第15話 ヤクザをゾンビにしました
俺とリリスは見知らぬ反社事務所のようなところにおり、部屋には合計六人の死体がある。チンピラ四人にスーツの男、そしてオジキと呼ばれたおじさん。とにかくヤクザっぽいのが、苦しそうな顔で倒れておりピクリとも動かない。さっきまで俺を東京湾に沈めるとか本気で言っていたヤツラが、この世の終わりのような顔をして床に転がっている。
殺すと言われていたので、返り討ちにしたと言う事になるだろう。だが、いざ転がる死体を見ると、とってもまずい状況になった事に震えが来る。だって俺は数時間前まで平凡なサラリーマン人生を送っていたのだから。
こいつらは本当に俺を殺す気だったのだろうか? 脅しのための台詞だったのかもしれない。それなら一方的に殺したことになるが、そもそもこれは正当防衛と言っていいのだろうか? 法律がさっぱりわからないのだが、どうしたらいいかな…
俺がパニックになっているとリリスが言った。
「帰りましょう」
リリスは平然とした顔をしている。
「えっと、ちょ、ちょっとまって。どうしよう? これは恐らく法を犯してしまったかもしれない、警察が来たら捕まっちゃうかも」
「そう…そういう法律なのね?」
「たぶん。直接手を下していないからどうなるかわからないけど、ここに居た事がバレれば捕まると思う」
「どうやってここに居たことがわかるの?」
「二人の指紋。手で触ったところを調べて探すとか、近隣の目撃証言とか? あ、でも車で連れ込まれたからそれは無いか」
「まだ私とレンタロウはどこにも触っていないわよ。強いて言えばそのテーブルに置いた紙の束くらい?」
テーブルの上には俺が『受け取らない!』と言って置いた紙幣がばらけている。確かにがっちりつかんだので、これには指紋がついているだろう。
「そういえば、この紙幣くらいしか触っていないか…」
「それを持ち去ればいいじゃないのかしら? 普通は盗賊を討伐したら金品は戦利品となるのよ」
「えっ? でも…まあ、この人達は盗賊と言うかヤ〇ザだと思うけど。こんな金を受け取ってはいけないというかなんというか、モラルに反すると言いますか」
強盗殺人って感じにならないだろうか? 証拠を消せば、まさかヤ〇ザを大量に殺害したのが俺達だとはバレないだろう。このお金は一度もらったものだし証拠は残せないし。でもヤクザの金を奪うというのは、とんでもない事だと思うんだ…。どうしよう?
「レンタロウ、受け取りなさい」
「仰せのままに」
隷属の腕輪がきらりと光っている。
「じゃあ、帰りましょう」
「ちょっとまって! いきなり外に出たら人目につくかもしれない、たぶんこのあたりは繁華街だと思う」
「そうか…」
証拠は残してないと思うけど、日本の警察は優秀だし念には念を入れないと。とうとう俺は犯罪者の仲間入りをしてしまうのか…
「まずは部屋を出て、様子をみてみよう」
俺が狼狽えながらも、ドアノブを握ろうとした時だった。リリスが俺を止める。
「触ったら調べられて捕まるんじゃないの?」
「あ、そうだった。えっと服を脱いで、取っ手に巻いたら指紋つかないかな?」
「そういうことならば、こいつらに開けてもらえばいいわ」
そう言ってリリスは転がっている死体を見る。とはいえ苦しそうな顔をして死んでいる彼らに、どうやって開けてもらうというのだろう? 彼らの手を持ちあげて開けるとか? だと彼らに指紋が着くような気もするし。
「どうやって?」
「簡単よ」
すると唐突にリリスが空中に手をあげた。何事かと見ていると、天井の付近や周りの何もない空間から、白いボヤっとしたものが浮かび上がって来る。それらが一塊になったと思ったら、六等分して床に転がっている死体に吸い込まれていった。
すると…。もぞもぞ…と死体が蠢いている。
「う、ううう」「あがあぁぁ」「あぐぅぅぅ」「おおおおお」「うぎぎぎぎ」「ぐうぅぅぅ」
床の男達が突然起きて来る。
「なんだー死んで無かったんだ! じゃあよかった」
俺がホッと胸をなでおろす。
いやホッ! じゃない! 安心はできない! また暴力を振るわれるかもしれないから、生きているのなら放っておいて脱出するしかない。だがリリスが、おかしなことを言う。
「死んでるわよ?」
「何言ってるの? 動いてるよ!」
「この男達の魂が、まだ部屋にいたから適当に混ぜて分割して憑依させたわ」
ん? なになになになになになに?
「魂をなんて?」
「分離して憑依させた」
俺は改めて立ち上がった男達を見る。
「おおおおお」「ごふしゅ」「ぐあぉぉぉ」「ぐぅぅぅぅ」「あがぁぁぁ」「あうぅぅぅ」
うん。確かに様子がおかしい。目は移ろというかどこにも焦点が定まっておらず、動きもぎこちなく生彩を欠いてるような気がする。
「これは…」
立ってゆらゆらしている男達を見て、俺はある物を思い出す。
「ゾンビ?」
「あ、そう。この世界にもゾンビいるの?」
「映画の中だけ。実際にはいないと思うけど」
「そういう概念はあるのね、じゃあ説明の手間が省けたわ。ちょっと待ってましょう、魂の定着がしっかりしたらもう少しまともになるわ。こんな奴らに力を使いたくないから、いい加減な術になっちゃったし」
少し待っていると、確かに男達の動きが少しずつまともになって来た気がする。
「よし!」
リリスが大きく頷いた。なにが、よし! なのか俺には分からない。
「大丈夫よ。普通に動くわ」
「普通に動くって?」
するとヤクザゾンビが、ずるずると動き出してドアを開いてくれたのだった。くるりと振り向いて焦点の合わない目でこっちをみる。
「ほら、レンタロウ。行きましょう」
「えっと、これって意識が戻りつつあるって感じ?」
「違うわ。私が命じて動かしただけ」
「操ってる?」
「まあそんなところね」
「でも、ゾンビって人を襲うでしょ?」
「いや、私が命じなければ襲わないわ」
「えっと、この術はいつ切れるの?」
「ゾンビの頭を破壊するか、体を消滅させれば魂は抜ける。あとは死なないし、永久に動き続けるわよ」
うわ。ゾンビ設定そのものは生きてるんだ。映画との違いは無差別に襲うんじゃなく、リリスが命じないと襲わないという点らしい。リリスはゾンビに指示を出す。
「さあ。私達を玄関に案内しなさい」
スーッとゾンビ達が俺達を玄関に案内していく。そして玄関の前に立つとリリスが再び命じた。
「玄関を開けなさい」
コクコクと頷いて、ゾンビが玄関の鍵を開けた。外には人通りもあるようだが、特にこちらに注目している様子はない。俺とリリスが玄関の前に出て後ろを振り返ると、なんと六体のゾンビ達は俺達に手を振っていた。
「あれは、意志があるってこと?」
「いや、こうしていれば生きている感じがするでしょ? 私達を送り出したような雰囲気がね。もし目撃されたとしても怪しまれないわ」
「たしかに」
バタン! と玄関がしまったので、俺達はとにかくその場所から離れる事にした。周りの様子を伺いながら歩いて行くと、電柱にこのあたりの住所が記されている。
「六本木だ」
「ここは家から遠いの?」
「そうでもないよ」
そして俺はある事に気が付いた。
「あ! 服と下着! せっかく買ったのに! 三軒茶屋に置いて来た!」
「そうだわ!」
そう。俺は襲われた三軒茶屋の道で、買い物袋を落として来てしまったらしい。
「リリス、急ごう。まだあるかもしれない!」
「わかったわ!」
俺達は再びタクシーを拾い、運転手に行先を三軒茶屋と告げるのだった。




