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1-1 角砂糖三つは甘すぎる

 冷静になろう。状況を整理しよう。リアナーレは、慣れない長髪を指先にくるくる絡め、深呼吸をする。


 情けない話、リアナーレ=アストレイは出征先で勝利を確信し、油断したところを背後から刺されて命を落とした。恐らく、敵軍残党の手によるものだろう。


 死者は二度と目を覚ますことはない。そのはずが、何故か星詠みの聖女、リアナ=キュアイスの体で覚醒する。


 本物のリアナは一体どこへ行ってしまったのだろうか。


 目覚めた部屋の状況からして、リアナが亡くなったところに、リアナーレの魂が入り込んだ? それとも、リアナーレと入れ替わった? いずれにせよ、彼女はもう――


「リアナ、紅茶に砂糖は三つだよね?」


 リアナーレの考察は、セヴィリオによって邪魔される。いつもの死人のような顔はどこへやら。冷酷非道の第二王子兼、軍事総帥は、嫁を前に少年のように生き生きとしていた。


 砂糖を三つも入れていたのは子どもの頃の話でしょう? 

 言いかけて、リアナーレはハッとする。今はリアナーレではなく、リアナなのだ。きっと、聖女様はとてつもなく甘党だったに違いない。


「セヴィリオ様、砂糖はなしで大丈夫ですわ」

「本当に? 一つもなしで飲めるの?」

「最近少し、味覚が変わったようでして」


 不審がられてはならないと、リアナーレは聖女様をイメージした丁寧な口調を心掛ける。十七の時から六年間、軍人として男勝りに生きてきたリアナーレには、大きな違和感がある話し方だ。


「今日は随分丁寧な喋り方をするね」

「そうですか?」


 リアナーレは苦笑いをする。本物の聖女様が、夫とどのように話をしていたかなど知らない。知りたくもない。


「いつも二人でいる時のように話してよ」


 セヴィリオは使用人に運ばせてきた紅茶を、自らティーカップへと注いだ。


 第二王子かつ、軍事総帥という立場の人間が雑用をする様子を、リアナーレは執務室の長椅子の上で眺めている。使用人を追い返したのはセヴィリオなのだから、好きにさせておけば良いだろう。


「あー、ごほん。私、一度死んだらしくて。その拍子におかしくなったみたい」

「そうだね。まさか怒鳴り込んでくるとは思わなかった」


 セヴィリオは声を漏らして笑った。リアナーレは念願だった彼の笑顔をあっさりと見ることができてしまい、目が飛び出しそうになる。


 リアナーレにはもう何年も、感情のない表情を向けてばかりだったというのに。嫁相手だとこうも態度が違うのか。


「いつもどんな風に喋っていたっけ。これで合ってる?」

「うん、そんな感じ。君って僕の前では結構、口悪かったから」


 花柄の可愛らしいティーカップが机の上に置かれる。冷酷王子がわざわざ淹れてくれた紅茶なので、リアナーレはそっと口をつけた。


 戦地からの帰還をネギラうかのような、安堵の香りと温かさに、目頭が熱くなる。

 

 シャレイアン王国と隣国プレスティジは、二十年にも及ぶ戦争をしている。常に戦闘をしているわけではないが、度重なる出征と衝突に、リアナーレの心は疲弊していた。


 病で亡くなった父親の後を継ぎ、王国軍の指揮官になって以来、リアナーレは成果を出すことに必死だった。戦果を上げ、戦女神と呼ばれるようになってからは、更なる重責に見舞われた。


 難しい局面でも、戦女神ならどうにかしてくれるという期待がつきまとう。リアナーレが命を落とした此度の出征は、特に厳しい状況だった。生きては帰れないだろうと、誰もが心の内で思っていたはずだ。


「セヴィリオ……様、あの、近すぎるかなーと」


 セヴィリオはリアナの隣に座り、当たり前のように腰に手を回す。


「前はセヴィーって呼んでたよね?」

「セヴィー……だから、近すぎる……」

「夫婦なら、これくらい普通でしょ」


 そうかもしれないが、嫁の中身は今や別人だ。夫婦として振る舞われるのは困る。とはいえ、リアナーレは拒絶する理由も浮かばず、黙って紅茶を飲み続けた。


「ところで、今回のプレスティジとの交戦は結局どうなったの?」

「シャレイアンの勝利だと、先程知らせがあった」

「そう、良かった」

「本当に、よくやってくれたよ」


 リアナーレはほっと胸を撫で下ろす。奇襲と、沼地を利用した作戦が功を奏したのだ。


「リアナ、君は戦争に関わる必要はないからね」


 セヴィリオはリアナの頬を愛おしそうに撫でた。リアナーレの知る男と同一人物なのか、疑わしいほど甘ったるい。

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