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5-8 また会いましょう

 ぼんやりとした意識のまま、リアナーレは朝食をとる。新鮮な卵と牛乳で作られたスクランブルエッグは格別で、口に含むとようやく目が覚めた。一生懸命準備してくれたのであろう村人たちに感謝する。

 

 朝食をとり終えると、総帥はエルドを呼び出し、今すぐ聖女を連れ帰るよう命じた。周りに聞こえるよう告げたのはわざとに違いない。一刻も早くお帰りくださいと、兵士たちが揃って口にする。事実上の強制送還だ。


 エルドはすぐに帰されることになると予想していたようで、特に文句を言うこともなかった。あっという間に馬の準備を終え、リアナーレを迎えに来る。


 見送りに来たセヴィリオは、自身の首から下げていた銀のネックレスを外した。チェーンに通された細身の指輪が朝日に煌めき、揺れる。


「これをリアナに受け取ってもらいたい」

「これって……」


 何本もの線が重なり合う精巧で緻密なデザインの指輪には、澄んだ青色の宝石がはめ込まれている。ダイヤモンドのように強い輝きを放つそれは、ひと目で希少なものだと分かった。


「母の婚約指輪。形見なんだ」

「大事なものでしょ? 私がもらっていい物なの?」

「ずっと、リアナに渡そうと決めていたんだ。ようやく渡せる」


 セヴィリオはリアナーレの髪を持ち上げると、首にネックレスをつけてくれる。幸せそうに目を細める彼に、いつから渡そうと決めていたのかは聞かなかった。きっと、昨日や一昨日でなく、随分前から考えていたことなのだろう。


「ありがとう」


 リアナーレは薄く唇を噛んだ。そうでもしなければ感極まって、また涙が滲みそうだ。


「無事帰れるよう、お守り」

「お守りなら、セヴィーが持ってるべきじゃない?」

「僕には、リアナがくれた手作りのレースがある」


 彼は胸ポケットから赤い塊を取り出した。製作者にすら大きな糸くずに見えるそれを、リアナーレは今すぐ捨てるよう頼むが、セヴィリオは大切そうに仕舞い込む。


 やはり渡すべきではなかったのだ。恥ずかしい失敗の証が、末永く残されてしまう。


「ご武運を」

「リアナも、気をつけて」


 糸くずがお守りになるとは思えないが、他に渡せる物もないので仕方ない。リアナーレは後ろ髪を引かれながらも、彼にしばしの別れを告げた。





「いやー、末永く語り継がれそうなシーンでしたね。手作りの糸くず……ふっ……」

「うるさい、黙って」


 リアナーレは馬を走らせる護衛の背中を殴る。


「痛っ! もう少し労ってくださいよー」

「代わろうか?」

「却下します」


 この体でも乗馬ならできるのだが、エルドは頑なだった。可愛らしい聖女様の後ろにしがみつく軍服の男。という構図になってしまうので、プライドの問題だろう。


「それにしても、嫌な予感がする」

「戦女神の勘っすか?」

「勘というか、そう上手くはいかないだろうっていう不安」


 リアナーレの立てた作戦は単純なものだ。川を北上してくるであろうオルセラの援軍に気づかぬふりをして、正面からプレスティジの本隊とぶつかる。これに関して、地の利は自国シャレイアン側にある。


 オルセラの援軍に対しては、川岸の森に小規模な伏兵団を配置しておく。余裕があるのなら、罠を仕掛けておくのも良い。茂みの影から多少卑怯な手を使ってでも、奇襲をかける。


 そうでもしなければ、規模の差で負ける。


 シャレイアン側はかき集めた傭兵や、近隣の村人を足しても戦力不足だ。敗退を遅らせることはできても、敵を押し返すことは難しい。 


 あとは、レクトランテの支援頼みだ。第一王子ライアスからは、数日の差で援軍が到着すると聞いているが、彼の言うことはあてにならない。王都陥落はさせないだろうが、それまでにどれだけ遊ぶつもりか。どれだけ駒を捨てるつもりなのか。


「悪いけど、王都に戻る前に寄りたいところがある」

「何かあるんすか?」

「敵を迎え撃つのに最適な場所」

「隊長……もしかして一人で戦う気っすか?」

「そんなことできるわけないでしょ」


 エルドの中での戦女神像は一体どうなっているのだ。リアナーレは呆れながらも、戦女神時代なら、例え一人でも迎え撃ったかもしれないと思う。


「ここから東に半日進んだところにある集落、覚えてる?」

「ああ、はい。過去にも何度か、補給に寄らせてもらったところっすね」

「とりあえずそこに向かって」


 その集落のそばにある谷間の細い一本道は、王都に入るために通過しなければならない地点だ。敵の王都侵入を防ぐ、最後の砦のような場所である。 


 推測でしかないが、確かめて損はない。未だ事情を察していないエルドに何の説明もなく、リアナーレは集落に滞在させてもらうことにした。


「やっぱり」


 夜更けに到着し、二人が体を休めた翌日の夕方。レクトランテの軍人たちが、シャレイアンの小隊に先導されて集落を訪れた。補給のためではない。根城とするためだ。


 ざわつく村の様子を見て、エルドは呟く。


「これは一体……本隊との合流地点が上手く伝わってなかったんすかね」

「いや。彼らは正しく行動してると思う。ライアスの指示に則ってね」


 前線は待てど暮らせど援軍が来ない。じきにここまで敗走してくるだろう。勝利に油断した敵軍を、ここでレクトランテの援軍が叩き、王都への進軍を防ぐ。


 シャレイアンの本隊は大打撃を受けることになるが、その犠牲を払ってまでライアスがしたいことは何か。


 逆恨みによる、弟いじめではないかとリアナーレは思うのだ。一国の王となる人物がこれでは、シャレイアン王国の未来は暗い。


「行きましょ」

「えっ、あっ、ちょっと!?」


 シャレイアンの小隊に見知った顔を見つけた。彼が全体のまとめ役だろう。リアナーレは屈強な男たちの集団へと、歩みを進める。

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