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0. りんごは向こうでも人気だよ

作者: 秋本 汐里

「あんがとな、おじちゃん!・・・・・・よし、じゃあこのお菓子どこで食べる?」

「公園に行って食べようぜ!」

「あぁ、そうだな。そんでその後サッカーな!」


 少年達はお菓子が入った袋を握りながら走っていった。夏の刺すような日差しが彼らをジリジリと照らしている。




 開けっ放しの扉の外から熱風が押し寄せる。エアコンの冷風など大した事ではないとでも言うように店の中を漂い始めた。蝉の鳴き声。風鈴の音。はしゃぐ子供達の姿。もう今は夏の真っ只中だ。


 私はこの駄菓子屋で五十年以上働いている。最近はもう足を動かすだけで一苦労だが子供達が嬉しそうな顔でお菓子を買っていく度に出来る限り長く駄菓子屋を続けたいと願うのだ。


 この駄菓子屋は祖母の代に開業し、そして何とか三代まで続けて来れている。たが、それももう終わってしまうだろう。私には妻子がおらず独り身だ。後を継いでくれそうな親戚もいないので私が最後の代になるだろう。

 だからこそ、少しでも長く働こうと思っている。


 私は額の汗を拭き直し、扉を閉めるために腰を持ち上げようと手で机を押し力を入れる。するとその時、遠くから微かに聞こえていた軽快な足音が店の前で止まったのに気付いた。私は扉へと視線を向けた。


「いらっしゃい」


 するとそこには金色の髪をした可愛らしい少年が立っていた。少し見ただけでも分かる程のさらさらな髪の上で天使の輪が真夏の太陽に照らされ、より一層際立っていた。まだ子供らしい大きくてパッチリとした青い眼をしている。少女のような顔立ちで私を見つめていた。


 金髪碧眼という容貌はこの近所では見かけないのできっと最近引っ越して来たのだろう。買うものが書かれているであろう紙切れを握りしめながらその少年は私の方へと近づいてきた。


「おじさん。りんご四つ、ありますか?」


 まだ柔らかく弾力がありそうな小さな指を四本立て、私の顔を見つめながら首を傾げた。


「あぁ、あるよ。りんご四つだね。少し待っていてくれ」


 私はお菓子の置き場を通り過ぎ、店の隅へと歩いていった。





 お菓子に押されるように窮屈そうに置かれているりんごは農家の娘だった母がこのお店にも少しだけと父に頼み込んで売られる事となったりんごである。母の天真爛漫な性格のおかげか母が亡くなった今でも近所の人達がおやつに、食後にと買いに来てくれている。

 私はその籠からりんごを四つ手にして少年のいる方ヘ戻った。


 少年は私の手元にあるりんごに気づき、目を輝かせながら私のもとへと歩いて来た。私は少年が見えやすいようにりんごを少年の方へ向ける。


「これでいいかい?」

「うん。ありがとう!ねぇ、おじさん。このりんごとっても美味しそう!」

「そう言って貰えるなんてとても嬉しいねぇ。このりんごはおじさんのお母さんが丹精込めて育てたものなんだよ」

「そうなの!?だからこんなにきれいなんだねー!」


 にこにこと笑いながらりんごを見つめてうっとりとしていた。りんごを二つ手渡してあげると目を細めて何かを慈しむように見つめている。

 手渡されたりんごに視線を向けながら少年は優しく撫でていた。

 そのまま私達は話しながらレジへと向かう。


「坊やはここまでおつかいに来たのかい?偉いねぇ」

「うん!あのね、今日初めておつかいしたんだ!とっても緊張したの。でも、おじさんが優しい人でよかった!」

「そうかい、ありがとう。優しい人だと言われるなんていつぶりだろうねぇ。坊やは最近ここに来たのかい?」

「うん、そうだよ!今日初めてここに来たの!」


 彼はにこにこと私に笑顔を向けて話しかけてくれた。


「そうかい。それじゃあ急いで帰らないとねぇ。傘も持ってきてないだろうし、雨で道に迷ってしまうかもしれない」

「あめ?」


 彼は不思議そうな目で私をみた。私は外を眺めて真っ白い入道雲を指差した。


「ほら、あそこに入道雲があるだろう?今日はいつもより動くのが速いから近いうちに雨に打たれて濡れてしまうよ」

「濡れるのは嫌だなぁ。帰れなくなっちゃうよ・・・・・・」

「雲がなかったら良かったんだがねぇ」


 ポツリとこぼした私の言葉で彼の瞳が不安そうに揺れるのが見えた。


「・・・・・・おじさんは入道雲、嫌いなの?」


 今にも泣きそうな声でそう言い、口を固く結ぶとうつむいてしまった。今、彼の眼は悲しみを映したように潤んでいるのだろうか。私は出来るだけ柔らかく、そして優しく聞こえるように語りかけた。


「いや、雲は雨をもたらしてくれるんだ。農家にとって雨は大切だと教えてもらったからね。だから私は雲が好きだよ」

「・・・・・・そっか、良かった・・・・・・!」


 彼は顔を上げて安心した表情になって口を綻ばせた。雲が好きだとは珍しい。私も彼につられるように笑顔になった。




 代金を支払い終わると彼はもう元気を取り戻し、勢いよく袋を持ち上げて扉へと走り、振り向いた。


「おじさん、今日はありがとう!とっても嬉しかった!また買いに来るね」


 天使のような無邪気な笑顔で手を振り、走っていった。閉じられた扉の先で夏の日差しが地面を照りつけている。


 彼の足音が少しずつ小さくなり、ついには聞こえなくなった。数分間だったにも関わらず彼がいない店はいつも以上に静かに思えた。蝉の声だけが私の耳の中に入る。少し寂しいと感じる気持ちを追いやって私はまたレジに座り直した。

 彼は次も来てくれると行っていた。ならば次も来てくれるのだろう。今度も一人でくるだろうか。それとも親と一緒に来てくれるだろうか。どちらが正解かは次会う楽しみにしておこう。私はレジ横の小窓から通り過ぎる人を眺めていた。


 しばらくして視線を道路から空へと変えると、一匹の鳥が真っ白な翼を広げて入道雲へと飛んでいった。

































 やった!上手くおつかいができた!


 りんごが入った袋を握りしめ、もと来た場所ヘ帰ろうと足を動かす。高ぶる感情で体が軽くなったように感じる。嬉しさで夏の暑さは微塵も感じない。


 地球に降りた後の注意するべき事が書かれた紙はお店につくまでに覚えたし、あのおじさんにも不審がられなかったぞ!これならきっとミカエル様はよくできたと褒めてくれる。ウリエル様は偉いと頭を撫でてくれるかも


 そんな光景が容易に想像できて上がってくる口角を必死におさえる。


 ダメだ。ダメだ。帰るまでバレないように気をつけないと。それに、あめっていうものが降る前に帰らないと濡れて帰れなくなっちゃう


「じゃあ帰ろうか!妖精さん!」


 りんごの上で休んでいた真紅のドレスを着た妖精に声をかけた。妖精は袋から出てきて僕の周りを飛び周り始めて、そして最後には僕の頭の上で髪の毛を握って寝転んだ。とても楽しそうに、優しそうに笑っている。きっと、このりんごを作った人はとても大切に育てたのだろう。そう、とても綺麗な妖精が生まれる程に。


 早く帰ろうと両足に力を入れて跳ぶ。そして、そのまま真っ白い翼を広げて入道雲へと飛んでいった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


詩も同時に投稿しました。この話と繋がりますので良かったら覗いていってください!

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