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東京タワー

作者: 田中レイ

小説「東京タワー」


新人研修が終わった。

田中博人は食品メーカーに勤める22歳だ。

上京して3か月が経ち、セミの声が聞こえ始めたころ、初めて東京タワーを見た。

職場の同僚と飲んだ帰り道、ふと見上げると遠くで暗闇の中に輝いていた。

テレビや映画の中でしか見たことのない東京の象徴だ。

その週末、一人で展望台に上ってみた。そこから見える景色。ビルの多さに驚いた。密集する建物とせまい道、そして次々と路地から出てきては、どこかへ消えていく人の流れ。それをしげしげと見下ろしていた。

東京タワーの展望台を下りて、近くの喫茶店に入った。鞄からノートを取り出すと、自作の漫画の続きを書き始めた。田中は、本当は漫画家を目指していた。上京して一か月目に出版社に持ち込みもした。金曜日の夜7時のことだ。

 田中が窓のある小さな会議室で待っていると、扉をノックする音がした。

「じゃあ、催促してアイデアから練り直させます・・・はい、失礼します」

と、田中よりひと回り年上な感じの担当者がスマホを机に置き、田中の向かい側に座った。きっと持ち込みは何度も経験している。

「まず・・・早速、感想なんだけど・・・」

作品はぼろくそに言われた。一通り、言い終えた担当者は、田中を見て、言った。

「直して、一気に伸びる人もいれば、駄目な人もいます。それに出版社はうち以外にもたくさんあります。うちは評価しなくても、他なら可能性はありますよ」

駄目なら駄目とはっきり言ってほしかった。落ち込んだし、傷ついた。

「わかりました・・・ありがとうございました」と、田中は席を立った。

担当者は窓の方を見た。気づかぬ間に、小粒の雨が窓を濡らしていた。

「雨が降ってるね、傘、大丈夫?」

「下にコンビニがあったんで、そこで買います」

「前のでかいビルに邪魔されて見えないけど、できる前は、東京タワーが見えたんだよ。東京で新生活を始める人らには、結構、感動だよな。俺も昔は東京に来たって感じで、うれしかったな」

自宅のマンションに帰って、机に今日、見せた漫画の原稿用紙を置いた。書き溜めたネタ帳には形になっていないアイディアがたくさんあった。スマホを見ると、会社の先輩から不在着信があった。明日は土日出勤だったな。営業先の名前も覚えなきゃ、別店舗の行き方も調べなきゃ。昨日の領収書、どこやったっけかな。田中がスマホから原稿用紙に目を向けた。自分で描いた漫画の主人公と目が合った。あの担当者、キャラクターは悪くないけど、1ページ目にインパクトがないって言ってたな。そういえばネタ帳に出だしのアイディアが・・・。田中はスマホを置いてペンを持った。ネタ帳を見ながら真夜中2時までペンを走らせた。東京は深夜になっても、どこからか人の声が聞こえ続けていた。

「田中君、寝不足?」と経理の女性が聞いてきた。社員食堂で、田中がうとうとしていたせいだ。

「ちょっと遅くまで起きてたんで」

「もしかしてゲーム?駄目よ、仕事に支障出したら」

と、田中の肩をたたいた。田中はぎこちない笑顔で返した。田中の右手は黒インクで汚れていた。

うろこ雲が浮かぶころ、田中は会社の車で別の工場に向かっていた。運転は先輩だ。

「お前みたいな真面目な奴が入社してくれて本当によかったよ。すぐ辞める奴が本当に多いからさ、どんどん新しいこと覚えて出世しろよ、な?」

「あ・・・はい」

「なんだよ、歯切れが悪いな」

「すみません」

と、田中は流れていく窓の外を見た。ビルの隙間から東京タワーが見えた。

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