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1-4 別れの挨拶を

 メイドは過去に意識を飛ばしたまま戻って来ない。リアナーレもまた、あの日の逢瀬を思い出していた。





 星詠みの聖女様から面会の依頼が入っている。そう部下から伝えられたのは、セヴィリオへの胸くそ悪い挨拶の後だった。


 ほとんど面識のない聖女様が何故。リアナーレは疑問に思ったが、此度の出征のことで話したいことがあるらしい。何か予知でもしたのではないか、というのが部下エルドの推測だ。


 夜には城を発たなくてはならない。戦女神はセヴィリオに挨拶をしたその足で、聖女様の部屋に向かう。


「あっ、ああ、リアナーレ様! ご案内いたします!」


 今思えば、部屋の位置が正確に分からず、声をかけたメイドがルーラだった。彼女は食事を片した後のワゴンを廊下に放り、そこから少し歩いた先の部屋へと案内してくれた。


 セヴィリオの執務室と同じ階層の、奥まった場所に聖女様の部屋はあった。不便な場所だ。彼女に用事がない限り、訪れる者はいないだろう。


 王は、特殊な力を持つ彼女を第二王子の妃として縛り、王宮の隅に閉じ込めておきたかったに違いない。


「出征前のお忙しいところ、お時間をありがとうございます」


 突然の訪問にも拘らず、聖女様はきちりと身を整えた状態でリアナーレを迎え入れた。挨拶と共に、彼女は市井の出とは思えないほど美しい所作で頭を下げる。


「いえ。急な訪問となってしまい、申し訳ありません」


 リアナーレも慌てて敬礼をして見せた。今の身分でいけば、公爵家の人間であるリアナーレよりも、第二王子の妃である彼女の方が上なのだ。


「どうぞ、お座りください」

 

 勧められるがまま、リアナーレは応接間の椅子へと腰を下ろす。聖女様もその向かいに座り、二人は無言で挨拶代わりの笑みを交わした。


 艶のある美しい黒髪に、不思議な紫の目。聖女様の目の中にはキラキラと、たくさんの星が浮かんでいるようだった。目と同じ、淡くシンプルな紫のドレスに、銀の髪飾りがよく似合っている。


「戦女神、リアナーレ様。噂通りの素敵な方。メイドたちが夢中になるのも納得です」


 彼女は血色の良い、薄い唇で言葉を紡ぐ。人形のように美しい顔と、女性らしい繊細な声音に、リアナーレはやけに緊張した。女としては、何もかも負けているように思う。


「私は女性らしさに欠けるので……聖女様のような可憐な方に憧れます。本当にお美しい」

「まるで口説かれているようで、照れますわ」


 口もとに手をあて、聖女様はお上品に笑う。振る舞い一つ一つが麗しく、完璧で、俗世とは遠く離れたところにいる人のように思えた。


 この人こそが聖女なのだと、リアナーレは息を呑む。


「聖女様はプレスティジとの戦いのことで、何か予知をされたのでしょうか?」


 聖女様はメイドによって運ばれてきた紅茶をリアナーレに勧め、自らも口に運んだ。一口含み、彼女はティーカップを静かにソーサーへと戻す。


「いえ。私、明確な予知能力は持っていないのです」

「では、お話というのは……」

「未来予知はできませんが、人の寿命を知ることができます。他にできることと言えば、占いと、一生に一度、奇跡を起こすことくらいでしょうか」


 その話を聞いて、リアナーレは彼女が何故自分を呼び出したかを理解した。


「ああ。私の寿命が僅かということですか」


 優しい聖女様はリアナーレに忠告してくれようとしたのだろうが、次の交戦で命を落とすであろうことは、特殊な能力を持たずとも分かる。


 小さな窓から降り注いでいた昼下がりの陽射しが、雲によって遮られた。一瞬の暗がりが訪れた部屋で、聖女様は淡々と言う。


「いえ、違います。私の魂が、間もなく寿命を迎えるのです」

「え」

「体は健康でも、魂が弱れば人は死にます。私の場合、魂が生来丈夫ではなかった」


 聖女様は悲しんでいる様子はなかったが、リアナーレは返す言葉が見つからず、途方に暮れた。


「病は気からと言いますし、気持ちを強く持ってください聖女様」

「ええ。全く恐れてはいませんわ。ただ、私亡き後、セヴィリオ様をよろしくお願いしますね。私がお伝えしたかったのはこのことです」

「彼を、愛していらっしゃるのですね」


 平静を装いつつ、戦女神は痛む胸の内からどうにか言葉を絞り出した。それに対し、聖女様は首を左右にゆっくり動かし、否定を示す。


「愛ではありません。情です。あまりにも哀れな方なので。どうか彼を救ってあげてください」


 セヴィリオを癒やし、救うのは本来聖女様の役目だ。そもそも、今夜リアナーレは死にに行くのだ。聖女様の頼みとはいえ、叶えられそうもない。


「私では無理ですよ」

「あなたならできます」

「分かりました。もし生きて戻ることができたのなら、その役目、引き受けましょう」

「大丈夫です。貴女の魂はとても強いので、寿命はまだ先ですわ」


 さようなら。またどこかで会いましょう。

 

 雲はまだ太陽を覆っている。薄暗い部屋の中、別れの挨拶をする聖女様の目だけが、キラキラと神秘的に輝いていた。





「リアナ様、リアナ様ぁ〜」

「ああ、ごめん。ぼんやりしてた」


 メイドが控えままだったことを思い出す。どうやら彼女の方が先に、過去の回想を終えたらしい。


「このままお休みになられますか? それとも、軽くお食事をとられますか?」

「今日は色々あって疲れたから、寝ようかな」

「分かりました。また明日の朝、参りますね。何かあったらすぐ、衛兵にお声掛けください」


 ルーラはリアナーレにシーツを被せ、寝転んだ際に散らばった髪を簡単に整えた。燭台を周り、蝋燭の火を消して彼女は部屋を後にする。


 理屈は分からない。しかしながら、聖女様はこうなることを見通していたのではないか。それならば、彼女との約束を守らなければならない。


 セヴィリオを救う。リアナーレには無理でも、この体でならできるかもしれない。

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