3-1 着せ替え人形
「可愛い! めちゃくちゃ可愛いです~!」
ルーラは聖女様にドレスを着せ終えると、盛大に拍手をして喜んだ。当の聖女様はというと、頬をひくつかせながら、あまり豊かでない胸元のフリルを摘む。
本物の聖女様なら、穏やかに微笑んで同意したかもしれないが、中身は軍服に慣れたリアナーレである。
「このヒラヒラ、もう少し何とかならない?」
「フリルをふんだんにあしらったドレスが今の流行りですよ!」
「流行りとかはいいから、動きやすい服が良い」
少しでも身を屈めると、お腹回りがギュッと締め付けられ、リアナーレの内臓は悲鳴を上げる。通気性の良いスカートは夏場は涼しくとも、これからの季節、体を冷やすだけだ。
「たまには良いじゃないですか」
「あれでも毎日我慢してるんだけど」
日ごろ着ている締め付けの緩いドレスは、リアナーレとしては正装のつもりなのだが、世間一般の感覚からすると、寝間着に近いらしい。
「リアナ、準備できた?」
「勝手に入ってこないでよ」
セヴィリオは軽いノックの後、返事を待たずに聖女様の部屋に入ってきた。相変わらずだ。
そのうち夫婦の部屋を一緒にすると言い始めるのではないか、とリアナーレは恐れている。シャレイアンの王族は夫婦別室が主流なので、彼にはもう少し伝統を踏襲してもらいたいところだ。
「何か文句でも?」
セヴィリオはめかしこんだリアナーレをじっと見つめ、黙り込んでいた。ふ、と彼の顔が緩む。
「可愛い……」
「何を着ても可愛いって言う癖に」
聖女様なら、ネグリジェだろうが流行のドレスだろうが、何を着ても可愛いのだ。中身は全く可愛げのない女だが、間抜けな第二王子は未だ入れ替わりに気づかない。
「いつも可愛いけど、今日は特別可愛いよ」
「私はこのドレス、好きじゃない」
聖女様の容姿にはよく合うが、リアナーレの好みではない。好きでもない服装を褒められても、全く嬉しくない。軍服姿の戦女神に対し、可愛いと言ってもらえたのならきっと涙が滲むほど嬉しかっただろうが。
「リアナはもっとシンプルなのが好き?」
「動きやすくて、可愛らしすぎないものが良い」
「それなら君の望むものを作らせよう」
セヴィリオはリアナーレの腰を抱き寄せ、顔を近づける。今日分のキスは、一瞬で終わる僅かな触れ合いだった。彼は口づけの後、聖女様の手触りの良い髪を梳くようにして撫でる。
「今日はどうする? このドレスで頑張れる?」
「頑張れない」
拗ねた口調でリアナーレが言うと、彼は吹き出す。声を上げて笑う様子は、王子でも総帥でもなく、どこにでもいそうな青年だった。
「それなら着替えなよ。給士には遅れるって伝えておく」
「よし、脱ぐ!」
リアナーレは即座にコルセットのリボンを解いた。隣で大人しくしていたメイドが、「あっ」と声を上げる。苦労して着せたドレスが、一瞬でただの布切れに戻るのだ。さぞ無念だろうが、主は躊躇わない。
「着替え、見せてくれるの?」
「そんなわけないでしょ」
早く出ていけと、リアナーレはセヴィリオと半開きの扉を交互に見る。彼は半時間後にまた来ると告げ、大人しく部屋から退出してくれた。
「うう……旦那様はリアナ様に甘すぎます」
ルーラは悔しそうな声を漏らしながら、着替えを手伝った。
旦那様にご夕食に誘われて、軽装で赴く姫などいませんよ。恥をかいても良いんですね、と何度も念押しをされるが、リアナーレが意思を曲げることはない。
常識外れの主に仕えるメイドには申し訳ないが、セヴィリオが許可したのだから何の問題もない。夕食だって、パーティーでも会食でもなく、王宮内で彼と二人で済ませるだけだ。
「美味しい?」
じっくり煮込まれたオニオンスープを口に運ぶと、セヴィリオは目を細めて尋ねた。
いつもの食事通り、高級感の漂う皿に盛られて運ばれてくるが、使われている食材は一般市民が食べるものばかりだ。スープの前の前菜も、高級な輸入食材でなく、シャレイアン域内で採れる根菜類が使われていた。
「美味しい。さっきも同じこと聞いたでしょ」
「良かった。リアナはきっと、こういう食事の方が好きだと思って、街で評判だというレストランのシェフを呼んだんだ」
「……。間違ってはいないけど、色々間違ってる」
突然王宮に連れて来られ、一般食材で王族の食事を作るよう命じられたシェフは、今頃厨房で震え上がっているのではないだろうか。リアナーレは顔も知らぬ誰かに同情する。今後このようなことがないよう、後で言い聞かせることにする。
「リアナ、収穫祭に一緒に行かない?」
メインの肉料理を食べ終えたところで、セヴィリオは話を切り出した。リアナーレはナプキンで口周りのソースを乱暴に拭い、答える。
「仕事はどうするの」
「休めるよう調整する」
「えっ。警護とか、見回りとか、必要でしょ?」
「有志の人間だけで事足りる。君の頭にはないだろうけど、軍の人間も申請すれば休みをとれるよ。祝日だからね」
嬉しい! 私と過ごすために休みをとってくれてありがとう!
普通の女性ならそう考えるだろうが、リアナーレは違った。祝日にも働く部下がいる傍ら、トップに立つ人間が休んでデートをしていては、示しがつかないと思っている。
「それでも要人との面会とか、何かしらあるでしょ」
「行きたくないってこと?」
セヴィリオは流石に、険しい顔をした。遠回しに断られていると感じたのだろう。
「そうじゃないけれど……」
「それなら行こう。絶対楽しませるから」
デザートに、リンゴのタルトが運ばれてくる。ナイフで切り分け、少しずつ口に運んだ。甘いカスタードに、リンゴの酸味がよく合っている。最後の一切れを惜しみつつも味わって、リアナーレはようやく結論を出した。
「分かった。その代わり、仕事が入ったらそちらを優先すること」




