが俺に聞いて来る。
「どれがまずいの?」
「えっと、このカード系全部」
「わかった」
そう言ってリリスは財布からカードを全部抜いて、唐突に自分のスカートをまくり上げる。びっくりして俺がそっぽを向いていると、リリスが財布を返して来た。
「はい。あとそれも」
俺はポケットに入っていたヤクザの金をリリスに渡した。リリスはそれを胸元からスッと服の中にしまう。そして俺は免許をぬいた財布をポケットにしまった。
リリスが警察官からスッと手をどける。
「君の持ち物検査をしていいかな?」
「ど、どうぞ」
すると男の警官が俺の体をまさぐって、財布のあるのを確認した。
「財布は見せてもらっても?」
「はい」
「じゃあ開けてくれる?」
「はい」
そう言って俺は財布を取り出して見せた。免許や保健所は抜き取っている。
「あ、本当に身分証は入っていないんだね」
「はい、普段は持ち歩かないので」
すると今度は女の警察官がリリスに言う。
「ちょっと調べさせてもらっていい?」
ギク! 今度はそっち?
そう思っていると、またリリスが警察官に手をかざす。たちまち一時停止のようになって固まった。そしてリリスは胸からヤクザのお札を取り出して俺に渡してくる。
俺がそれを手に取ると、ほかほかに温まっていた。それにドキッとしながらも俺はそれをポケットにしまう。さらにリリスはバックの中からピンクの液体の入った瓶と、綺麗な石を抜き取って俺に渡してきて警察官から手をどける。
女警察官が言った。
「失礼します」
リリスのバックを検査をするが、もちろん何もない。だが女警官は言う。
「あなた、財布とかお金を持っていないの?」
するとリリスが堂々と言った。
「御馳走してもらった」
「そう」
そして二人の警察官は顔を見合わせて言った。
「問題ないかな」
「そうですね」
「お手間をとらせました。気を付けてお帰り下さい」
「は、はい」
でも少しムカついて来る。そこで俺は少し反論した。
「でも、なんでボクらを呼び止めたんです? おかしなところは無かったと思いますけど?」
すると男の警察官が言った。
「えっと、彼女がちょっと目立ってたからね。髪の色も派手だし、ちょっとお話を聞かせてもらおうと思ってね」
髪の色で? まあ確かに目立つけども。
「じゃ、行っていいですか?」
「はい。お手間をとらせました。お気をつけてお帰り下さい」
「はい」
なんかめっちゃムカつく。何も悪い事していないのに、こんな上から目線で言われるんだ。だが俺はそれ以上警察官と揉めたくないので、リリスの手を取って恵比寿方面へと歩き出すのだった。
「レンタロウ、腹を立てているの?」
「だって、何も悪いことしてないし。リリスのその髪色は地毛だし、あんな念入りに調べられるなんて思ってなかった」
「でも無事だったじゃない?」
「まあ、そうだね」
年下のリリスになだめられて俺は少し恥ずかしくなる。そこにようやくタクシーがやってきたので、すぐに停めてリリスを先に乗せるのだった。
 




