6-4 独白
王都に一つだけ存在する教会に、ライアス=シャレイアンは足を運んだ。
シャレイアン王国において、神への信仰は盛んに行われていない。街外れにあるこの教会も、信心深い少数の国民のために建てられたもので、小さく、老朽化が進んでいた。
「ねぇ。聞こえていたりするのかな」
横長の礼拝席に座り、ライアスは壁上方のステンドグラスを見つめながら呟く。
誰もいない静かな空間に、言葉が散っていく。返事はない。天に届いているのかも分からない。それでもなんとなく、声に出して語りたかった。
「ボクはね、ここで君を見つけた時、自分の人生が変わるかもしれないって思ったよ」
リアナ=キュアイスを見つけたのはライアスだ。
王宮での退屈な日々に嫌気が差し、第一王子は時々素性を隠して出歩いていた。偶然教会主催のバザーに行き当たり、そこで聖女を見つけたのだ。彼女は捨て子で、神父に育てられたのだという。
――貴方にお会いしたかった。
美しく、清らかな少女はライアスに微笑みかけ、売っていた白百合の造花を手渡した。
ライアスはすぐに、自ら聖女と名乗る彼女を王宮へ招く手はずを整える。本物かどうかなど、どうでもよかった。国を導く聖女だということにして、ライアスが彼女を自分のものにできるのならそれでいい。
幸い、彼女は自らが聖女だと証明するに足りる力を持っていた。未来が見えているのではないかというほど、彼女の星占いはよく当たる。更に、奇跡を使うことができると聞いて、大臣たちは色めき立った。
彼女に相応の地位を用意して、国で囲うべきだという話になる。そこまではライアスの思惑通りに進んだ。
全ての計画が狂ったのは、父王が世継ぎであるライアスと聖女の婚姻を許さなかったことだ。ライアスは婚約者である公爵家の娘と結婚させられ、父は嫌がらせのように、セヴィリオに聖女を娶らせた。
弟と結婚させるくらいなら、ライアスに与えてくれればよかった。二番目の妃でも何でも良い。聖女さえ自分のものに出来たのなら、ライアスは大人しく第一王子を務め、行く行くは王になり、それなりに国を治めただろうに。
愚かな判断だ。
ライアスは復讐に燃えた。父、オンベール王を苦しめ、追い詰めることなど簡単だ。妃の死についてを責めれば良い。
――母様は可哀想だった。夫に愛されず、最期は家族に看取られることもなく、隔離された地で一人孤独に死んでいった。
その一言で、妻に先立たれた王の心身を呪いが蝕んでくれる。ライアスは、冷たい態度の裏でオンベール王が妃を愛していたことを知っている。王は流行り病にかかった妃を孤独に死なせたことを、鉄仮面の下で深く悔やんでいた。
王となる人間に愛は不要だ――何故、リアナ=キュアイスを娶ることが許されないのか。ライアスが抗議した時、父はこう答えたが、それは妃の死に苦しむ彼の勝手な意見だ。
本当に、愚かな判断だった。
お陰様でライアスも、セヴィリオも、妻に対して何の愛情も持てず、行き場の無い執着心に苦しむだけだった。
父親が憔悴していく様子を見るのは愉快だった。一方で、復習を果たしても聖女が自分のものにならない虚しさが残る。
空虚を埋めようと、弟の愛する人の命を奪ってみたものの、結果としてライアスの求めたものは永遠に手に入らなくなり、片や弟はあっさり手に入れてしまった。
「一番愚かなのは、ボクだった」
ライアスは神に向かい、懺悔をする。
呪いに手を染めた初代の王は、小さな国を護るために必死だったのかもしれない。父は母を見捨てたのではなく、王として苦渋の決断を下したのだろう。弟は――彼も国のことなど二の次だが、少なくともライアスよりは、人のために生きている。
ライアスは、自分のことしか考えられない、利己的で幼稚な人間だった。万能と称賛されるほどの力を与えられていたのに、その能力を誰かのために活かすことなど考えたことがない。
だから神は、聖女を与えてくれなかったのだ。
「何故手に入らない君に執着するのかずっと不思議だったんだけど、神様が与えた罰だったのかもね」
死ぬことは許さない。生きて贖えと、義妹に言われてしまった。それだけでは、ライアスの自死を止めるには不十分だっただろう。
「ずるいなぁ」
神の存在を示すように、天窓からライアスへと真っ直ぐ光が差し込んでいる。
――普通の人間に生まれ変わって、来世では貴方の愛に応えられますように。願わくばその時代のシャレイアンは平和でありますように。
リアナーレに聞かされた、聖女からライアスへの伝言だ。
来世なんて存在の不確かなもの、信じる人間はおかしいのかもしれない。けれども、ライアスは不思議と腑に落ちた。
「君が祈ったのなら、あるんだろうね」
正しい方法を知らないが、手を重ねて祈りを捧げてみる。これから国のために生きるので、来世こそは彼女を愛させてくださいと。