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6-7 戦女神の別人生

 人に聞かれるのはまずいと言うので、セヴィリオの執務室で話を聞くことにした。ライアス本人がわざわざ出向くということは、余程のことだろうとリアナーレは心の準備をする。


「大した話ではないのだけれど、君たちに変に騒がれても困るから、事前に伝えておこうと思って」

「さっさと話して、さっさと帰れ」

「相変わらず辛辣な弟だな。それで、本題だけど、ボクの妃は死んだことにする」


 リアナーレはあんぐり口を開け、「は?」と声を漏らした。隣に座るセヴィリオも、眉間に皺を寄せている。


 これを大した話でないと言えてしまうのは、ライアスくらいだ。


「どういうことだ。話が見えない」

「実は彼女、衛兵とできていたんだよね。気づかないふりをしていたけど、身籠ったと泣かれたら流石にこのままにはしておけなくてさ」


 ライアスは気に悩む様子もなく、他人事のように話す。実際、妃に対して愛はなく、彼にとっては他人事なのだろう。


「貴方の子という可能性はないの?」

「全くないね。まぁ、こうなったのも放っておいたボクのせいでもあるわけだし、穏便に解決しようってわけ。悪いようにはしないよ」


 王と王妃の立場で離婚などできない。妃は病で亡くなったことにして、ライアスは独り身に戻る。新たに妃を娶るつもりはない。死んだことになった妃は別人として生き、不倫相手と普通の家庭を築く。


 一通りの説明を終えると、ライアスはお互いその方が幸せだと断言した。


 既に妃の実家とは秘密裏に話を進め、合意を得られているのだという。 彼の言う通り、愛のない夫婦にとっては、互いに都合の良い解決策なのかもしれない。


 ライアスは恐らく、リアナ=キュアイス以外を受け入れるつもりはないのだ。逆恨みも、自暴自棄になることも止め、一途な愛を貫く分には結構だが、リアナーレには一つ気になる点がある。


 ライアスと今の妃の間に子どもはいない。金輪際子どもを作る気はおろか、妃を娶るつもりもない。一般家庭なら問題ないが、彼はこの国の王である。


「世継ぎはどうするの?」


 リアナーレが尋ねると、ライアスは目を細める。これまで見た中で一番自然な笑い方だった。


「君たち二人がいるから安泰だよね。任せたよ」


 ふざけるなと言ってセヴィリオは兄を追い出した。


 セヴィリオは子どもを望んでいないのだ。彼が子どもを望むような人間でないことは想像がついたので、リアナーレはさほど傷つかなかった。


 リアナーレとて、自分が子どもを産むことなど、到底考えられない。





 夜、ベッドに入ってきたセヴィリオは、背後からリアナーレの腰に手を回す。毎晩のことなのに、近づかれると緊張で息を止めてしまいそうになる。


「あの男の頼みを聞いてやるつもりはないけど、いずれは子どもが欲しいと思ってる」


 肩に顔を埋め、彼は唐突に呟いた。思いもよらない言葉に驚いて、リアナーレはしばらく黙り込んでしまう。意外だ。セヴィリオが子どもを欲しがることもだが、それを聞いて自分が嬉しいと感じることも意外だった。


「セヴィー、子ども苦手じゃなかった?」

「リアナの子なら男でも女でも絶対可愛い」

「この体で産んで、私の子と言えるのかな」

「リアナが産むんだから、間違いなくリアナの子だよ」

「随分真剣ね」

「ずっと考えていたことだから」


 彼は本気のようだ。世継ぎを残すために子が必要だと考える男ではないので、純粋にリアナーレとの子を望んでいるのだろう。

 

 生半可な気持ちで親になってはいけないと、リアナーレ個人は思っている。セヴィリオの子なら愛せる自信はあるが、果たしてリアナーレに子育てができるのか。使用人の支援を受けられるとはいえ不安だ。


「私は自分が子どもを産むなんて、考えたこともなかったから少し時間を頂戴」

「それなら、僕との子どもが欲しいと思ってもらえるよう努力する」

「そういうことではなくて。母親が務まるか不安なの。今まで女性らしい生き方をしてこなかったから」

「大丈夫。リアナはそのままで、良い母親になるよ」


 そうだろうか。今のセヴィリオはリアナーレに対して劇的に甘いので、彼の言うことはあまり当てにならないように思う。


「セヴィーは男の子と女の子、どっちが良い?」

「リアナ似の女の子」

「軍人になるって言いだすかもよ」

「それだけは絶対に許さない」


 まだ訪れるか分からない未来の話なのに、セヴィリオが真面目に答えるので、リアナーレはおかしくて吹き出してしまう。体の向きを変えると、暗闇に慣れた目に彼の微笑みが映った。


 どちらからともなく、引き寄せられるように唇を重ねる。このままだと、流されそうだ。


 それで、いいのかもしれない。これまで好き勝手させてもらったから、これからはセヴィリオの望みをできる限り叶えてあげたい。彼が心の底から笑ってくれていたら、リアナーレはそれだけで幸せだ。


 ――母親、かぁ。


 戦争が終わり、戦女神の活躍場所はもうどこにもなくなったと思っていたが、これから新たな格闘が始まるのかもしれない。


 想像してこなかった未来、新しい人生を、彼の隣で歩んでいこう。

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