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1-5 想定外の虫、発生

「きゃぁぁぁっ!」

「んん……なに、どうかした?」


 リアナーレはまた、メイドの甲高い声で目を覚ます。虫でも出たのだろうか。それなら自分が退治してやらねばと思い、目を擦りながら起き上がる。


「うわぁぁぁぁっ!!」


 リアナーレも眼前に広がる予想外の光景に絶叫した。虫だ。それも特大の。


「おはよう」


 セヴィリオは白い寝間着姿で、さも当たり前のようにリアナーレの隣に寝転んでいる。


 彼は叫ぶリアナーレを見て、愉快そうに目を細めた。ふにゃりとした彼の柔らかい顔に心臓が跳ねる。

 

 なんて貴重な表情! ……いや、今は胸をときめかせている場合ではない。

 

「何で?! どうやって入り込んだの?!」 

「扉前の衛兵に頼んだら通してくれたよ」


 リアナーレは額に手をあてる。衛兵の対応は正しい。セヴィリオはリアナの夫、しかもこの国の最高権力者の一人。この男に歯向かうことができるのは、彼の父親と、兄くらいだろう。


「済みません、済みません! 今までこのようなことがなかったので、私っ! 失礼しました!」


 メイドは夫婦の邪魔をしてしまったと思ったのだろう。頭を激しく何度も下げ、部屋を飛び出してしまう。


「ルーラ!? ちょっと待って!」


 二人きりにしないでくれとリアナーレは呼び止めるも、彼女が引き返してくることはなかった。


「ピュアな子だね。このくらい、普通にあることなのに」

「セヴィー、貴方の寝室は別にあるでしょ?」

「約束通り、仕事はちゃんと終わらせた」

「仕事を終わらせたら一緒に寝るなんて約束、した記憶がない」


 リアナーレはじりじりと後ずさる。男は口角を上げ、獲物を目掛けて覆いかぶさった。こうなることを恐れて彼の部屋から退散してきたというのに、結局このざまだ。


 元のリアナーレなら難なく跳ね除けただろうが、聖女様のほっそりした体では、男の力に適うはずがない。


「僕はもう随分待ったんだ。本当は元のリアナを抱きたかったけど」


 リアナーレは必死に藻掻くが、セヴィリオは掴んだ両腕を離してはくれなかった。


「駄目、絶対にだめ」


 セヴィリオの発言からして、聖女様は純潔を保っていたらしい。それなら尚更駄目だ。彼女が守り通した体を、勝手に汚すわけにはいかない。それなのに、体が火照っていくのが分かった。


「初めてだよね? 優しくするから力を抜いて」


 愛おしい男の顔が近づいてくる。アイスブルーの髪と目が、朝日に煌めいて美しい。表情は柔らかく、微笑みを湛え、今の彼はまさに童話の中の王子様そのものだった。

  

 本音を言えば、このまま抱かれてしまいたい。中身が別人だと気づかれる前に、目一杯甘やかされ、深く交わり、自分は愛されているのだと一時の夢を見たい。


 しかし、夢の終わりに押し寄せるのは、きっと途方も無い後悔と絶望だ。


 唇が重なる前に、リアナーレは勢いよく頭を持ち上げた。ゴツンと骨がぶつかり合う音が響く。


「痛っ!」


 流石のセヴィリオも、痛みに頭を押さえて呻いた。その隙にリアナーレは彼の下から抜け出して、裸足で床へと降りる。


「私は貴方のことを、そういう意味では愛していないの! 本当に望むのなら、強引なことは止めて、私を惚れさせてからにしなさい!」


 既に惚れているのに何を言っているのだ。リアナーレは自分の発言に呆れる。それでも、夫婦の営みを回避する方法が、他に思いつかなかったのだから仕方ない。


「分かった。惚れたら、毎日してくれるんだ?」


 セヴィリオは妻の無茶苦茶な発言にも、怒ることはしなかった。それほど深く、リアナのことを愛しているのだろう。


「ま、毎日……? それはちょっと……」

「絶対惚れさせてみせるから。今度こそ、リアナを僕のものにする」


 彼は笑った。穏やかな微笑みではなく、背筋がゾッとする笑みだ。彼の目に光はなく、唇だけが弧を描いている。


「お手柔らかに……」


 リアナーレは顔を引きつらせる。

 非常に複雑で、おかしな方向に話が転んでしまった。


 彼を救いたいのなら、リアナのふりをして、リアナの体で抱かれるのが一番手っ取り早かったのでは。


 今度こそ、手放さないと彼は言う。なんという執着心。これがあの、冷酷王子の本性だとは誰も思うまい。


 この調子で、彼を救うという聖女様との約束を果たせるのだろうか。そもそも、何から救えば良いのかもよく分かっていない。リアナーレは一人、頭を抱えるのだった。


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