第11話 渋谷ハンバーグ店の前で
おしゃれな買い物袋をぶらさげセンター街を歩きながら、俺は隣りのリリスに話しかける。何というか、可愛い美少女との買い物に俺は浮かれていたのかもしれない。とにかく彼女を家に帰すミッションは継続中だが、腹が減っては戦は出来ぬ。
「リリスはお肉は食べれる?」
「もちろん食べるわ」
立ち止まってスマホでこれから行こうとしている店を調べると、検索エンジンの混み具合メーターにまあまあ混みあっていると表示された。平日のランチで利用した時もそこそこ並んでいたので、年末休みに入った途端に殺到したのだろう。
「ところで、体の具合はどう?」
「問題ないわ。むしろ力を開放すればなんてことは無いんだけど」
「それは今できるの?」
「…」
リリスは顎に手を当て考え込むような表情をした。俺は良くない事を聞いてしまったのだろうか? リリスは周りを見渡しながら言った。
「この世界にも法律はあるのよね?」
「もちろん」
「それが分からないうちは、やめておいた方が良いと思うわ」
「リリスの国では何かあった?」
「いろんなことがあるわ。普通なら犯罪になるような事でも、戦争なら犯罪にならないとか。禁じられた魔法の行使をしてはいけないとか。盗賊は殺しても罪にはならないとか」
戦争でもやって良い事と悪い事があるしな。魔法の行使をしてはいけないと、盗賊は殺しても罪にならないは日本にはない法律だな。警察だってむやみに銃を発砲出来ないし、発砲して死んじゃうと罪に問われる事もある。
「えっと、使っちゃいけない魔法? あと盗賊がいたの?」
「そうよ」
相当、治安の悪い所から来ているようだ。さっきの占い師に使った力を見ると、超能力的な感じもする。この日本で魔法や呪いを使ったとして裁かれるのだろうか? 手を下したとは、ならないんじゃないだろうか? 知らんけど。
「もしかすると今は力を制限してるってこと?」
「そう。自分の感覚や力を最小限、魂の奥底にしまい込んだと言う感じかしら? 分かる?」
もちろん、全然わからないが、とにかくセーブしてるって事で間違いないらしい。
「なんとなくは」
「あともう一つ、私が全く分からないのがそれ」
そう言ってリリスは俺の腕にハマってる腕輪を指さす。俺が手をあげてそれを見るが、今は特段光り輝くような様子はない。そもそも腕輪をしている感覚が一切ない。俺の腕まわりをぴったりと、図ったかのように皮膚に張り付いている気がする。
「これは何だっけ?」
「隷属の腕輪。ヴァンパイア討伐の時に屋敷の宝箱にあったのがそれ。とりあえず鑑定してもらう前に、アイテムボックスにしまっておいたのだけど。使った事は無くて初めてなのよ」
「石鹸でも取れなかった」
「と言うか、たぶんレンタロウの一部になってると思う」
「えっ?」
「それに私はレンタロウの考えてる事がわかるし、何故か私の命令を聞くようになってるみたい。だけどそのほかの力はまだわかっていない。だって鑑定もしてないし今日初めて使ったんだから。こんなことなら、ヴァンパイアを倒す前に聞いておくんだったわ」
「そう…なんだ」
全く分からないが、腕輪が俺の一部になったって事は感覚的に分かる。着けてる感覚がない。
そんな話をしているうちに、ハンバーグ専門店『魅惑の挽き肉』についた。見た感じは八人くらい並んでいるので、三、四十分くらいは並ばないといけないだろう。俺はリリスに聞いた。
「三十分くらい並ぶかも」
「別にそんなに減ってもないから大丈夫よ」
「ごめんね」
「レンタロウは気を使い過ぎだわ。御馳走する側なんだから堂々としていて。ただでさえ私の服をこんなに買ってくれたんだから」
リリスはこんな見た目だけど、とても奥ゆかしいというか気遣いが出来るらしい。女に対して免疫が無い俺が、まあまあ自然に話をすることができる。普通なら年下の美少女と、こんなに気軽に話しは出来ない。
俺達が話していると唐突に前の人が後ろを振り向いた。その顔にめちゃくちゃ見覚えがあった。
「あら? 水野さんじゃない!」
「あ! お疲れ様です! 主任!」
なんと目の前に女二人で並んでいる一人は、俺の直属の上司である北原主任だった。上司と言っても、年は一つ下で遅刻して怒られたのは昨日だ。まあその後は別に叱られてはいないが、昨日の今日ではちょっと気まずい。
「実家に帰るんじゃなかったんですか?」
「ちょっといろいろありまして」
と言って俺はリリスを見る。北原主任もリリスを見てぺこりと頭を下げる。
あれ? ヤバいぞ、未成年の美少女を連れていたら問題じゃないのか? えっと…どうしよう…
「こんにちは」
リリスは表情を変えずに挨拶をした。
「こんにちは」
ニッコリ笑った主任が、俺に向かって言う。
「今日は、姉と一緒なの」
北原主任は控えめに言っても美人の部類に入る。優しそうな雰囲気の中にも、仕事ができるオーラが漂う人だ。だがいつものキリリと結ったポニーテールでは無く、今日は茶色の巻き髪を肩に垂らして可愛らしい感じだった。お姉さんは黒髪のショートで、すらりと背が高くスレンダーな人だった。姉妹らしくこちらの顔も整っている。
北原主任がお姉さんに俺の事を紹介した。
「こちら、うちの会社の新人で、私の部署で一緒に頑張っている水野さん」
「あ、水野です。お世話になっております」
「北原の姉です。いつもお世話になっております」
「い、いえ。足を引っ張ってばっかりで」
「いえいえ。百合葉はそうは言ってませんよ」
お姉さんが言うと、北原主任は慌てたように言う。
「姉さん?」
「これからも百合葉を助けてあげてくださいね」
「い、いえ! こちらこそ」
そしてまた、北原主任がリリスをチラリと見ている。俺に説明を求めているのだろう。
「あ、こちらは。リリスって言います。今日は渋谷を案内していました」
「そ、そうなんですね」
まずい! 仕事の上司に未成年を連れていたなんて知れたら、俺は仕事場でどうなるか分からんぞ! そう言えばここは北原主任に連れて来てもらった店だった! まさか休みにいると思わなかった!
俺の背中は汗ぐっしょりになり、どう言ったらいいか分からずテンパるのだった。