第17話 渋谷で焼肉
冬は午後六時をすぎれば暗くなる、だが東京はまるで昼間のように明るかった。タクシーの窓から外を眺めリリスが目を丸くしているが、この町の夜が珍しいようだ。
「暗くならないのね?」
「そう。東京は眠らない町と言われているんだ」
「光り輝いているわ」
タクシーを降りた俺達は、再びマルキューの店に足を運んだ。すると昼間の店員が声をかけて来る。恐らくリリスは一度見たら忘れないと思う。
「いらっしゃいませ。何かございましたか?」
恐らく返品をしに来たと思ったのだろう。俺はたじろぎながらも答える。
「いえっ。えっと、また買いに来たんです」
「えっ! そうなんですね? それはありがとうございます」
「昼に買ったのと同じのはありますか?」
すると店員は商品を見に行った。
「すみません。同じものはあるのですが、恐らくサイズが合わないかと」
リリスにあてがいながら見ているが、確かに大きいようだった。俺がリリスに言う。
「違う店にしようか?」
「ここでいい。レンタロウと最初に来た店だから」
どうやらリリスにもこだわりがあるらしい。そしてリリスが店員に聞いた。
「全身黒ならいいわ。私に合うサイズがあるかしら?」
「少々お待ちください」
店員は店内を探し二着ほど持って来た。だが昼間に買った長袖のロングワンピースとは違う、黒の上着とフレアのミニスカートのセットだった。
「申し訳ございません。いまあるのでサイズが合うとなるとミニスカートになりますね」
「着てみる」
そう言ってリリスが試着室に行く。俺はデジャブかと思えるように一人でポツンと待たされた。俺が店員に呼ばれて行くとリリスが服を着替えて出て来る。
「どうかな?」
年相応だし、とてもかわいく見える。
「可愛らしい。似合っていると思う」
俺がそう言うと、店員も言った。
「本当です。というか、モデルさんとかではないですよね?」
「あ、違いますよ」
「そうですか。見たことないですが、タレントさん?」
なるほど。これだけ顔立ちの整った女性と、俺みたいなモブを見ればそんな風に想像するのか。俺はその勘違いに便乗する事にした。
「あの、彼女はまだ無名なので」
「失礼いたしました。お客様には、お昼のロングワンピよりもこちらの方がお似合いですよ」
「なら、これにする」
「もう一着は?」
「いらないわ」
ヤクザに貰った金で会計を済ませて三階の店にも行ってみる。しかしそこでもすでに大人しい服はサイズ切れしており、フレアミニスカートのフリフリの服の上下を出された。だがリリスはそこでも俺が褒めた服を選ぶのだった。
「ほんとにいいの?」
「いい」
結局、黒に赤と白で装飾されたメイド服のような衣装だった。更に再び下着の店に行くと店員が少し訝しげな表情をする。
「えっと、今日のお昼にもいらっしゃいましたよね?」
「は、はい」
確かに可愛い未成年の女の子を連れて、一日に二回も下着屋にくれば怪しまれるよな。未成年の女子に下着を買う成人男性の事を、この店員はどう思っているのだろう?
そんな俺の気持ちはお構いなしに、リリスは下着を見せて聞いて来た。
「こっちとこっち、どっちがいいかしら?」
「あ、もし気に入ったのなら、二つ買ったらいいと思う」
リリスがぴたりと止まり考える。
「そうね。戦利品よね?」
「そうそう!」
「じゃあ…」
結局ブラも下着も二着ずつになった。店員の怪しそうな目に見送られながら、俺達は店を出る。スマホを見ると既に七時を過ぎていたので、俺はリリスに聞いた。
「お腹減ったんじゃない?」
「少し…」
リリスは若いから、本当は三時のおやつなんかがあっても良かったんじゃないだろうか? ヤクザに襲われたりしてたから、ずっと張り詰めていたので忘れていた。気づけば俺も腹が減っている。
「何か食べたいものはある?」
するとリリスは即答した。
「肉が食べたいわ」
「えっと、肉が好きなの? パスタとか寿司とかもあるけど」
「それは知らないけど、肉は好きよ」
俺が行きたい店はすぐに頭に浮かんだ。このトーキューからは少し歩くが、わからない店に入るより確実に美味い店がいい。俺は迷わずトーキューを出て右に向かった。道玄坂をしばらく歩いて行き、左に曲がると焼肉屋の看板が見えて来た。ここは何度も行った事のある大衆焼き肉だ。
店の前に立つとリリスが言う。
「いい匂いだわ」
「でしょ? 美味いよ」
「楽しみだわ」
一組だけ店頭で並ぶ客が居たが、年末だからか割と空いていた。俺達が並ぶと前に並んだ三人組の男がちらちらとリリスを見てくる。まあ…無理もない、今日は散々こういった光景を見て来た。リリスを一人にすると何度もナンパされてたし。
いよいよ俺達が店内に呼ばれる。
「いらっしゃいませー」
俺達は席に通されてメニュー表を見る。すると面白いコースがあったのでそれを店員に告げた。
「あの、すみません。このコースを二人分お願いします」
「かしこまりました。お飲み物は?」
あ…リリスは未成年だ。もしかしたら酒を飲むのかもしれないが、未成年に酒を勧めたとなると後々問題になる。
「えっと、ウーロン茶を二つ」
「かしこまりました」
そして早速コースが運ばれてきた。リリスの為にフォークを貰い、俺とリリスは同じ皿にのったセンマイ刺を口に入れる。
「センマイ刺しはどう?」
「おいしいわ。内臓をこんな風に調理できるのね」
なるほど、リリスは食べたことが無かったらしい。そして次にハツ刺しを食べてみる。
「うまっ。ハツ刺しもうまいよ」
「サクサクして、歯ごたえがあるのね」
すると次にユッケが運ばれて来た。卵を崩してそれを口に入れる。
「ユッケ、うんまぁ!」
「これも生なのね。ユッケか…」
そう言ってリリスが口に入れた。
「なにこれ! 美味しい…」
どうやらリリスはユッケが好みだったらしい。リリスは先ほどからキムチやサラダには見向きもしない。俺は自分のサラダをすっかりと平らげてしまう。
次にタン塩が運ばれて来た。俺はそれ焼き肉の網に乗せる。ジュウジュウと音をたてて肉汁が滴った。そして火が通ったタン塩を、レモン汁を絞ったリリスの皿に乗せてあげる。
「どうぞ、これはタン塩」
「うん」
パクッ!
「うわぁ‥」
「どう?」
「おいしい。さっきの生肉も好きだけど、これが美味しいわ」
「よかった」
俺がハラミを焼き始めると、これまたタレの香ばしい匂いがたちこめた。リリスはどことなく、うっとりしているように見える。やはり肉が大好きらしい。
「はい、ハラミ」
パクッ。
「はふはふ。うわぁ…おいしい…」
リリスのうっとりした表情に俺も思わずうっとりしてしまった。美少女過ぎてその表情は神々しくすら思えて来る。次に炙りカルビを焼き、俺はリリスの皿に卵を割ってハシで溶いてやった。
炙りカルビが焼けたので、卵の皿に肉を入れる。
「どうぞ! 炙りカルビだよ。その卵につけて食べて」
パクッ!
もう、リリスの目がキラキラして来た。既に声も出ないようだった。
「どう?」
「極上…とろけるわ」
「おいしいでしょ」
「うん」
次に冷麺が運ばれてくる。俺がそれを食べるとリリスも真似をしてフォークで食べた。
「さっぱりするわ」
「でしょ」
「おいしい」
あらかた、肉が無くなってしまったので、俺はリリスに聞いた。
「おかわりしたいのとかあった?」
実はマルキューの服代と焼肉コースを支払っても、ヤクザの金はまだ余る。出来れば使い切りたいと思ってはいるが、今日で全部は使い切れないだろう。
「いいのかしら?」
「もちろん」
ちなみに俺はリリスの分のサラダとキムチを全て食べ、焼き肉と一緒にご飯を食ったのでかなり腹はいっぱいだった。リリスは肉しか食っていないので物足りないんだと思う。
「肉がいいわ」
俺は改めてメニューを見る。
「すみませーん」
店員さんが来たので聞いてみる。
「コース以外にも追加で頼んでいいですか?」
「どうぞ!」
「えっと、カルビとフィレロースと特選ハラミ、あとホルモンミックスをお願いします」
「かしこまりました」
すぐに再び肉が運ばれてくる。俺が焼いてリリスの皿に乗せると、パクパクと次々に食べていった。やっぱりご飯とサラダを一切食べない分、食べ足りなかったらしい。
「おいしかったわ! お腹いっぱい」
「満足したならよかった」
結局会計は三万ちょっとしか行かず、マルキューの買い物と合わせても十万くらいしか使えなかった。俺がポケットで確認した限りでは六万位はある。お会計を済ませると店員さんが優しく見送ってくれた。
「またお越しくださいませー」
俺は店員にぺこりとお辞儀をしてリリスを連れて出る。もちろん買い物袋も忘れずに持ってきた。普通女の子ならおしゃれな服を着ての焼肉は嫌いそうだが、リリスは大満足の顔をしている。
「すごく良かったわ」
「気に入った?」
「そうね。なんていう料理?」
「焼肉だよ」
「私、焼肉は好きよ」
「そう? よかった! 喜んでもらえてうれしい」
しかしあまり夜遅くに未成年を連れて歩くのはまずい。下手をすると職質を受けてしまう可能性がある。
「じゃあ、帰ろうか」
「そうね」
タクシーは駅に行けば拾えるが、大通りでもすぐに拾えるだろう。俺はリリスを連れて首都高の上の歩道橋を渡り、タクシーを拾えるところに向かうのだった。




