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4-7 降星✳︎

「どこへ行くの?」

「良い所があるんだ。きっとリアナも気に入ると思う」


 セヴィリオは彼女の手を引き、寝室を通過する。一番奥の扉を開けた先に現れるのは、秘密の螺旋階段だ。この部屋の持ち主にしか辿り着けない場所が、この先にある。リアナは隠し通路を見て、子どものように目を輝かせていた。


「こんなところがあるなんて知らなかった」


 階段を上りきった先、セヴィリオが扉の施錠を外すと、冷たい外気が肌を刺す。そっとリアナの腰に手を添えて、扉の先へと誘う。


 一種のベランダと言えば良いのだろうか。決して広くはない足場と手摺の先に、広大な景色が広がっている。昼間はここから王都が一望でき、夜は、天上を埋め尽くす無数の輝きに、手が届きそうな心地になる。


 祖先が、どういった経緯でこの場所を設けたかは定かでないが、こうして女性を連れて情緒的な時間を過ごしたのかもしれない。


 リアナは手摺りが強固なものであることを確認すると、身を乗り出すようにして空を見上げた。セヴィリオは彼女が過って転落しないよう、細心の注意を払いながら同じように星々を眺める。


「綺麗……」


 リアナが感嘆のため息を漏らすと、真っ白なもやが空気に溶けていく。


 セヴィリオは彼女の細い腰に、恐る恐る手を回し、体を触れ合わせた。いつもなら抵抗を示す彼女だが、景色に見惚れているせいか、寒さのせいか、無反応だった。


「冬は尚更綺麗だね。空気が澄んでいて、星が良く見える」

「セヴィーにそんな情緒があるなんて驚いた」

「僕は昔から、外を走り回るより、本を読んで空想に耽っている方が好きな人間だったよ」


 少年時代、教育の一環で、亡きアストレイ公爵に稽古をつけてもらっていたことがある。筋は悪くないが、争いごとには向かない性格だとはっきり言われた。その通りだと思う。かつての第二王子は泣き虫で、内気で、平和主義の弱々しい人間だった。


「なのに何故、軍事総帥なんかになったの? 他の道もあったはずでしょ」

「幼なじみがある日突然、軍事総帥だった父の後を継ぐと言ってね。僕なりに護りたかったんだ、彼女を」

「それって、リアナーレ=アストレイのこと?」

「そうだよ」


 返事を聞いたリアナは振り返り、目を瞬かせた。


「貴方が彼女のことをそんな風に思ってたなんて、知らなかった」

「嫌?」

「いや、嬉しい。……って、変か」


 今の自分がリアナ=キュアイスであることを思い出したらしい彼女は、前髪を掻き上げる。


「僕のこと、感情を失った冷酷な人間だと思ってた。違う?」

「正直なところ、そう」

「半分は当たりだよ。たぶん、どこか壊れてる」


 呪いのせいなのか、育った環境のせいなのか。はたまた、生まれた時からこうなるよう定められていたのか。セヴィリオには分からない。愛することができたと感じるのは、これまでの人生で母親と、リアナだけだ。それ以外の人に対しては、煩わしいと感じることの方が多い。


「私といる時は普通に見えるけど」

「君のおかげだよ、リアナ。僕が人間らしくいられるのは」


 ほっそりした手に、セヴィリオは指を絡める。彼女は何も言わず、握り返した。星が夜空を流れていく。何個も、何個も流れては一瞬のうちに消えていく。


 あれらの輝きは、神の創り出した宝石なのだろうか。この世のどこかに降り注いで尚、光り輝いているのだろうか。リアナ=キュアイスなら知っていたかもしれないが、彼女は既に神のもとへと逝ってしまった。


「寒い」

「戻ろうか」


 寒さに震える彼女を室内へとエスコートする。


「君の部屋まで送るよ」


 リアナは返事をしなかった。不要なら不要と言うはずなので、セヴィリオは肯定と受け取った。


「待って」


 ぐるぐると階段を降りた先で、静かにしていた彼女は夫の軍服の裾を掴んだ。二人が立ち止まったのは、セヴィリオが寝室代わりに使っていた仮眠用の部屋だ。真横には、一人には十分すぎるサイズのベッドが鎮座している。


「どうかした?」

「あの……、その……」


 彼女は視線を泳がせながら、口ごもる。そんな都合の良い展開があるわけがない。そう思いながらも、セヴィリオの心臓は狂ったように血液を循環させた。冷えたはずの体が、一瞬で熱を持つ。


「寒いから、温めて」


 愛しい人がその言葉を紡いだ瞬間、今まで何とか保っていた王子の理性は、欠片を残して吹き飛んだ。夢かもしれない。夢でもいいと、セヴィリオは彼女をきつく胸に抱き、肩口に顔を埋める。仄かに、薔薇のツンとした甘さが香る。


「そんな可愛いことを言われたら、帰せない。意味、分かるよね?」

「聞かないで。今、偶然そういう気分になっただけ」

「それなら尚更、逃したくない」


 リアナの唇を奪い、勢いのまま何度も口づける。嫌がる素振りを見せないので、セヴィリオは彼女の腰を支えてゆっくりベッドに倒れ込む。


 反応を窺いながら慎重に、想い人の体に触れた。簡素なドレスの上から、柔らかな温もりを確かめる。


「あっ!!!」


 リアナは目を見開いて叫んだ。甘さなどどこにもない、雰囲気を破壊するザラついた声だった。セヴィリオは何事かと驚いて手を止める。

 

「エルドを帰してあげないと」


 部屋の前に放置してきた護衛のことを思い出したらしい。彼女らしいといえば彼女らしいが、他の男に良いムードをぶち壊されたことが気に入らない。


「一晩だろうと待たせておけばいい」

「セヴィー」

「分かった。他の男のことを考えられるのも嫌だしね」


 セヴィリオは彼女をベッドに残し、早足に廊下へと続く扉に向かう。恨みを込めて扉を開け、退屈そうに壁にもたれる男に告げる。


「下がっていい」

「え?」

「今晩、リアナはここで過ごす。お前は不要だ。分かったな」


 護衛の返事を待たず、不機嫌な王子は扉を勢い良く閉めた。


「すごい音がしたけど」

「最近扉の建付けが悪くて。思いっきり叩きつけないと閉まらないんだ」


 セヴィリオは愛しのリアナに微笑みかけ、詰め襟の上衣を脱ぎ捨てる。夜は長い。どのようにして、彼女を愛そうか。

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